第19話 次の目的地は ナサガキです
「では、我々は後始末があるからな。ここでお別れだ」
そう言って天然パーマンで丸く太った中年女性こと、ジャオメダはクシュバの町の出口で見送りをしてくれた。
背後にはロン毛で巨漢の中年男性であるオニョメと、金髪碧眼の美女であるメスムも一緒である。
「三人はついてきてくれないんだね。残念だなぁ」
銀髪を短く切り揃えた褐色肌で、マイクロビキニしか着ていないグラマー美人のブッラが残念がった。花びら級の冒険者が護衛をしてくれれば助かると思ったからだ。
「そうしたいのはやまやまなのですが、わたくしたちも仕事があるのです。それに目立つ真似は避けた方がいいのですよ」
オニョメが申し訳なさそうに頭を下げた。このクシュバの町はジャオメダの弟子たちで作られた町だ。闇ギルドのイラックのせいで町は荒らされたが、それは町民も覚悟の上である。誰もジャオメダやゲディスたちを恨んでいない。逆に同情されたくらいだ。
小太りの少年であるゲディスは疑問を抱く。
「目立つ真似とはどういうことでしょうか?」
「現在、スキスノ聖国が世界各国の支部に通達している。ゲディスとウッドエルフのブッラとクーパルを捕えよと。さらに闇ギルドでは三人の命をねらってるらしい。さらにはサマドゾ王国の王妃バガニルと、双子のワイトとパルホも対象にされている」
メスムが答えてくれた。スキスノ聖国は世界各国に教会を建ててある。世界の半分はスキスノ教を信仰しているが、それほど政治に強い影響はない。
教会が所有する通信の魔道具があり、日誌と称して世界各国の情報がリアルタイムでスキスノ聖国に送信されているのだ。
それを専門の部署が情報を吟味することにより、情報の精度を高めているのである。
戦争が起きそうな国があれば、周辺国に通達して経済制裁を行いことが出来る。必要な物資を一早く運ぶことも可能なのだ。
これはキャコタ王国の国教、ブカッタ教も同じことをしている。情報を制するキャコタとスキスノ聖国は文字通り世界を制していると言えた。
そうなるとゲディスたちの動きもスキスノ聖国に筒抜けということになる。金目当ての冒険者や闇ギルドの人間だけでなく、スキスノ聖国の異端審問官も敵になるのだ。
「私たちは敵なんかこわくないがね。しかしまとまっているとそこが危険になる。できるだけ我々は世界各国で騒動を起こすことにしているのだよ。君たちに人員を割けないようにね」
「それは誰の意思なのですか? カホンワ国王であるダコイクおじい様の依頼ですか?」
腰までゆったりと伸びた銀髪に褐色肌のグラマー美人が訊ねた。ブッラと違いぴっちりした薄緑色のドレスを着ている。ブッラの双子の妹クーパルだ。
「その通りだよ。うちの親父は暢気そうに見えて割と交友関係が広いのさ。カホンワ領では帝都に代わって真っ当な政治を行っていたのだよ。魔王が誕生してゴマウン帝国が滅んでもいいようにな」
「なるほどね。カホンワ領は領民自体は少なかったけど、冒険者ギルドや商会など充実していましたからね。僕もイラバキお母様やギメチカに経済の勉強を叩きこまれましたよ。おかげでお父様の手伝いができました」
ゲディスは空を見上げた。ゲディスの義理の父親であるダコイク・カホンワは真っ白な髭を生やした優しそうなふっくらとした老人であった。しかし剣術の腕はぴか一で、一回り身体の大きい兵士を相手にしても負けたことは一度もない。
さらに領地運営も上手で赤字になったことはなかった。不作の時は貯蓄していた穀物を領民に安く売るなど優秀な統治者でもあったのだ。
それをアヅホラ・ヨバクリ侯爵やラボンク皇帝は気に喰わなかったらしい。隙あればカホンワ領を滅ぼそうとしていた。結果一年前にラボンクの腰ぎんちゃくであるロウスノ将軍が襲撃したが、逆にロウスノを返り討ちにしたのである。
「とりあえずナサガキに行きますね。そこから船に乗りキャコタへ向かわないと。それではジャオメダ兄さま、オニョメ小母様、メスムさんまた会いましょう」
「ああ、またな。元の姿に戻ったら酒を飲もうじゃないか」
「旅のご無事をお祈りしています」
「あなたたちなら、どんな相手も敵じゃないと思う」
そう言ってゲディスたちはジャオメダ達に別れを告げた。
☆
ゲディスたちは南へ向かっていた。ゴスミテ王国の差代の港町、ナサガキに行くためだ。
ナサガキへの街道は整備されている。馬車が三台並んでも余裕のある広さだし、木の実の成る木が所々に植えてある。さらに水飲み場も用意されており旅人には優しい街道であった。
ゴスミテ王国はキャコタ王国から輸入した魔導自動車があるが、材木や鉱石を大量に運ぶための大型車しかない。それに魔獣が襲ってこないわけではなく、冒険者を数人雇っている。
便利なものが生まれても今すぐそれにとってかわられるわけではないのだ。少しずつ変えなくては変化に対応できなくなるのである。
