第23話 アヅホラ卿の行動は 長い歴史の中では まだ優しい方だった
「レッドモヒカンのフチルンか……。思ったより早かったですね」
キソレウは突然の闖入者に慌てていなかった。来て当然と言わんばかりである。
その様子を見たフチルンは疑問を抱いた。
「お前、闇ギルドのキソレウか? 話で聞いていたのと、全然違うな」
「キソレウはいつも切れまくっている子供みたいな人間と言いたいのかな? それは正解だよ」
キソレウは子供のように無邪気に笑う。逆に底知れぬ不気味さを感じた。
「闇ギルドのグランドマスターに心酔し、ほんの少しでも彼に逆らう者を許さず切れまくる。そしてギルドはおろか無関係な人間を犠牲にしても平気の平左。それが僕の役割だよ。その方がグランドマスターが僕を消しに来るだろうからね」
キソレウはけらけら笑っている。一方でゲディスの眼は虚ろであった。娘二人が追い詰められており、ガムチチの事も言われたため、いつもの冷静さが失われていた。
フチルンはその様子を見て早くせねばと思った。
するとキソレウは懐から小瓶を取り出した。中には回虫が蠢いている。それをゲディスに飲ませた。彼は何の抵抗もなく飲み干してしまう。
「あっはっは!! こいつはメイスキ回虫だよ。一度寄生されると男でもメスイキする代物なのさ!! ほぅれ」
そう言ってキソレウはゲディスの気がふさふさな尻をつねった。
「あはぁぁぁん!!」
ゲディスは尻をつねられたのに、甘い声を上げた。白目をむき、だらしなく涎を垂らしている。
感極まった表情を浮かべていた。それを見たフチルンは激怒する。
「貴様!! それは危険な代物だ!! キャコタを中心とした国ではご禁制の品だぞ!! それを使って何をするつもりだ!!」
フチルンは右手で指を刺した。他のメンバーはキソレウが生み出した分身と戦っている。
彼等は相手の性質に合わせて戦術を変える特性があるようだ。精霊魔法を使っても全く勝てない。
闇ギルドではキソレウの評価は高くない。感情に任せて相手に暴力を振るうだけの男と思われていた。
だが目の前の男はどうだ? 自分の人格から生み出した分身たちを操り、花びら級のフチルンたちを手玉に取っている。
「決まっているでしょ? 彼は僕らの新しいご主人様になってもらうんだよ♪」
そう言ってキソレウはゲディスの両乳首を摘む。すると大きく口を開けて喘ぎだした。
新しいご主人様? こいつは何を言っているんだ?
フチルンはこの男が何を言っているのか理解できなかった。
「今回はゲディス様に回虫を植え付けるのが目的だったんだ。今日はこれで終わりにするよ。じゃあね」
キソレウはゲディスを突き放した。するとキソレウは影の中に沈んでいく。他の分身たちも消えていった。
くすぐりとかゆみ地獄を味合わされたブッラとクーパルはぐったりしていたが、ゲディスに慌てて駆け寄った。
「ゲディスパパ!!」
「ゲディスお父様!!」
二人は心配そうにしていたが、ゲディスは目を開かない。いったいどういうことだろうか。
フチルンは渋い顔になっている。
「……ゲディスはメイスキ回虫に寄生されている。今の彼は男でありながら感度は女並みになったのだ。乳首をつねられれば絶頂し、股間をいじられれば出さなくても真っ白になる……」
つまりゲディスは女性のようになってしまったのだ。しかも回虫は一度寄生されると取り除くことが出来ない。薬を使っても無駄で、無理に引き抜けば寄生された本人にダメージが及ぶという。
「だが症状を抑えることは出来る。早く治療すべきだ……」
そう言ってゲディスたちは廃倉庫を後にしたのであった。
☆
「ところでフチルン様たちって、アヅホラ卿と関係あるの?」
ここはモーカリー商会ナサガキ支部にある客室である。ぐったりしたゲディスを運んで来たら、会頭が慌てて上質な部屋を用意してくれたのだ。ブカッタ神の姿は彼等にとってまさしく神であり、ゲディスはモーカリー商会の姫であるマッカの許嫁でもあった。粗相をすれば支部の会頭など首が飛ぶ。
あと会頭にカスネキのことを尋ねたら、小銭が大好きな怠け者と返答した。
その男の写真を見せてもらったが、ゲディスたちと出会った男とまるで違っていた。
後日、その男は数日前に何者かに襲撃され、意識不明だったという。病院で寝込んでいた男は本物のカスネキだったのだ。
なぜゲディスたちはカスネキをモーカリー商会の人間だと信じたのか。それは自己暗示魔法のせいだ。
自己暗示魔法はかけた人間に暗示をかける魔法だ。例えばモーカリー商会の人間だと暗示をかければそう信じてしまう。ただし複雑な質問をされたらすぐにぼろが出る。スポットで情報を収集するならこちらのほうがよい。
さてゲディスはベッドの上で寝かされていた。フチルンが調合した薬のおかげで、メスイキは収まっている。しかし彼の身体は女性のようになっていた。もう二度と戻れない。下手をすれば女人化するのだ。
そんなことはブッラとクーパルにとって許せないことだ。ゲディスとガムチチは男同士だからいいのだ。どちらかが女になるなど言語道断である。
