第10話 人を呪わば穴二つ
「ところで、カシクゴ兄さんは僕がゲディスだとなぜ知っているのですか?」
ゲディスは目の前に立っているカシクゴに質問した。今のゲディスは簡易ゴーレムを着たちょいと不細工な青年なのだ。十年以上交流がなかったカシクゴが一目見てゲディスと理解できるわけがない。
だが彼はかなり怒っている。イライラした口調で答えた。
「うるさい! 細かいことなんかどうでもいいだろう!!」
「そうじゃ、そうじゃ! そいつはどうでもいいことでお前を混乱させようとしているのじゃ!! 聞く耳など持たなくてよいぞ!!」
カシクゴは怒鳴り、ペテシンはそれを囃し立てた。どうでもいいわけではないのに、彼等は疑問を抱かないのだろうか?
「がっはっは!! お前たちこいつを殺せ!! こいつの首をアジャック枢機卿に差し出せば褒美は思いのままだ!!」
スドケベ伯爵が背後にいた男たちに檄を飛ばす。だが横にいた死んだ魚の眼をした男が止めた。
「殺すのは待ってほしい。どうせなら後ろのウッドエルフ二匹を殺してからの方が面白いよ。その方が奴が大切なものを失って絶望する姿を眺められるだろう?」
「馬鹿なことを言うな!! こいつらはわしのペットじゃ!! なんで殺さなければならんのじゃ!!」
「ふぅ……、仕方ないなぁ」
すると男は右手をスドケベ伯爵の額に押し当てた。スドケベは突然の行為に怒鳴るが、男は無視している。
そして数歩後ろに下がると、右手で指を弾いた。
ぼぉんとスドケベ伯爵の頭がさく裂した。肉片と血が飛び散り、血の香りが充満し始めた。
周りにいた男たちは平然としている。伯爵が殺されたのに動揺してないようだ。
「なっ、なんで魔法が使えないのに、人が爆発したんだ!!」
ゲディスはわざと驚いて見せた。本当はからくりを知っているが、あえて相手にしゃべらせるよう仕向けたのだ。
「はっはっは!! 俺の名前はムカック!! 闇ギルドで一番偉い男だ!! 俺の力は念を送る能力だ!! 相手を爆発させたい念を常に右手に宿しているのさ!! だから魔法が封じられても大丈夫なのさ!!」
ムカックはそう言ってゲラゲラ笑いながら説明してくれた。どうやらゲディスを一方的に殺せると踏んで気が大きくなっているようだ。
「ふはははは!! ゲディスよ、お前を甚振って楽しむとするか!! そして瀕死のところをあの双子には死んでもらう!! お前には愛する者の死を味合わせてやらないと気が済まないからな!!」
カシクゴもゲラゲラ笑っている。母と妹の復讐と言っている割に残虐な発想を口にしていた。とても邪悪でヘドが出る。
男たちは穴の底に降りた。そして数十人ほどが上で待機しており、弓矢を構えている。ペテシンとその部下、ムカックもいる。
ブッラとクーパルは人質に取られているし、魔法が一切使えない。簡易ゴーレムを脱いでも小柄なブカッタ神の姿で、戦闘力は乏しい。
彼等は一方的に手にした棍棒などでゲディスをリンチして楽しむつもりなのだ。カシクゴも弱いゲディスをいじめて楽しみたい気持ちが溢れている。
ペテシン達もゲディスが反撃すればすぐ矢を放つだろうし、ブッラたちを盾に動くなと命じるだろう。
彼等は自分たちの勝利を一切疑っていない。ネズミ捕りで捕まえたネズミをバケツの水に沈めれば確実に死ぬことは当然なのだ。
「ふぅ、イラバキ義母上の教え通りだな。完全に詰んでいる状態こそ、最高のチャンスだと。というか義母上とギメチカの特訓の方が優しかったなぁ」
ゲディスはつぶやきながら空を見上げた。洞窟の天井しか見えない。
カシクゴはゲディスが絶望に染まっていないのでイライラし始めた。泣き叫んで命乞いをしてくれると信じていたのに、ゲディスは余裕がある。それが気に喰わなかった。
それはムカックも同じである。
「おいお前ら!! さっそくこいつを痛めつけろ!! 言っておくがゲディス!! その場で少しでも動いてみろ!! そこのメス二匹の頭を爆発させてやるからな!!」
ムカックは興奮しながら叫んだ。弱い者いじめが大好きな彼はいじめを見るのが大好きなのである。
「うん、動かないよ。もう動く必要はないんだ……」
男たちは一斉にゲディスに駆け寄った。今からこいつを一方的に痛めつける喜びが満たされているのだ。
しかし彼等は動かなくなった。振り下ろそうとした棍棒はまったく身動き取れない。
それを見たムカックたちは慌て始めた。
「何をやっているんだ!! さっさとそいつをなぶれよ!!」
だが男たちは答えることが出来ない。か細い声で苦しみの声を上げている。
それに苛立ったムカックは射手たちに命じた。
「お前ら、矢を放て!! ゲディスだけでなく俺の命令を聞かない奴はみんな殺せ!!」
しかし射手たちも動かない。彼等はなぜか縛られたように身動き一つとれないのだ。
「なっ、何じゃ!! 何が起きたんじゃ!!」
ペテシンも焦っている。となりの鴉面の男は冷静なままだ。
「罠魔法だよ。まあ、素材はすべて僕の髪の毛だけどね」
