第九話 ゲディスには 腹違いの兄と妹がいました
ゲディスには兄が二人いる。八歳年上で同じ腹で生まれたラボンクと、側室ニゥゴから生まれた四歳年上のカシクゴがいた。
カシクゴは活発な美少年であった。よくゲディスと一緒に剣の稽古を付けたりしていた。
ゲディスはカシクゴを慕っていたが、カシクゴの方はゲディスの家来として接していた。ニゥゴも同じで娘のイウモトと共にゲディスたち姉弟の部下として育てられたのだ。
ニゥゴは腰まで伸びた水色の髪が特徴的であった。左目は前髪で隠れており、人形のような硬い表情の美女だった。
ズゥコ王国出身で騎士の娘だという。ゴマウン帝国のクゼント皇帝がズゥコに訪問中、彼女を見て一目ぼれしたという。そのまま側室に迎え入れたのだから玉の輿と言われていた。
だがアヅホラ・ヨバクリ侯爵は徹底的に皇帝の側室を反対していた。ニゥゴだけではなく国内での皇帝の側室を反対し続けたのだ。
「すごいですね。ニゥゴさんの人形は」
ニゥゴの部屋で六歳のゲディスは感心していた。ニゥゴはズゥコ王国国王の姉、カムゲシャの弟子であった。彼女は人形を操ることを得意としており、弟子のニゥゴは巧みに人形を生き物のように扱うのだ。
ニゥゴは両手を差し出し、小さな人形を五体ほど操っていた。糸は見えないが魔力で操れるのだ。
「はっはっは!! どうだすごいだろう!! 母さんの力はすごいんだぞ!!」
黒髪を短く切り揃えているカシクゴは自分のように自慢した。しかしニゥゴは窘める。
「カシクゴ。ゲディス様に対して不敬ですよ。言葉遣いは気を付けなさい」
「はぁい……」
カシクゴは不貞腐れていた。部屋にはベッドがあり、五歳のイウモトが寝ころんでいた。水色の髪を縦ロールにして、赤と白のゴスロリドレスを着ている。
「僕は構いませんが……」
「申し訳ありません。わたくしたちは皇帝陛下一家の家来でございます。わたくしがこの人形を見せるのはあくまで授業の一環でございますよ」
「授業、ですか?」
ニゥゴの言葉にゲディスは首を傾げる。それを見てニゥゴはにっこりとほほ笑んだ。
「この人形傀儡は魔力を使って操っているのです。この世界の生きとし生けるものは邪気を含んでいるのです。人間だけではなく、石や木、水にも邪気は含まれています。わたくしは人形に宿った邪気で操作しているのですよ」
「そうなのですか。邪気とはどこにでもあるものですね」
「その通りです。わたくしたちの使う魔法も邪気を使います。正確には体内にある邪気を魔力に変換していますね。それに対して呪文や魔法陣で魔力を調整し、炎を生み出したり治癒に使ったりできるのです」
ニゥゴはゲディスの教師であった。実を言うとゲディスは孤立していた。兄ラボンクの許嫁であるバヤカロの父親、アヅホラがゲディスを嫌っているからだ。
アヅホラはゲディスだけでなく、姉バガニルも蛇蝎の如く嫌っている。二人が何かをすると決まって反対を唱えるので、他の貴族たちは辟易していた。だが権力があるため誰も逆らえずにいたのである。
「えーい!! 何をしておるか!!」
いきなりノックもせず男が乱暴に入ってきた。三〇代後半で豚のように肥え太っていた。陰険そうな目で豚のような鼻に分厚い唇だ。金ぴかで趣味の悪い宝飾品を身に着けていた。
アヅホラ・ヨバクリ侯爵である。彼はなぜか顔を真っ赤にして怒っていた。
「……アヅホラ卿。ノックもせずに入室とは失礼ではありませんか?」
「うるさーい!! 妾風情が偉そうに侯爵であるワシを非難するなぁ!! やいお前!! なにゲディスに対して優しくしておるのだ!! 無視するか苛めるかのどちらかにしろ!!」
口を開いた途端暴言の数々だ。やたらと大きな声で気が弱い者なら震えあがるだろう。
しかしニゥゴは平然としていた。ゲディスは怯えて彼女の後ろに隠れてしまう。
「わたくしは皇帝陛下の命令でゲディス様の教育をしております。そもそも皇子であらせられるがディス殿下に対して呼ぶ捨てとは不敬でございますわ。即刻陛下に報告させていただきます」
「なんだとぉ!! この糞女、この偉大なるワシに対して生意気だぞぉ!! ワシは素晴らしい存在なんだ!! お前みたいなよそ者なんか今でも追い出したくてたまらないんだ!!」
アヅホラは口汚く罵るが、ニゥゴは鉄面皮でどこ吹く風だ。侯爵が相手でも一歩も引けを取らない。正直なところアヅホラは子供じみており見ていて滑稽であった。
「おいアヅホラ卿」
不意に後ろから声がかかった。
「誰だ!! このワシを軽々しく呼びつけるんじゃない!!」
アヅホラが振り向くとそこには立派な髭を生やした偉丈夫が立っていた。顔つきは鋭く立派なマントを着ている。その下は白銀の鎧を身に着けていた。
ゴマウン帝国皇帝、クゼントであった。
「あっ、へっ、陛下!!」
アヅホラはすぐ跪くが、クゼントは不機嫌そうであった。
「アヅホラ卿よ。余の妻であるニゥゴに対しての暴言、余は聞いておったぞ。しかも我が子ゲディスに対しての罵詈雑言。お主はいつから偉くなったのだ?」
