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第17話 ゲディスは キラウンと同じ 邪気が感じられないそうだ

「よろしいでしょうか、父上」


 18年前の深夜のカホンワ男爵領にある屋敷で、茶髪のロール頭の小太りした青年が答えた。

 彼の名前はジャオメダ・カホンワ。目の前には父親のダコイク・カホンワ男爵が椅子に座っていた。

 ここは父親の部屋だ。ジャオメダの背後には屈服な男が寄り添っている。実際は女性で、ジャオメダの妻、オニョメだ。女性ではあるが筋肉が発達しており、威圧感が強い。まるで岩に足が生えて歩いているようだと言われている。


 カホンワ男爵は小太りの優しい雰囲気のある中年男性だ。しかし中身は決してお人よしではなく、抜け目のない性格をしている。男爵を小馬鹿にしたものは最後、骨の髄までしゃぶりつくされるのだ。

 代わりに善意を善意で返す者には報いることにしている。


 ジャオメダは有能な父親と比べられがちだが、事務処理能力が高かった。それに父親から剣術を、母親のイラバキからは罠魔法を習っている。どちらも二人に劣っているが、カホンワ領ではジャオメダに敵う者はいない。恐らくゴマウン帝国でさえ、現役の将軍であるサキョイを手玉に取ると言われている。そんな彼が畏まって父親と相談するのだ。何かがあるとカホンワ男爵は真剣に耳を傾ける。


「実はカホンワ領内において、私たち親子の暗殺計画が進行中なのです。相手はアヅホラ・ヨバクリ侯爵でございます。スキスノ聖国で聖職者となったアジャック卿も協力しているようですね」


「……なんでアヅホラ卿とアジャック卿がお前たち親子の暗殺を企むのだ?」


 息子の報告に父親は首を傾げた。当時ゴマウン帝国では皇帝クゼントは3人の子供がいた。10歳の長女で第一皇女バガニル。8歳で長男の第一皇子のラボンク。そして生まれたばかりの第二皇子ゲディスだ。

 アヅホラ卿は娘のバヤカロをラボンクの正室にしようと躍起だ。皇帝は渋々認めている。バヤカロは社交界で事あるごとに婚約者であることを自慢しており、品性のない女と思われていた。

 逆に母親のサゥチスはまともであり、娘の行動を窘めるが、その度に夫から叱咤され殴られるありさまであった。皇帝夫婦が見て言る前でも平然と行うのだから呆れている。


 一方でカホンワ男爵家は皇位継承権と縁が遠い。なぜアヅホラ卿がジャオメダを狙う理由が理解できなかった。とはいえジャオメダは勘や憶測で物を言う性格ではない。罠魔法を利用した情報収集を分析した結果なのだろう。


「はい。なんでもアヅホラ卿は18年後にカホンワ家が皇族を滅ぼすと言いふらしているようです。なので後継ぎの私と娘のメスムを殺さなくてはならないと皇帝陛下に訴えているようですね」


 カホンワ男爵は顔をしかめた。アヅホラ卿はほら吹きではなく、事実を言っている。

 正確には後18年も経てば王族の近くで魔王が生まれる。魔王とは個人ではなく概念であった。その国から生まれる邪気を百年以上ため込み、それを一気に爆発させる。

 すると王都などを包み、そこに住む人間を一斉に魔石化させるのだ。魔石化とは人間の体内に蓄積された邪気が結晶化されることである。

 優れた魔法使いなら自分の体内から魔石を生み出すことが可能だ。だが魔王化における魔石化の犠牲者は一般人である。抗う術もなく体内から魔石が生まれると言うことは死ぬと言うことだ。

 

 その魔王を消滅させるのは勇者の役目である。勇者とは太陽の光を蓄積した存在であり、魔王の邪気を中和させる唯一無二のものだ。

 大抵魔王は女性であり、勇者は男性である。これは初代皇帝であるゴロスリから聞いたものだ。

 

「父上もそれを知っていて、このカホンワ領を改築していますよね。この土地は各国の交易路になっているのですから」


 そう、カホンワ男爵領は住民が少ない。しかし宿屋や商会が充実している。これは隣国の交易路になっているのだ。

 北はセヒキン、南はオサジン、東はゴスミテ、西はサマドゾと様々な人々でにぎわっていた。

 さらに旅人から様々な民間治療法なども習っている。カホンワ家は医学が発達しており、世界各国の医術が集まっていた。

 もっとも帝都では魔法を使わない医者など医者にあらずと侮蔑されていた。おかげで庶民の死亡率がやたらと高く、不衛生であった。


「うむ。実を言えばハァクイ皇妃からも連絡が来てな。お前とオニョメ、メスムが乗った馬車が崖から落ちて死ぬ予知を視たそうだ。それも今度お前たちが帝都に向かう日らしい。この日の為にダシマエ卿からお前たちのホムンクルスを作ってもらった。不出来らしいがどうせ死体の代わりだ。ばれるわけがない。お前とオニョメはギメチカ殿の性転換呪文で性別を入れ替えるとよいぞ」


 ダシマエ卿とは帝国の執政官、ダシマエ・オサジンのことだ。彼はゴロスリからホムンクルス製造の秘術を習っている。彼は暗殺対策のホムンクルスを製造することが多かった。丁寧に培養すれば魂を入れ替えることが出来るが、凡人がやれば魂が消耗されるので数時間が限度らしい。


