第15話 プオリジ一家は 最初から 捕まってません
「ひゃっひゃっひゃ!! この偉大な俺様の前に触れ伏すがいい!!」
イラックは黄色の長髪を振り回しながら、げらげら嗤っていた。軽率そうな感じがして、言動も薄っぺらく、安っぽい。どうにも迫力がなく、狂気しか感じられなかった。
ゲディスは思った。どうしてプオリジ一家があんな男に拘束されたのか。ゲディスはちらりと針の筵のようにされたジャオメダを見る。彼女はため息をついた。
恐らくはイラックがあまりにも弱いため、プオリジ一家がわざと負けたのだと判断する。
ゲディスはそう判断して、イラックを挑発してみた。
「そっ、そんな!! プオリジ一家が負けるなんて信じられない!! きっと卑怯な手を使ったに違いないんだ!!」
「何言ってるのエディス君。相手は闇ギルドの人間だよ? 卑怯な手を使ってもおかしくないと思うがなぁ」
そこにバセイクが横やりを入れた。まったくその通りなのだが、今はイラックを煽りたいので黙ってほしいと思った。
「ひゃっひゃっひゃ!! 花びら級の冒険者なんか大したことないね!! 俺様の力があれば、どんな相手も屈服できるんだ!! こんな風にねぇ」
イラックが威張ると、近くにいる一般人を見た。全員目が虚ろで生気がない。
「お前ら。素手で殺し合え」
信じられない命令を下すと、一般人はいきなり互いに殴り合った。全員男で相手の顔を容赦なく殴る。だが双方も泣きそうな顔になった。
「やめでぐれぇぇぇ!! おれだぢをぎづづげないでぐれぇぇぇ!!」
「いっ、いだいのは、いやだぁぁぁぁ!!」
「いだめづけるなら、あいづらだげにじでぐれぇぇぇ!!」
男たちは延々と殴り合っている。顔を殴られ、鼻や口から血が出る。顔が腫れても殴るのをやめない。どうやらイラックの言葉は何かしらの力を含んでいるようだ。そのため彼等はイラックの命令を嫌々ながらも無意識に従っていると思われる。
それにしてもイラックという男は相当性格が悪いようだ。無辜の民を操り、互いに暴力を振るわせその様子を喜劇のように嗤いながら見物していた。
ゲディスはこの男を確実に仕留める覚悟を決めた。
「……あなた、いい加減にしてください」
ブッラが冷たい声で前に出た。いつもは幼い言動が多いが、こういった非道な行いに対して彼女はきりっとするようになる。
「無抵抗の人たちを操り、傷つけ合わせるなんて、あなたはものすごく悪い人です。こんなことをして何が楽しいのですか?」
「あぁん? 楽しいに決まってるだろぉ? 俺様の力はなぁ、言霊の力で、なんでも言うことを聞かせられる力なんだよ。俺様みたいな偉大で素晴らしい人間に相応しい力じゃないか。なのにグランドマスターのカスは俺様を認めやがらねぇ。俺様の力を許可なく使うなとほざきやがったんだ!! 手始めにゲディス、お前を殺してやる。そしてその首を手土産にあのカスの寝首をかいてやるぜ!! そして俺様が闇ギルドのマスターになるんだ!! そしたら自由に人殺しを楽しみ、この世界の美女はすべて俺様の物となる!! う~ん、なんて輝かしい未来なんだ、自分で自分にほれぼれしてしまうね~♪」
それを聞いたゲディスたちは呆れていた。口では大きなことを言っているが、しゃべっていることはどれも幼稚で薄っぺらい。とても人の上に立てる器には見えなかった。小者と呼ぶにふさわしい。
あの男は自分の力をちっとも理解していない。自分が命令すれば誰もが言うことを聞くと思い込んでいるようだ。
「さぁて、ゲディスには死んでもらうぜ。双子のウッドエルフは俺様の愛人にしてやるよ。そこのオカマ野郎はゲディスと一緒に死にな」
イラックは指を弾くと、空間から2体の巨人が現れた。全身とげとげしい鎧に身を纏っている。
右は炎で、左は氷をあしらっているようだ。二体とも巨大な斧と丸い盾を所持している。
「ひゃっひゃっひゃ!! こいつは貰いもんだぜ!! あのカスは馬鹿だぜ、この俺様に特別なゴーレムを寄越すんだからなぁ!! ひゃっひゃっひゃ!!」
イラックは腹を抱えて笑っている。闇ギルドのマスターを心底見下しているようだ。ゲディスはグランドマスターに会ったことはないが、たぶんこの男など問題にはならないと思っている。
「さぁ行け!! ヘルレイムに、デスザード!! ゲディスとオカマを殺せ!! ウッドエルフは両手両足を切り落とした方が、ペットとして都合がいいぜ!!」
イラックはゴーレムに命令を下した。ヘルレイムは傍にいるだけで熱気が伝わってくる。
デスザードは逆に肌が放りつくような冷気が遠くにいても襲ってきた。
ブッラは剣を取り出すと、ヘルレイムに斬りかかった。だがヘルレイムは丸い盾で防いでしまう。そして右手に持った斧を振るった。ブッラは紙一重で躱すが、その風圧で彼女は吹き飛んでしまった。
次にクーパルがデスザードに魔法を発動させる。
「獄炎呪文!!」
炎の魔法がデスザードを包むが、これも盾で防がれた。そして斧を地面に叩き付けると、ピキピキと地面から氷柱が出てきた。
クーパルはそれをひらりと躱す。ブッラとクーパルはゲディスの元に戻った。
