第31話 オサータ姉弟は 遠いトナコツ王国へ 飛ばされた
ヒコキモリは因幡尼の赤い巫女服を着ていた。豊満な胸がこぼれそうである。腰は括れており、網タイツを穿いた足はすらっと長い。
ブッラとクーパルはその衣装を知っている。ゲディスの姉バガニルが着ているのを見たことがあるからだ。
一見奇抜な衣装に見えるが、あの服は魔法使いを強くする衣装なのだ。
ハイヒールは大地の邪気を吸い取り、網タイツを伝って、スーツに溜まっていく。
ウサギの耳は魔力を感知し、カフスは魔力を放出する役割を持っていた。
だが普通の人間が着れば、あっという間に死ぬ。大地の邪気を必要以上に吸収してしまい、着ている人間を一瞬で邪気中毒にしてしまうのだ。
うさ耳も複雑怪奇な魔力を感知してしまい、脳がやられる。カフスは魔力を放出し続けて枯らしてしまう。
魔女と呼ばれるものか、志熊荷王国の因幡尼以外着用は不可能なのである。
「ふむ。ハァクイの若い頃と似ていますね。ですがあの女と違うのは魔力の差でしょうか」
サキョイはヒコキモリを見て言った。この男は色欲がない。女は子供を産む道具としか思っておらず、男同士の性交こそが至高と考えているほどだ。
そしてサキョイの身体が黄金色に染まった。まるで小さい太陽のみたいに熱く輝いている。
「……これほどの魔力を見ても怖気づかない。さすがはサキョイ将軍でおじゃるな」
「どぅふ……。将軍の場合は黄金魂の力が強い……。普通はつがいがいないと発揮しないが、あいつは凄まじい力を持っている……」
背後のオドタルとキオモタがつぶやいた。黄金魂とは光の神ヒルカが男に与えた力である。
基本的にスキスノ聖国で作られた黄金水と呼ばれる聖水を飲むと身に付くが、成人男性でないと身体を壊す可能性があった。
「ふむ。私の黄金魂はクゼント陛下の愛があるからです。あの方が薨去したときは世界を破壊するつもりでしたよ。ですが今はゲディスの尻をいただきましょう!!」
一瞬サキョイの姿が消えた。ブッラとクーパルは反応できなかった。隣にいたラボンクは察している。
先に出たのはオドタルであった。両手に持つピンク色のライトセーバーを振るう。しかし、オドタルの両腕はあらぬ方向にへし折れたのだ。だがオドタルは冷や汗をかいただけで勢いを止めなかった。右足で回し蹴りを放つが、脚もへし折られ、天高く飛ばされた後、地面に叩き付けられる。
代わりにキオモタが躍りかかった。ところがキオモタの顔がぐにゃりと歪む。さらに頭が吹き飛び、ゴムのように伸びた後、その巨体は地面に倒れた。
弟二人が倒れてもヒコキモリは動じない。両手杖を構えると呪文を唱え始めた。
だが最後まで言えなかった。サキョイの右拳がヒコキモリの顔面を捕らえる。彼女の鼻はぐしゃりと潰れ、前歯も飛び出した。美しい顔が無骨な拳で砕かれたのだ。
だがヒコキモリは両手でサキョイの右腕を掴む。顔を殴られても闘争心は一切失っていない。ブッラたちはあまりの出来事に唖然としていた。だがラボンクは冷静である。ヒコキモリの実力を知っているからだろう。
サキョイの右拳に異常が起きた。拳にはヒコキモリの血と涎がこびりついている。さらに折れた前歯飛び散ったが、その歯はサキョイの身体に次々と突き刺さった。
血はサキョイの腕に潜り込むと、腕は徐々に黒くなっていく。涎は腕に巻き付くと、ぎゅっと縛っていった。
「あれは血液操作呪文に涎操作呪文、そして歯操作呪文だな。魔女は肉体的暴行を受けるのが日常茶飯事だった時代がある。あの程度の暴力などヒコキモリにとって蚊に刺されたも同然だな」
