第十二話 ニゥゴ親子は 悲惨そうだけど そうでもなかった
それは13年前のゴマウン帝国にあるゴマウン城の話である。
城の一室に皇帝クゼントの側室ニゥゴが住む部屋があった。あまり人が立ち寄らず、寂しい場所である。アヅホラ・ヨバクリ侯爵がクゼントに進言して、ニゥゴ親子を暗く寂しい場所へ追いやったのだ。さらに侍女にしろ女騎士にしろなるべくつけないようににらみを利かせていたが、それを無視する者たちが多くて困っているという。
いかついひげを生やした大男が近衛兵を二人を連れて、ニゥゴの部屋にやってきた。大男はゴマウン帝国皇帝クゼントだ。部屋の前には女騎士が二名立っている。
クゼントが部屋に入ると、片目を水色の前髪で隠した女性が椅子に座って読書をしていた。
部屋の奥には大きなベッドが置いてあり、10歳のカシクゴと、6歳のイウモトが寝巻を着てスヤスヤ眠っていた。
「陛下、お待ちしておりました」
「うむ、夜分遅く迷惑をかけるな」
近衛兵は二人ともクゼントの背中を守っていた。彼等は皇帝に忠誠を尽くすものたちだ。アヅホラ卿が文句を言っても無視できる力を持っている。
ここでの会話は全部彼等が墓の中まで持っていく。口を滑らすことはない。
「さてお前たち親子は死んでもらうことにしたよ」
突然の言葉にニゥゴは眉をしかめたが、すぐに気を取り直した。
「それには何か理由があるのですね?」
「ある。我妻ハァクイがお前たち親子がヨバクリ領に向かう途中、野盗に襲われて殺害される予知を視たそうだ」
「それはアヅホラ卿の手先たちの仕業でしょうか?」
ニゥゴが訊ねるとクゼントは首を縦に振った。数日前クゼントの息子ゲディスが乱心した。ハァクイの部屋に押し入った挙句、彼女のお尻を木刀で乱打したのである。
そのため10歳にカホンワ男爵の養子になる件を、前倒しにしたのだ。ついでに16歳の長女バガニルも帝都より西部にあるサマドゾ辺境伯の長男、マヨゾリに嫁がせることを決めたのである。
そしてニゥゴ親子は北部にあるヨバクリ侯爵の12歳の息子、デルキコに下賜されることになった。正確にはイウモトをデルキコの嫁にするためだ。
その件に対してアヅホラ卿は大反対した。理由を聞いても駄目だの一点張りで、ニゥゴに対してはデルキコは馬鹿だからと息子を罵るばかりであった。娘のバヤカロとはえらい違いである。
そのためアヅホラ卿はニゥゴ親子を死ぬほど憎んでいるのだ。
「さすがに調べたか」
「はい。すでにアヅホラ卿の野望はすでに知っておりますわ。それにハァクイ様の侍女たちに引き継ぎは終えておりますもの」
「さすがは人形軍隊の異名を持つカムゲシャ殿の娘だな」
ニゥゴの言葉にクゼントは感心していた。
元々クゼントは彼女の故郷ズゥコ王国で一目ぼれしたわけではない。元々ゴマウン帝国とズゥコ王国の大使が密に連絡し相談し合った結果、ニゥゴをクゼントの側室に送り込むことを決めたのだ。
彼女はズゥコ王国の国王の姉、カムゲシャの長女だ。母親は人形遣いの技術を持ち、数百体の人形を操ることが出来る。娘のニゥゴは十数体だが、その分精密な操作を可能としていた。
さらにネズミ人形を使うことで、諜報活動を行っていたのである。彼女はハァクイの護衛として側室になったのだ。
「予知は下手に内容を変えるとよくないことが起きるという。なのでお前たち親子は死んだふりをしてもらいたい。そして陰から我が国を守ってほしいのだ」
「正確には陛下の御子息様たちでございますわね?」
「その通りだ。もうじきこの国は滅ぶ。ゴスミテ、オサジン、サマドゾ、ヨバクリはそれぞれ独立するだろう。そしてカホンワは滅んだゴマウン帝国の後に復興するであろうな。余はそれまで生きておらんだろう」
クゼントが天井を見ながら言った。彼は初代皇帝ゴロスリの予言を口伝で教えられていた。あと12年後にゴマウン帝国から魔王が誕生する。それは個人ではなく自然現象のような物らしい。魔王となる人物と勇者という魔王の力を中和させる存在がいるそうだ。魔王は王侯貴族になりやすく、魔王になれば周辺の人間を一斉に魔石化してしまうという。
ゴロスリは皇帝であり、世界の始まりとともに生まれた魔女の子孫だ。彼女は歴代魔女の記憶を受け継いでいる。それによればきっちり100年後にもっとも邪気の濃い国に魔王が生まれるそうだ。
魔王は倒すこともできず、対処することもできない。魔王に相応しい人間を前もって殺すとため込んだ邪気が爆発し、国もろとも吹き飛ぶらしい。
「それはそうとアヅホラ卿はなぜわたくしたちを嫌うのでしょうか? 陛下の側室であるわたくしを息子とはいえ下賜されることは名誉なはずですが……」
「どうもあの男は常識が通用しないのだ。そもそもあ奴の母親はマジッサ王国の女だ。膨大な魔力を宿しており、当時のヨバクリ家当主の側室となった。正室の子が生まれなかったため、アヅホラ卿が後継ぎになったのだが、あ奴は生まれつきの邪気中毒なのだよ」