 ギメチカはハァクイのメイドである。彼女は10歳の少女だが、性転換呪文の達人なのだ。


「確か性転換呪文は一度かけたら戻らないと聞いておりますが」


「その通りだ。ギメチカ殿だけが自由に性別を変えることが出来るという。わしも一度会ったことがあるが、女性なのに男にも見える不思議な者じゃったな」


「娘はどうしましょう?」


「別に変えなくてもよいじゃろう。メスムはまだ赤ん坊なのだ、成長すれば区別などつかんよ」


 そう言うこととなった。


 ☆


「なんだかわけのわからない話ですね」


 夜中の宿屋にある部屋で、ゲディスは首を傾げた。アヅホラ卿がなぜジャオメダ親子の暗殺を目論んだのか、その理由がさっぱりと分からない。

 そもそも普通の人間なら18年後に帝国が滅ぶなど信じない。実際には滅んだが、予言者でない限り確定などできるわけがなかった。


「私もそう思うよ。だが調査の結果、確定されたのだ。当時のアヅホラ卿はバガニル王妃やゲディス様ですら忌み嫌っていたのだよ。まるで狂人でしたな」


 茶色の天然パーマである小太りの中年女性が答えた。ジャオメダである。彼女はでっぶり太った身体に胸には白いビキニを、腰は白と赤のフリフリドレスを穿いていた。ちらっと赤いパンツが見えるが、あまりありがたくない。


「私たちはメスムが成長するまで、ゴスミテ領の厄介になっておりました。チチターニ様には感謝しております」


 金髪をボサボサに伸ばした筋肉隆々の男が答える。彼はオニョメだ。元はセヒキン一族の姫であり、シジョフ三姉妹の親戚であった。

 身体は恵まれているが、心優しい女性だったそうで、ゲディスの母親であるハァクイはよくカホンワ家でお茶会に来ていたそうだ。


 チチターニは現ゴスミテ王国の国王トニターニの父親である。皇帝の腰ぎんちゃくと揶揄されていたが、実際は影で帝国を捧げる忠臣の一族であった。もっとも周囲からは馬鹿にされており、アヅホラ卿も娘のバヤカロと共にトニターニを侮辱して遊んでいたそうだ。

 トニターニは当時のヨバクリ親子に対して憐憫の情を抱いていたという。


「ところで今回の件はジャオメダ様のたくらみですか? 普通町の人全員があなたの弟子なんてありえない話です。イラックは最初からこの町を狙っていたようですし、あなたが口にしていたグランドマスターとやらの仕業ではないのですか?」


 ウッドエルフのクーパルが訊ねた。その目は鋭い。自分はともかく父親のゲディスを巻き込んだことは許せなかった。

 ジャオメダはため息をつくと、首を縦に振るった。


「その通りです。私は闇ギルドのグランドマスターからイラックを処罰するよう依頼を受けました。イラックの性格からして町の人間を自由自在に操り殺し合わせてもおかしくないため、この町に来るよう仕向けたのです。とはいえキラウンという少年はまったく予測してませんでしたけどね」


「……あのキラウンは何者でしょう? 軽い性格のように見えて、まったく底が見えませんでした」


 さすがのゲディスも不安になった。闇ギルドのグランドマスターが関わっていたことは驚いたが、それ以上に謎の道化師キラウンが気になった。

 あの男はおどけているが、隙が一切ない。しゃべっている言葉もどこか信用がならないのだ。

 いったいあの男は何者なのか、ゲディスは頭を悩ませている。


「……なんとなくだけど」


 突如、部屋の隅にいたメスムが答えた。彼女は金髪を腰まで伸ばしており、薄緑のドレスを着ていた。袖はなく白い長手袋をはいている。ドレスの裾は太ももがはっきりと出ており、白の二―ソックスを穿いていた。顔は間違いなく美少女なのだが、冷たい雰囲気があった。すべての男を見下す、そんな目をしている。


「あなたは、なぜゲディスパパを睨んでいるの?」

 

 噛みついたのはブッラだ。メスムがゲディスを睨みつけていると思い込んだのである。


「……睨んでない。これが私の普通の眼……」


 メスムはしょんぼりとしている。どうも目つきは生まれつきのようだ。ブッラはその様子を見て慌ててしまう。だがゲディスは話を進めるように促した。


「メスムさん、何か気になることでもあるの?」


「うん……。あのキラウンて人、なんとなくだけど、ゲディスさんに似ている気がする……」


 意外な言葉に全員呆気にとられた。


「なんというか、雰囲気が似てる。ゲディスさんとは会ったばかりだけどね」


「そうなんだ。どのあたりが似ているのかな?」


「……邪気がまったく感じられない。キラウンもそうだけど、ゲディスさんもそう。本当に人間なのかと疑っちゃう」


 メスムの言葉に全員が静かになる。彼女は何を言いたいのだろうか?

 そこに父親であり、今は母親となったジャオメダが答えた。


「……娘のメスムは邪気感知が優れている。今言われて気づいたが、ゲディスには魔力、邪気が感じられないのだ。普通は外気の邪気を取り込むのだが、これはどういうことだろうか?」


 その答えは誰にも分らなかった。

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