第33話 アブミラは キラウンの意見に 疑問を抱かなかった
「さぁさ、召し上がれ」
広い食堂にアブミラは鉄板の前に立っていた。鉄板には球状のくぼみが開いている。
アブミラは片手付きの急須みないなものを手にしていた。中には水で溶いた小麦にネギや刻んだタコが入っている。
アブミラはそれを熱した鉄板の穴に流し込む。そして手に持った錐でひょいひょいとひっくり返していた。
やがてひとつの丸い食べ物が出来上がる。アブミラは錐でそれらを皿に盛りつけた。そして表面にソースを塗り、マヨネーズをかける。そして最後に青のりをかけた。
ソースにマヨネーズ、青のりはキャコタ特有の調味料だ。他国では流通していないが、キャコタでは専用の工場があり、大量生産されていた。
「タコ焼き懐かしいな。母上が亡くなって以来だな」
ゲディスは皿の食べ物を見てつぶやいた。どうやらその食べ物はタコ焼きというらしい。
ゲディスが6歳の頃はよく母親のハァクイが自ら作って家族にふるまっていた。
ただ他の貴族はキャコタの食べ物を毛嫌いしており、ラボンク《中身はキョヤス王子》も決して食べなかった。これは許嫁であるバヤカロも同じであった。
貴族で食べたことがあるのはオサジン元執政官か、カホンワ夫妻、サマドゾ一族くらいである。
「あなたが12歳の頃、私はあなたに馳走したはずですよ」
アブミラが反論する。
「それは私だけでなく、王立学園の生徒たち全員でした。でも懐かしい味だったので驚きましたね」
ゲディスはそういいながらタコ焼きを爪楊枝で刺して食べた。タコ焼きは小麦を魚や海草で取った出汁で溶いており、何とも言えない味わいがある。
「これはキャコタ流のタコ焼きですね。すべてがトロトロだ。逆にゴマウン帝国では表面がパリッとしてましたね」
「ええ、クゼント陛下はトロトロしてて食べづらいと訴えたので、表面がパリッとするようにしました。でも本場のキャコタ人には不評すぎたのでやめましたね」
「ですがダコイク義父様は母上のタコ焼きが好きでした。現在ではニジータコ焼きと呼んで売ってますね」
ゲディスは思い出す。彼の義父ダコイク・カホンワはハァクイのタコ焼きを痛く気に入り、料理人のニジーに作らせたのだ。もっともカホンワ領ではタコが手に入らないので、こんにゃくなどで代用していた。
現在は冷凍技術が発達し、冷凍のタコを輸入して使っているそうである。
「でもおばあちゃんは偉い人なのでしょう? どうしてタコ焼きを自分で作るの?」
「そうですわね。他の料理は出てくるのに」
ブッラとクーパルがタコ焼きをほおばりながら言った。テーブルには牛肉や野菜を使った串カツや、牛の筋を味噌で煮込んだドテ焼き、うどんを使った茶わん蒸しや、醤油と砂糖で煮込んだうどんすきなどが並んでいる。
「ブカッタ教団のアブミラは自分でタコ焼きを焼く決まりなのです。先代のアブミラはそれはもう素晴らしい腕の持ち主でしたよ」
アブミラは胸を張って言った。
「でもアヅホラ卿は異常なまでに嫌っていましたね。他国の文化を少しでも取り入れることに嫌悪していました。確かに彼は侯爵でしたが、ゴマウン帝国で一番偉いわけではなかったのに」
そうアブミラはつぶやいた。そうアヅホラ・ヨバクリ侯爵は貴族では上位に入る。しかし侯爵とは普通他国の国境に近いところに領地がある。他国と間違いがあれば独断で自軍を使って阻止しなくてはならないのだ。
それなのにアヅホラ卿は十年以上領地に戻らなかった。息子のデルキコに任せたが、その息子を一切信用しておらず、家臣のみで放置していたのだ。実際は有能な息子が統治していたのだが、父親は一切その事実を知ることなくラバアという存在になり果て、未来永劫世界中の邪気を浄化する存在と化したのである。
「僕らはキラウンという男に襲撃されました。あの男が言うにはアヅホラ卿をそそのかしたのは自分だそうです」
「ゲディス。その男の容姿を詳しく教えてくれませんか?」
食事が終わるとゲディスはスケッチブックにキラウンの絵を描いた。拙い絵だが特徴は掴んであった。
それを見たアブミラは一瞬目を見張ると、額に垂れた汗を拭った。
「……この男です。私はこの男に頼まれてあなたを今のブカッタ神に変えたのです」
「どういうことですか!!」
なぜアブミラはキラウンの言うことを聞いたのだろうか。
「まずは順を追って話をしましょう」
アブミラはデザートを持ってくるよう巫女たちに指示した。
☆
19年前にアブミラがまだハァクイだった頃、彼女は妊娠していた。カホンワ家から来た医者の見立てでは双子の男の子がいると告げられたのだ。カホンワ家は医学が発達しており、皇帝専属の医師として信頼されていた。
ハァクイは皇帝クゼントと相談し、キャコタ王国初代国王のゲディスと二代目であるベータスの名を付けることを願った。
すると彼女は未来が見えた。皇帝となった息子のラボンクが、娘であるバガニルとその夫であるマヨゾリ・サマドゾを処刑する姿が見えたのだ。さらにベータスがバガニル達を捕えたそうである。