ラボンクが説明してくれた。ヒコキモリの顔は見る見るうちに再生していく。折れた歯も生えてきた。血液操作呪文で自分の血液を相手に送り込み、内部から破壊する。涎操作呪文は涎が鋼鉄の線のように相手を拘束する。そして歯操作呪文は折れた歯を操作して相手の急所に突き刺す魔法だ。
オドタルも起き上がって、折れた腕と足をパキパキと音を立てながら直していった。
キオモタも起き上がると、見る見るうちに頭が戻っていった。
「どぅふ……。下手すれば死んでた……、さすがはサキョイ将軍……」
「まったくでおじゃる。単純に鍛えた身体のみを武器にするゴマウン帝国最強の男、サキョイ・ハドゲイ公爵の力は健在でおじゃるな」
さすがの二人も再生できたが体力を使ってしまったようだ。はぁはぁと肩で息をしている。
「ふむ。私の一撃で死なないとはさすがですね。やはりキラウン様のいう通り単純な力のみではいけませんね」
「さぁ、早く逃げてください!! ここは私が命を懸けてでも止めますから!!」
ヒコキモリが叫んだ。見るとサキョイの腕から血が噴き出る。ヒコキモリの血が追い出されたのだ。さらに拘束した涎もぶちぶちと千切れていく。歯もぽんぽんと飛び出ていった。
ブッラとクーパルは躊躇した。さすがにオサータ姉弟を見捨てたくないのだ。
「いや、ここは逃げ出すべきだ。僕の知るサキョイ将軍は鍛え上げられた肉体が武器なんだ。単純故に強いんだよ。ヒコキモリさんたちが足止めしている最中に逃げるべきだ!!」
ゲディスが叫んだ。ゲディスは二人を連れて逃げ出す。ラボンクはその場に残っていた。
「生きていたらゆっくり話をしよう」
「はい、そうしましょう」
二人は別れを告げた。後に残るのはサキョイとオサータ姉弟、ラボンクだけである。
「ふむ。計画通りにゲディスたちをここから追い出せましたね。あなたたちがいるとちょっと厄介だったのですよ」
サキョイの言葉にヒコキモリは驚いた。まるで自分たちが最初から狙いだったような発言である。
「あとはラボンクにも出てもらいましょうか。今イコクド司令官がクーデターを起こしましたよ。早く行かないとあの男は何をしでかすかわかりませんよ」
あまりに唐突な言葉にラボンクは唖然となった。イコクドは王族でキョヤスの伯父にあたる人間だ。馬鹿な無能で嫌われているが、なぜか海軍司令官の地位を得ている。もっともそれは傀儡で実際は副司令官が実権を握っていた。
「キラウン様が操っているのです。今のあの男はあなたが嫌がることを何でもしたがりますよ。例えば人を殺せと命じれば逆に殺さなくなります。外国人を受け入れろと言えば、外国人を迫害するようになりますね」
その言葉が本当ならラボンクは自分の望むことを逆に言えばいいのだ。なぜサキョイはそんなことを教えるのか。
「なんでもこれから生まれる大淫婦バビロンの餌にするつもりらしいですね。そのための下準備なのですよ。さらに言えばオサータ姉弟はこれからトナコツ王国へ向かってもらいます」
サキョイがそう言うと、彼は瞬時でラボンクをお姫様抱っこして飛び去った。
そして外を出るとヒコキモリのトーチカボールのみがあった。
サキョイはブーメランパンツからお札を取り出すと、ボールに張り付ける。
するとボールは消えてしまった。おそらく転移されたのだろう。
「なっ、彼等をどこへやった!!」
ラボンクはサキョイから飛び降りた。サキョイは冷静なままである。
「今言ったようにトナコツ王国ですよ。正確には首都ナサガキに送りました」
☆
「サキョイ将軍の狙いはなんだったのでしょうか?」
ヒコキモリはトーチカボールの中でつぶやいた。圧倒的な力で自分たちを押さえつけた。しかしゲディスを追い払った後、ラボンクも連れだした。いったい何をしたいのかさっぱりわからない。