ゲディスが説明した。するとペテシンは怒鳴った。
「馬鹿な!! ここは魔法が使えないのだ、罠魔法なんか使えるはずがないに決まっている!!」
「残念だけどね。罠魔法は魔法じゃないんだ。事前に仕込んだ術式を組み込み発動させるだけなんだよ。魔法とは生き物が邪気を体内に取り込み魔力に変換させ、さらに外気の邪気に反応させて発動させるものさ。ここには邪気が一切ないみたいだから魔力を持っても発動は出来ない。でも罠魔法はそれに頼らないから発動できるんだ」
ゲディスが説明した。義母であるイラバキ・カホンワから散々教わったことだ。世界は邪気という自然から発生される見えない力がある。それに対して生物は邪気を少しずつ体内に取り込んでいくのだ。
そして人間が望む願望を魔力に変換し、外気である邪気に反応させるのが魔法なのである。
なので邪気が発生しない場所での戦闘がどうしても重要になってくるのだ。
さらにイラバキだけでなく、4年間基本界での修業はゲディスの罠魔法を昇華させた。手間がかからず、体毛を利用するだけで罠を張れるのである。
男たちは一切動けなくなった。誰もゲディスを攻撃することができなくなったのだ。
カシクゴは顔を真っ赤にして怒っている。自分が思い通りにならないことに腹を立てているのだ。
それはペテシンも同じである。
「むきー!! なんたることだぁ!! こんな面白くない展開などわしは認めんぞー!! カシクゴ、さっさとそいつを殺してしまえ!! 殺したらいいことを教えー--」
「黙れ」
突如ムカックがつぶやいた。するとペテシンの連れの鴉面の男の頭がはじけ飛んだ。
さらに男たちも一斉に頭を爆発させたのである。
あまりの惨事にゲディスは目を丸くした。なんでムカックは仲間たちを皆殺しにしたのだろう?
「むかつくなぁ、本当にむかつくよ。ゲディス、お前が俺に内緒でこいつらを拘束するなんてなぁ。お前みたいに相手の裏をかくような奴はむかついてしょうがないんだよ!!」
ムカックは怒っていた。目を血走らせ、額に血管が浮かんでいる。人の不幸が大好きなムカックにとって、ゲディスの行為は許しがたいものであった。
「なんでお前はペテシンたちを殺したんだ? 仕事仲間じゃないのか?」
「仲間なわけないだろう!! 俺にとってこいつらは道具なんだよ!! それに名目上は伯爵の雇われた傭兵だからな。こいつらが死ねば報酬はすべて俺のものだ。ついでに伯爵の持ち物も盗ませてもらう。使用人はすべて皆殺しにしておこう。死人に口なしだからね」
ムカックはゲラゲラ笑っていた。ゲディスはあまりの様子に呆れていた。
あの男は心が壊れている。他人の不幸を喜び、他人の幸福はわが身の不幸という神経の持ち主なのだ。
ムカックは頭を爆発された死体を見て、楽しそうであった。人の命をあっさり奪ったが罪悪感など一切ない。むしろ人を殺して面白がっている。
「なっ、ペテシン様ぁぁぁ!! よくも俺の恩人をォォォォォ!!」
カシクゴは激昂して飛び掛かろうとしたが、頭が爆発した。ムカックは仕事仲間たちに爆発させる術式を施したのだろう。例え相手が誰であろうと無残に殺すことがムカックにとって最高のよろこになのだろう。悪魔のような男であった。
「はっはっは!! 他人の不幸は最高だぜ!! お前の復讐を望んでいたのに、それが果たせず死んだんだからさぞかし無念だろうなぁ!! アヒャヒャヒャヒャ!!」
ムカックは腹を抱えて笑っている。まるで子供が喜劇を見て笑い転げているかのようだ。
「さぁて、次はお前の番だ。だがお前には術式を施してないから殺せないな。だがあの二匹には施してある。あの美しい顔立ちがザクロの花のように弾けて死ぬなんて困るだろう? だったら俺の命令を聞いた方がいいと思うがねぇ、ひっひっひ」
ムカックは邪悪な笑みを浮かべていた。どうせ二人を殺さずにはいられないのだろう。
「おっ、お願いだ……。二人を殺さないでくれ……。あの子たちは僕の宝なんだ」
そう言ってゲディスは土下座した。罠魔法が使えるのに、なんでムカックに対して使ってないのか、ムカック自身は気づいていない。
「へぇ~、そうなんだ~、でも俺は自分で真っ先に土下座する人間が大っ嫌いなんだよ!! ヒヒヒヒヒ、お前が何をしでかすかは知らないが、こいつらを先に殺してやるぜ、いえい!!」
ムカックはブッラとクーパルの方を見ると、右手で指を弾いた。
するとムカックの右手が爆発したのだ。
初めは唖然としていたが、やがて痛みを感じるとムカックは情けない声を上げた。
「ひぃぃぃぃぃ、やぁぁぁあぁぁぁぁ!! なっ、なんで俺の手がぁぁぁぁぁ!! いだい、いだいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ムカックは泣き叫びながら、地面に芋虫の如くごろごろ転がっていた。
ブッラとクーパルはにやりと笑っている。どうやら対策をしていたようであった。