ラボンクの見た目は十代後半で、ベータスは10歳くらいであった。バガニルは18歳になったらサマドゾ辺境伯の息子マヨゾリと結婚するはずだった。
ベータスの顔は邪悪であった。磔になった姉とその夫の遺体を見て、にやにや笑っていたのである。
さらに小さな檻には子供は二人ぎゅうぎゅう詰めにされていた。バガニルの双子の子供ワイトとパルホだそうだ。大体2歳に見える。
「ふはははは!! バガニルにマヨゾリよ!! 我が母を毒殺した罪は重い!! 20歳の誕生日はお前の処刑の日になったな!!」
皇帝の衣装を着たラボンクが叫ぶ。クゼントがいたら止めたはずだから彼は死んだのかもしれない。
そもそもハァクイはクゼントの死を予知していない。病死や寿命で死ぬものの未来は見えないが、事故や殺人の予知は見えるのだ。
「ベータス、我が弟よ!! サキョイ将軍と共によくぞ逆賊を捕らえたな!! 褒めて遣わす!!」
「ははぁ!! 皇帝陛下万歳!!」
ラボンクは馬鹿っぽい笑顔を浮かべた。無知な子供っぽい顔である。
ベータスは目つきがどんよりとしており、十歳ほどには見えない。
「さて逆賊の子供は処分しなくてはな。ベータスよ、どんな処刑方がいいかな?」
「見せしめに火あぶりとしましょう。すぐに焼き殺さず泣き叫ぶ声を聴きながら酒の肴にするのも一興かと」
「ひゃはははははは!! それはいい、それは最高だ!! ひゃははははははは!!」
予知はそこで途切れた。なんということだろう。このままではバガニルとその夫マヨゾリに孫たちが危なくなる。
だけどゲディスは何処に行ったのだろう。ベータスだけがいて兄のゲディスがいないのはおかしい。
だがハァクイはすぐに行動を移す。まずはベータスだ。この子が生まれてこなければよいのだ。
だからといって殺すなどとんでもない。ハァクイには秘密のつてがある。それは同じ魔女であるゴロスリだ。彼女は死後、精神をスライムに移し、アマゾオ王国の奥地に住んでいる。彼女に連絡を取り、彼女に来てもらう。そして出産の際にゲディスは普通に取り上げ、ベータスは死産にしてもらうのだ。
正確にはゴロスリがベータスの偽物を作り、本物はゴロスリの体内に隠す。それは成功した。
ちなみにゴロスリのことはハァクイなど魔女の知識を持つ者しか知らない。
結果としてゲディスだけは無事出産して、ベータスだけ死産となった。帝国では葬式が行われたが、アヅホラ卿は皇帝の血筋を殺したとして処刑を求めたが、クゼントは一蹴した。アヅホラの顔は真っ赤になっていた。
これで一安心かと思いきや、今度は自分が毒殺されたことで再びバガニルたちが処刑される未来が見えたのだ。
どうやらベータスがいなくなっても関係ないらしい。仕方ないのでダシマエ・オサジン執政官に依頼して自分のホムンクルスを作ってもらった。それは普通の人間と同じように成長する。死を偽装するなら身代わりになる人間の髪の毛と皮膚があればよい。ホムンクルスは故郷のキャコタ王国に送った。そしてブカッタ神殿で静かに体が成長していったのである。
バガニルの死ぬタイミングは彼女の誕生日らしいので、その日に彼女は精神交換呪文を使い、魂を遠いキャコタにあるホムンクルスの身体に入れ替えたのだ。ハァクイの身体は空っぽである。要は死亡だ。
数分後に起きる予知なら殺人を阻止しても問題はない。殺そうとした相手が死んでそれで終わりだ。
逆に遠い未来の予知は厄介だ。下手に変えると大勢の人間が死ぬ。恐らくは決められた運命を強引に変えたことで神が怒ったのだろう。
「あれ? なんで母上は最初から自分を殺さなかったのですか?」
ゲディスが質問した。そもそも予知を変えるならベータスを死産として扱うより、最初から自分が死を偽装すればよかったのに。
するとアブミラは腕を組み、頭を悩ませた。
「それなのです。なんでベータスを死産に仕向けたのかかわからないのです。当時は深く考えてませんでしたね。ですがゲディス、あなたが描いたキラウンの絵を見て思い出しました」
当時なぜか道化師が自分に近づいてきた。アクアマリン色の坊ちゃん刈りに右目は星のメイクを施してあった。上半身は裸で肉付きの良い身体であった。皮製のショートパンツに吊りベルトで吊るしていた。太ももは白と水色の縞々模様のタイツを穿いていた。
「ねぇ、あなたは未来が見えたのでしょう? ベータスが姉バガニルとその家族を殺す姿が。ならばベータスはいなかったことにしようよ。もちろん命を奪うなんて駄目だよ、ゴロスリ様に頼んで彼女に育ててもらえばいいんだよ」
その男はそう言った。なぜか耳に心地よく、ハァクイはその意見に従ったのだ。
「ええええ!! なんで得体のしれない人の言葉を信じたのですか!!」
ブッラが叫んだ。
「そうなのです。当時の私はそれに疑問を抱かなかった。だけど今はわかる。恐らく彼は……」
アブミラが何かを言おうとしたら、どこかで爆発音がした。
今更ですがキャコタはタコ焼きを反対に読んだものです。
キャコタのイメージは大坂ですね。地理的にはイタリアですけど。
なんでもかんでも計算して行動できるわけがないので、アブミラが実はキラウンにそそのかされたことにしました。