ゲディスたちは徒歩で進んでいた。乗合馬車に乗ってもよいのだが、敵が襲撃してこないとも限らない。事実、途中で盗賊たちが何度も襲ってきたのだ。しかもゲディスたちの正体を熟知しているのである。
「ゲディスパパ、どうしてあの人たちは私たちの事を知っているの?」
「そうですわね……。わたくしたちは20代にしか見えません。なのに目当てのウッドエルフと理解しています。どういうことでしょうか?」
ブッラとクーパルが疑問を口にした。彼女たちは盗賊たちをあっという間に拘束して放置した。近くを通りかかった商人や旅人に任せたのである。懸賞金は彼等が貰うだろうが、迷惑料として渡しているので関係ない。
「誰かが僕らの正体を暴露したと思うな。そうでないと話がつかない。ニゥゴさんやジャオメダ兄様は最初から僕たちの正体を知っていたからね」
「あの人たちは味方だったけど、敵はどうなんだろ? ゲディスパパはわかるの?」
ブッラが訊ねたがゲディスも答えることは出来なかった。
いや、推測はしているのだ。自分たちの姿を知っているのは基本界にいた人間だけである。つまり魔女ドジョクが妖しいと睨んでいた。しかしそれだと情報を露営した理由がわからない。自分たちに試練を与えるためと思えるが、基本界で4年間を過ごしたゲディスたちにとって、巻き込まれた事件は危機とは言えなかった。
「なんとなくですが、あのキラウンが元凶ではないでしょうか?」
クーパルが答えた。キラウン。道化師の少年だが得体のしれない何かがあった。あの少年ならやってもおかしくないが、確執があるわけではない。
「今は考えるのをやめよう。泥沼だよ。大事なのはナサガキまで行くことだ。そこでモーカリー商会に保護してもらうよう頼むんだよ」
「モーカリーって、ゲディスパパのお友達がいるところだよね?」
「正確には僕の婚約者であるマッカ・モーカリーの実家かな。商会の支店長なら僕の事を知っているから、二人を守ってもらえると思うんだよ。もちろん、手放しに信頼することはないけどね」
ゲディスはキャコタ王立学園を卒業して別れたマッカを思い出す。彼女は男前で金にがめつい女性だった。ゲディスとは正反対の性格だったが不思議にウマが合った。卒業したらカホンワ男爵領で力を注いでいる医療技術と、モーカリー商会と手を組んで様々な医療品を売り出すことを夢見ていた。
実際にはゲディスが試作品を作り、マッカが商会の人間を使って治験をしていた。頭痛や腹痛、かゆみ止めや化粧品、絆創膏や目薬などの医療品を世界各国の軍隊に売り出せば大儲けできると確信していたのだ。
マッカは父親に計画書を作成し、見せていた。すると父親は太鼓判を押したくらいである。
(マッカは婚約者というより、友人なんだよね。でも一番会いたいのはガムチチさんだな……)
ゲディスはガムチチの事を思い出す。基本界では4年間過ごしたが、この世界では四日しか経っていないそうだ。ガムチチにしてみればほんの数日かもしれないが、自分たちにとっては4年ぶりなのである。
それとガムチチには申し訳ないところがあった。ブッラとクーパルが成長する過程を独占したためである。魔法で撮影したから姿見は何十枚もある。それをアルバムに纏めているが、実際に我が子たちの成長をこの目で見れなかったことは、ガムチチにとって悲劇だ。
自分はガムチチを相手にせず、自分で性欲を解消していた。それは問題ない。
ガムチチが自分以外を相手にしても文句を言う資格などないのだ。
今の自分は二人の娘を守らなくてはならない。ブッラとクーパルは見た目は成熟した美女だが中身は子供なのだ。心無い人間が彼女たちを捕らえ性奴隷にしたがるのもわかる。
今まで自分は多くの人たちに守ってもらっていた。今度は二人を守る番だ。ゲディスは二人の後姿を見ながらそう思った。
☆
(ゲディスパパ、なんか真面目な顔しているね)
(大方、わたくしたちを守らなくてはならないと思っているのですわ。とても水臭いですわね)
(イラバキおばあちゃまやバガニルおばちゃまも言ってたよ。ゲディスパパは一人でなんでもしたがるって。だからブッラたちはガムチチパパと一緒に守らなくちゃいけないって)
ブッラとクーパルはひそひそ話をしている。二人にとってゲディスは世界で最高な父親なのだ。もちろんこの場にいないガムチチも同じである。
だがゲディスはなんでも一人でしたがる傾向が強い。ムカックやイラックの場合は相手が雑魚すぎて手を出す必要がなかったためだ。
本音としてはゲディスは自分一人で二人を守りたかった。二人が敵を倒す姿も見たくなかった。基本界ではドジョクに注意されてなんとか我慢した。
(わたくしたちもゲディスお父様を守りますからね)
(もちろんだよ!!)
双子のウッドエルフはそう心に誓うのだった。