クゼントはアヅホラをにらみつける。静かに怒る姿は関係のない者でも底冷えする威圧感があった。
「へっ、陛下!! わたくしは陛下のために!!」
「黙れ。言い訳など聞きたくないわ。お主はひと月ほど帝都の屋敷で謹慎しておれ。夜会に参加することも許さぬ」
そう言って近衛兵にアヅホラを退去させるよう命じた。アヅホラは最後までニゥゴやゲディスに対して恨み言を叫びながら引きずられていったのだ。
ゲディスはおどおどしながら、父親の前に出た。クゼントはゲディスを見ると、跪いてゲディスに視線を合わせる。そしてにっこりとほほ笑み、頭を優しくなでたのであった。
☆
「ゲディス!! 俺はお前に復讐してやる!!」
一三年前にニゥゴ親子たちは北のヨバクリ領に行って、アヅホラの息子デルキコと結婚するつもりであった。ところが野盗に遭って殺されてしまったという。
死んだはずのカシクゴが現れて自分に復讐すると叫ぶ。意味が分からない。
「あなたはカシクゴ兄さんなのですか!! 随分変わりましたね!?」
「黙れ!! お前に兄さん呼ばわりされたくない!! お前は俺の母さんとイウモトを殺した憎き仇だ!! 殺してやる!!」
「何を言っているのですか!! なぜ僕がニゥゴさんたちを殺さなければならないのですか!!」
ゲディスは否定した。そもそもなぜ自分が殺したことになっているのか。理由がさっぱりわからないのだ。カシクゴの燃えるような髪の毛はゆらゆら揺れている。まるで髪自体が炎のように燃えているように見えた。
「だーっはっはっは!! 騙されてはいかんぞカシクゴ!!」
突然屋根の上から声がした。それは丸っこい中年親父であった。銅鑼のように大きな声をしている。
こげ茶色のローブを着ており、陰険そうな目に大きな口であった。
その隣には細長い鴉の仮面を被った男が立っている。全身は銀色で統一されている不気味な男だ。
「そいつはお前の母親と妹を殺した憎き仇だ!! こいつにも愛する者を失う苦しみを味合わせてやれ!!」
「はいペテシン様!!」
どうやら男の名前はペテシンらしい。なぜあの男はゲディスを仇と偽っているのだろうか? そもそも一三年前のゲディスは六歳である。なんでニゥゴ親子を殺さなくてはならないのだろうか。
「さぁゲディスよ!! この屋敷の地下に向かうがよい!! お前の娘たちはスドケベ伯爵が預かっておるわ!! カシクゴよ、そいつの目の前で娘たちを殺してやるがよいぞ!!」
ペテシンは高笑いをした後、屋根から飛び降りた。カラスの面の男も一緒だ。
そして屋敷の中に入っていく。
「さぁゲディスよ、ついてこい。お前を殺す舞台はここじゃない」
カシクゴはイライラしている。ゲディスは仕方なく後をついていった。
スドケベ伯爵の屋敷は悪趣味な金ぴか細工の装飾品が目立っていた。恐らくは税金を取り立てた挙句、湯水のごとく使いまくったのだろう。だが屋敷の中には使用人が一人も見えない。いったいどこにいるのだろうか。
カシクゴは地下室へ案内した。地下室と言うより自然で出来た洞窟のようである。
カシクゴは松明を手に奥へ進んでいった。すると広場にぶつかる。周りは松明の火で照らされていた。
奥には十字架が二本立っている。そこに右はブッラ、左はクーパルが縛られていた。
ゲディスはすぐ助けに行きたかったが、彼女らの周りは複数の男たちが構えていたのだ。
冒険者ギルドで見かけた冒険者たちだ。そしてスドケベ伯爵の隣に、ペテシンと二十代くらいの青年が立っている。死んだ魚のような目をしていた。
「がっはっは!! よくぞ来たな!! まさかお前が賞金首だったとは思わなかったぞ、そこのお前、よくぞ連れてきた!! 褒美をやろう!!」
スドケベは下品に笑いながら、金貨一枚をカシクゴに放り投げた。ゲディスは不審に思った。そもそもスドケベは部下に命じて自分を殺すつもりだったはずだ。なのに今は自分を連れてきたことを喜んでいる。支離滅裂しており不気味であった。
「だーっはっはっは!! ここはスドケベ伯爵の所有する洞窟だ!! ここはあらゆる魔力を封じる蟻地獄だ!! お前は一切の魔法が使えず、一方的に殺されるのだ!! お前の首をアジャック枢機卿に持参すれば金がたっぷり手に入るのだ!! だーっはっはっは!!」
ペテシンが笑いながら説明した。ゲディスは試しに魔法を使おうとしたが全く使えない。地面を見ると白骨死体が散らばっていた。恐らくはスドケベが秘密裏に人を始末するための施設なのだろう。
背後の冒険者たちはにやにや笑って剣や弓を手にしている。彼等は金目当てで自分を殺そうとしているのだ。
だがブッラとクーパルはどうなるのだろうか。スドケベは二人の身体を狙っていたはずである。ペテシンは自分の目の前で二人を殺すと宣言した。どうも彼等はちぐはぐである。
それに死んだ魚のような目の男はなんだろう。疑問は増すばかりだが、今は二人を助けることが大事である。