「邪気中毒……。母親は相当な邪気を宿していたのですね……」
ニゥゴが言った。そもそもマジッサ王国とは遥か東方にある国だ。二年年近くも鎖国を続けており、外国人を一切寄せ付けないという。しかし国を出ていく人間は多い。マジッサ王国に住む人間は膨大な邪気を宿しており、優秀な魔術師になりやすいのだ。王侯貴族は側室によくマジッサ王国の亡命者を受け入れることが多い。魔術師に相応しい子供を産んでほしいからだ。
「そうそう、わたくしはアジャック枢機卿と渡りをつけておりますの。ペテシンという魔術師として接触し、わたくしたちを殺害する計画を持ち掛けたのですわ。わたくしとイウモトを殺して、カシクゴだけを助ける。そしてゲディス様たちに復讐させるよう地下牢で教育すると進言したら喜んでおりましたわ」
「……兄上か。なぜ兄上はアヅホラ卿とつるむのか理解できん」
クゼントは額に手を当てた。そして椅子に座り、げほげほと咳をする。彼は身体が弱い。病に侵されているのだ。あと数年の命と言われている。もっとも自分の死後に帝国が荒らされることはない。初代皇帝の遺言に従い、法律に力を入れていた。
皇帝が好き勝手に何でもできないようにしているのだ。ダシマエ・オサジン執政官が賛成しなければ簡単に法は変えられないし、スキスノ聖国にもにらまれる。
クゼントの異母兄であるアジャックは影からゴマウン帝国を支配するつもりなのだ。もっとも彼には人望がなく、いても腰ぎんちゃくのおべっかつかいしかいない。
ニゥゴは侍女に命じてお茶を出させる。クゼントは眠っている我が子たちを見て、優しく微笑むのであった。
☆
「……というわけなのでございますよ」
ニゥゴが説明を終えた。ゲディスとブッラ、クーパルは真面目に聞いている。イウモトは椅子に座って背筋をピンとしていたが、カシクゴは眠っていた。
「本来はペテシンであるわたくしが、ゲディス様とカシクゴの戦いに参入し、お前の母親たちの仇は私だと暴露するつもりでした。ですがムカックのせいで台無しにされましたね」
ニゥゴは紅茶を口にしながらつぶやいた。なんとも回りくどいが、人の不幸や悲劇が大好きなアジャック好みに合わせるにはそれしかなかったのだろう。
「ところで13年間はどう暮らしていたのですか?」
「ヨバクリ領のセヒキン一族に匿われてましたよ。イウモトが12歳になるまでセヒキン三姉妹たちとともに修行をしてましたね。アヅホラ卿はその間一度も帰ってきてませんでしたわ」
ニゥゴの問いにゲディスはなるほどと思った。しかしアヅホラ卿はどうかしている。領主でありながら十数年も領地に帰らないなどありえない。息子のデルキコを蛇蝎の如く嫌う理由もよくわからなかった。
「今回の件はどこまでおばさんが関わっているのかな?」
ブッラが訊ねた。
「そうですね。元々わたくしたちはあるお方の依頼で、ヤキジタの町にやってきました。その方からゲディス様の今の姿と、ブッラ様、クーパル様の姿絵ももらいましたね。スドケベ伯爵とムカックの捕縛が目的でした。冒険者ギルドにいた受付嬢のトッラ様と、冒険者たちは全員その方の生きがかかっておりましたね」
ゲディスは驚いた。あまりにも大掛かりな仕掛けに、ニゥゴの言うあのお方とは誰なのかと疑問を抱く。
「僕らを知っているあのお方とは誰でしょうか?」
しかしニゥゴは黙って首を横に振る。守秘義務なのだろう。恐らくそいつは自分たちを危険にさらす代わりにニゥゴたちを補佐に向かわせたのだ。
「でも魔玉化はその人の仕業でしょうか?」
「どうでしょうか。ムカックはあいつと言っておりましたから、少なくともあの方の仕業ではありませんね」
ニゥゴの言葉遣いが丁寧なので、あのお方とは相当な身分の持ち主だと推測できた。それも人格的にも立派な人だと分かる。ニゥゴは無礼な人間に対して礼を尽くす性質ではない。かといって口汚く人の悪口を言う性格でもなかった。
「で、ゲディスたちはどうするんだよ! 俺たちと一緒に旅立つか!?」
カシクゴがいきなり起き上がった。彼は13年前から何も変わっていなかった。いや変わりなさすぎだ。だがゲディスは懐かしい気持ちになる。
だがニゥゴはそれを否定した。
「だめですよ。わたくしたちは花級の冒険者です。わたくしたちがついていけば嫌でも目立ちますわ。敵が何をしでかすかわかりませんもの」
「けど、金目当ての馬鹿に対して、ゲディスたちが負けるわけないだろ!! せっかく13年ぶりに出会えたんだ、ゆっくり話をしたいだろ!!」
「それは反対しませんね。私もゲディス様のお話をしたいです」
カシクゴとイウモトに言われて、ゲディスはほっこりとなった。
その晩、ゲディスはカシクゴと夜通し話をつづけたのであった。