「姉上、ここはナサガキでおじゃる。サキョイのいう通りでおじゃるな」
弟のオドタルは外に出て確認した。張られたお札は転移呪文を封じ込められたのだろう。
「どぅふ……。どうして俺たちをここに送ったのか、さっぱりだ……」
キオモタも首を傾げていた。そもそも死んでいたと思われたサキョイが登場したのも驚いたが、噂のキラウンを主と仰いでいるのも不気味であった。サキョイはクゼントを絶対的な主人と見なしていたそうだ。それがキラウンという得体のしれない男のしもべとなった。これが何を意味するのか。魔女の血を引くヒコキモリですら予想がつかなかった。
「とりあえずヒシロマの冒険者ギルドへ向かいましょう。一応報告しないとね」
そう言ってオドタルとキオモタは外に出た。そこは南国トナコツ王国であった。転送呪文は世界でも使える人間は数えるほどしかいない。海を越えてキャコタから遠いトナコツに来たことに戸惑いを隠せないでいた。
ヒコキモリはトーチカボールでごろごろ転がりながら進んでいた。坂道だろうがお構いなしだ。
町はちょっとした騒ぎが起きていた。なんでも昨日捕らえた犯罪者が脱獄したらしい。
その犯罪者の名前はガムチチとギメチカ、ベータスだという。さらにキャコタのモーカリー商会がガムチチとギメチカに賞金を懸けたとそうだ。ベータスは生け捕りしたら金貨十万枚という破格である。
「しかもスキスノ聖国のアジャック枢機卿が手配したとの話でおじゃる。まったくめちゃくちゃでおじゃりまするな」
オドタルは呆れていた。ガムチチたちは速攻で手配されたそうだが、モーカリー商会のトナコツ支店の会頭マッカの帰国ですべては手代のチソピラの仕業であることが判明した。
さらにチソピラは一部の兵士を買収し、ガムチチたちを捕えさせたのである。
現在マッカはアマゾオの奥地に向かったという。そこにはゴマウン帝国初代皇帝ゴロスリがスライムの姿で生きているからだ。
戻ってくるのに数日かかると言われている。
さてヒコキモリたちは冒険者ギルドにやってきた。冒険者ギルドは木造建てであった。広々としており、他の冒険者たちはテーブルを囲んで話をしていた。南国の観葉植物が飾られており、華やかであった。さて受付嬢に報告しようとしたら見知った顔があった。
それはアフロマッチョのオカマである。ピンク色のアフロに髭を生やし、黒革の釣りパンツを履いていた。鍛えられた肉体を晒している。ナルシストの様だ。名前はヘダオスという。花級の冒険者だが、本人ではなく、彼のチームが花級であった。禿げ頭のパンツ一枚のマッチョと、ふんどししかしてないでぶの三人組だ。
「あら、オサータ姉弟じゃない。ご無沙汰しているわね」
「おお、ヘダオス殿。おひさしぶりでおじゃる。確か南極へ行っていたと聞いたでおじゃるが」
「そちらはもう終わったわ。南の島で休養するつもりだったけど、ギルドからある依頼があったのよ」
そう言ってヘダオスはパンツの中から一枚の紙を取り出した。トナコツ王国のナサガキに赴き、一週間ほど待機するよう命じたものだ。そのための滞在費はすでに支払われているという。ヘダオスは休暇を取るつもりだったから従ったが、ギルドがわざわざ待機させるためだけに金を出すのも奇妙な話であった。
「ついでに言えば他の花びら級や花級の冒険者も大勢いるそうよ。どれもギルドが金を出しているみたい。ところであなたたちはどうしてここにいるのかしら? キャコタは今クーデターが起きて船が使えない状況なのに」
ヘダオスの質問にヒコキモリたちは話した。そして周りの冒険者たちも集まってきたのだった。