二人は生まれが特殊なために男同士では子供が生まれないことを知らないのだ。男同士というか同性同士で子供がなせるのはゴスミテ王国の子孫たちくらいだが、狭い世界しか知らない双子はまだ勉強してないのである。
「そうですわね。今まではアヅホラ卿のせいで人生を狂わされた人たちと出会ったので、フチルン様たちも同じかと思いましたわ」
ブッラとクーパルは遠慮なくフチルンに尋ねた。彼は怒らずに丁寧に説明する。
「アヅホラ卿……。特に俺は何もされていない。しかし人生を狂わされたのはニゥゴ親子とジャオメダ親子のことだな? 俺はその人たちの過去を知っているぞ」
「そうなんですか。割と有名なのかな?」
ブッラが訊ねた。ニゥゴ親子にしろジャオメダ親子にしろ自分たちの秘密を暴露されるのは危険なはずである。
どうも公然の秘密のようだ。アヅホラはおろか、ゴマウン帝国皇帝ラボンクと皇妃バヤカロはまったく知らなかったようである。
「なんといいますか、皇帝と皇妃は馬鹿なのですね。皇妃の父親もものすごい馬鹿ですわ」
クーパルが吐き捨てるように言った。娘を将来の皇妃にするために邪魔者を徹底的に排除する思想が怖かった。姉のバガニルと弟のゲディスどころか、クゼント前皇帝の側室であるニゥゴ親子だけでなく、遠縁であるジャオメダ親子に、カホンワ男爵夫妻も始末しようとしていた。
もっとも彼等は全員生きている。ゲディスの母親であるハァクイの予知で回避できたのだ。
「だが長い歴史ではアヅホラ卿のような人物は珍しくはない。むしろアヅホラ卿の方が一番優しい方だな」
フチルンが説明した。二千年の歴史で魔王化した国では身内を殺すことが多かったらしい。
フチルンはカハワギ王国王立アカデミーに所属しておる。そこで世界各国の歴史も勉強していた。
初めて魔王が誕生したのはハマジリ王国であった。現在のスキスノ聖国である。
初代魔王はハマジリの王妃であった。彼女は勇者の性質を持つ国王に甘えていた。贅沢の限りを尽くしたが子宝には恵まれなかった。なので王妃は怒り狂い、国王の身内を殺すよう懇願したのだ。
自分たちは子供がいないのに、弟たちに子供がいるのは不公平だと訴えたのである。
そこからは血の粛清であった。臣下に下賜された弟たちを処刑し始めたのである。そして一族はすべて皆殺しにした。赤ん坊も岩で叩きつぶし、それを王妃たちは笑いながら見物していたという。
さらに父親の側室が産んだ子供が、東にあるセヒキン王国にいると知ると、軍隊を持って押し入った。側室の子供が住んでいた町を滅ぼしたのである。
それを初代法皇であるスキスノが宗教団体を作り、ハマジリ王国の国民を慰めたのである。魔女を殺せば幸せになれると民衆を扇動し、魔女を無残に殺させた。
これは魔女を追い詰めると新しい魔法を覚える性質を利用したものだ。法皇は魔女の魔法を魔石を使った魔道具で使用できるようにした。
所謂マッチポンプである。
本来法皇という役職はなく、魔道具使いが正しいのだが、宗教の方が都合がいいので法皇を名乗っただけである。
「よく知ってるね」
「イターリ・ヤコンマン台下から聞いたのだ。もう光の神ヒルカ様と闇の女神ヤルミ様は天に帰ったからな」
ブッラが訊ねるとフチルンが答えた。一年前、世界を生み出した神二柱は天へ戻っていった。幼い双子はぼんやりとした覚えていないが、巨大なひよこ二匹は覚えている。
「お前たちはモコロシ王国の王子ドゴランを知っているか?」
「聞いたことはありますわ。なんでも5歳で国を作ったとか。それがどうかしましたか?」
クーパルが疑問を抱くとフチルンが答える。
「ドゴラン王子が治めた土地はカウゲス一族のものだ。彼等は千数年前に滅んだモコロシ王国の末裔なのだ。カウゲスは国王の100人いる子供たちの末っ子だった。国王は側室に命じられるまま子供たちを皆殺しにしようとしたが、カウゲスだけが生き延びたという。そして魔王化によってモコロシ王国は一度は滅んだが、その国の人間たちは魔王の血縁であるカウゲスに憎しみを抱きだした。それは現在でも変わりがないという」
当初周辺国はカウゲス族は皆殺しにすべきだ、こいつらの土地は取り上げるべきだと訴えた。だがドゴランはそれを認めず、彼等を国民として受け入れる。現在でもカウゲス族をかばったドゴランに対して恨み骨髄を抱いているそうだ。そのせいかドゴランの功績を否定するドボチョン・ロックブマータとコブラツイスターズという児童向け小説が王侯貴族の子息子女の間で流行っているという。
それほど魔王の血縁は忌み嫌われているのだ。千年以上経とうが関係ない。魔王と勇者の身内を皆殺しにするのは、子孫たちのためだと思われる。
「でもゲディスパパは恨まれてないよね? 今は違うのかな?」
ブッラが疑問を口にした。そうゲディスたちは魔王の血縁のはずだが、不思議と怨まれていない。それにゴマウン帝国初代皇帝であるゴロスリもそうだ。彼女は魔女でありゴマウン帝国が生まれる前のカホンワ王国の姫でもあった。
「それなのだ。近年の魔王化では割と血縁が生き延びることが多いが、恨まれてはいない。初期のモコロシ王国は別のようだ。だが大抵血縁を排除したがるのは魔王と勇者で、その父親が代行したのはアヅホラ卿だけだな」
フチルンはそう説明してくれた。