「ひゃっひゃっひゃ!! すげぇぜ!! さすがは俺様の力だ!! なんて素晴らしい存在なんだろオレェ!!」
イラックは自分に酔いしれていた。二体のゴーレムは特別製だが、イラックの力ではない。他人から借りたものだ。ゲディスは普段滅多に怒らないが、イラックの態度にはイライラさせられた。
「……あのゴーレムは火の精霊と氷の精霊を無理やり閉じ込めてあるね。多分精霊を閉じ込めてある核があるはずだよ。精霊にとっても依り代を壊されたら致命的だから、無意識に自分を守ろうとしていると思う」
「へぇ、そこまでわかるんだ。君ってすごいね」
「……昔、大切な人から教えてもらったんだ」
バセイクが褒めると、ゲディスはさらっと流した。教えてくれたのは海の父親であるクゼントの愛人、ニゥゴだ。彼女から座学で習ったのである。たまにカハワギ王国の冒険者、レッドモヒカンチームのリーダー、フチルンから精霊魔法を見せてもらったことがある。
ゲディスはそういった経験があった。だがイラックは何も理解していないと思っている。
「お父様……。あの男はただ命令しているだけです。普通あの手のゴーレムは魔道具か何かで制御するはず。口頭だけで命令を聞くとは思えません。ここはひとつ私にお任せあれ」
クーパルがそう言うと、ゲディスはこくんと首を縦に振った。
そこにもじもじしながらブッラが声をかける。
「あっ、ゲディスパパ、ブッラは……」
「ブッラはクーパルの補佐をお願いするね。多分あのゴーレムは二人がいないと無理だ」
ゲディスの言葉にブッラの顔が明るくなった。
「で、僕は何をすればいいのかな?」
「僕らの邪魔をしなければいいよ」
バセイクの言葉にゲディスはそっけない。バセイクは気にした様子はなく、やれやれと肩をすくめた。
「はぁぁぁぁ!? お前らは無抵抗に殺されていろよぉぉぉぉ!! よし、お前ら心臓を一切動かすな!! 黙って殺されろ!! ひゃっひゃっひゃ!!」
イラックがゲディスたちに命じた。何か魔力の糸を感じるが、ゲディスはすぐに引きちぎる。イラックの力は言葉で操るのではなく、口から発生される魔力の糸で相手を操るのだ。魔力抵抗が使えない一般人ならともかく、ゲディスたちは使える。しかも魔力はものすごく弱い。
だが一般人には脅威である。ゲディスはバセイクを見た。彼は赤の他人だが見捨てるのも忍びない。バセイクは平然としていた。魔力の糸などどこ吹く風だ。やはりこの男はただものではない。
「ブッラ、私がゴーレムの中の精霊に話しかけます。あなたは精霊の核を解放してください。あなたにしかできないことです」
「うん、わかった!!」
クーパルがブッラに命じる。ブッラはそれを承諾した。ゲディスはそれを見て安心する。
自分がやることは一般人たちの救助だ。ゲディスは体毛に仕込んだ罠魔法を発動させた。そうすることで体毛が瞬時に一般人たちを拘束する。もう殴り合うことは出来ない。
そしてクーパルが意味不明な言動を口にした。それは精霊の言葉であった。ゴーレム2体は動きを止める。精霊の言葉を発するのが、精霊以外だからだ。
そしてブッラが剣を振るう。ゴーレム2体を一気に胴体を真っ二つにした。
上半身が零れ落ちると、中からひし形の石が出てくる。精霊の核だ。ブッラはそれを一気に切る。
核は霧散して消えた。普通は精霊核は物質と同化しており、破壊すれば精霊は死ぬ。だがブッラは精霊と物質を切り離したのだ。基本界で鍛えた技である。
イラックは唖然としていた。一般人は動かない。ゴーレムはあっさり無力化された。しかもゲディスたちは自分たちの命令を聞かない。
こんなはずはない。こんなの現実じゃない、こんなの俺様が信じていい現実ではない。
イラックはパニック状態になった。もう逃げ出すしかない。自分の信じたいもの以外認めないこの男にとって、任務を放棄することはこの世で最も正しいことだと思っている。
だがイラックは逃げ出す途中何者かに殴られた。それは髭を生やした巨漢であった。オニョメである。
「ふぅ、あんまり長引くのでしびれを切らしてしまいましたよ」
オニョメは見た目と違い口調は丁寧だ。もっともどこか女性らしいしなやかさが見える。
「まったくだな。こんなことならゲディスに任せず、自分たちでやればよかったかな?」
今度は小太りの中年女性ジャオメダだ。男勝りの口調である。体中に張りが刺さっていたはずだが、すべて抜かれており、傷一つついてない。
「ほんとそれ。大体こいつは甘すぎる。イラバキおばあ様の方がずっと厳しかった」
最後に金髪の美女が答えた。どこかシニカルな感じがする。全員傷などなく奇麗なものだ。ボロボロなのは衣装だけである。
「なっ、なっ、なんじぇ!!」
イラックは顎を砕かれていた。顔が醜く歪み、鼻から血と鼻水が、口からは血の混じった涎が垂れていた。
今まで経験したことのない痛みを感じたため、幼児のように知能が低下し始めていた。
だがプオリジ一家は冷たい目でイラックを見下している。視線だけで震えあがり凍えそうになった。




