第六話 その頃 闇ギルドでは 精鋭が集まっていた
昼か夜かもわからない部屋の中に3人の男たちが丸いテーブルを囲んで座っていた。部屋には調度品はそれ以外に置いておらず、壁は窓ひとつない。暗く湿った空気が充満しているようだ。
一人は青い刈り上げた髪に眼鏡をかけている。しかし目は死んだ魚のようだ。どこか神経質に見える。オレンジ色の布の服に、水色の胸当てを付けていた。
もう一人は黄色い長髪の男だ。どこか軽率そうな雰囲気がある。着ているのは赤いコートに、黒い革の手袋、黒い革の長靴を履いていた。
最後は赤毛の男だ。頭は他の二人より一回り大きく、紫色のローブを着ている。どこか目をきょろきょろしており、落ち着きがない。
「おい、俺は忙しいんだよ。なんで俺を呼び出したんだ、あぁ?」
青髪の男がにらみつけた。不機嫌そうな態度を一切隠していない。
「そういうなよムカック。今回の件はグランドマスターの命令なんだからな」
黄色の長髪の男が茶化すように声をかけた。どこか人をイラつかせる響きがある。ムカックと呼ばれた男の額に血管が浮かんだ。
「グランドマスターだって? そんな大事なことを何で黙っていたのイラック」
今度は赤毛の男が訊ねた。先ほどと違い、どこか興奮気味である。グランドマスターの名前を聞いてからだ。
「へっへっへ、誰も訊かなかったからな。今答えてやったんだよ、ありがたく思うんだなキソレウ」
イラックと呼ばれた男は、両手を広げながらおどけた。しかしその態度はキソレウを余計腹立たせた。彼は切れて立ち上がる。
「グランドマスターの命令は偉大なんだ!! それを茶化すような態度で言うなんて君はグランドマスターを馬鹿にしているの!!」
キソレウの言葉遣いはやけに幼い。年齢は全員20代前半だが、どこか子供じみた態度が目立つ。子供が身体だけ成長したように思えた。
彼等は闇ギルドのメンバーだ。闇ギルドは世間では表立ってできない依頼を引き受ける組織である。大抵は冒険者にもなれない犯罪者が多いが、そうでもない人間もいる。
暗殺や窃盗、破壊工作や情報かく乱などお手の物だ。組織は世界各国に広まっており、冒険者ギルドでも把握できていないのだ。
ムカック。イラック。キソレウの三人は闇ギルドでも腕利きの人間だ。一人一人は人ならざる特別な力を持っている。ただし人格に問題があり、標的以外の人間を殺害したり、インフラやライフラインを破壊したりするが、彼等はまったく気にも留めていない。
そこに闇の中から一つの影が現れた。それは異形であった。頭は黒くて毛むくじゃらで巨大な鷲のような鼻だけが覗いている。さらに身体は針金のように細く、両手はやたらと大きかった。カラスの羽根であしらったマントを羽織っている。
「ぐっ、グランドマスター!! なんでここに!?」
「それは私がお前たちを呼んだからだ」
グランドマスターはきんきんする声を出した。聴く者の心を乱すような感じがする。
ムカックはそれを聞いて委縮した。態度が大きそうな彼でもグランドマスターの言葉には逆らえないようだ。
「お前たち三人に命令する。現在ゴスミテ王国にはブカッタ神の姿となったゲディスと、娘のブッラとクーパルがいる。こいつらは現在キャコタ王国へ向かうようだ。道中の村に待機して、この三人を始末しろ」
「グランドマスター……。はい!! 僕たち三人で見事そいつらを殺して見せます!!」
キソレウが右手を上げると、グランドマスターは首を横に振った。
「いや、お前たちは私の命令通りに動いてもらう。まずはムカックはゴスミテ王国にあるヤキジタ領に赴き、そこの領主をそそのかせ。そいつは好色でな、ウッドエルフ二人を奴隷にできる機会だと言えば納得するだろう」
「ウッドエルフ……。確か4歳ほどの姿だと聞きますが……」
ムカックは顔を露骨にしかめた。
「実はな、件のウッドエルフは20歳以上の姿になったのだ。男好きする体の持ち主だから問題はない」
グランドマスターが答えた。するとムカックは納得する。だがなぜグランドマスターがブッラとクーパルのことを知っているのか、疑問を抱く者はいなかった。
「ヤキジタの冒険者ギルドには闇ギルドのスパイがいる。そいつと連携を取れ。わかったなムカック」
「それはいいのですが、正直私の実力を発揮できないと思いますが……」
ムカックは不満そうであった。だがグランドマスターに睨まれると黙るしかない。目が見えないが睨まれていることはわかる。
「で俺たちは何をすればいいんですかねぇ? 俺はあまり拘束されるのは嫌いなんですよ」
「こらイラック!! グランドマスターの命令は絶対なんだぞ!!」
偉い人の前でもイラックの態度は変わらない。しかしその態度はキソレウを苛つかせた。
「黙れ」
たった一言、グランドマスターが発しただけで、二人は黙り込んだ。
「イラック、お前はクシュバの町で待機だ。ここにはプオリジ一家を嘘の依頼で呼び寄せる。お前の力でこいつらも始末しろ。目障りと言われているんでな」
「へぇ、冒険者のプオリジ一家をねぇ。俺もあのオカマ臭いおばさんは気に喰わなかったんだ。娘のリダンマは俺の奴隷にしていいですかねぇ?」
「だめだ、三人とも殺害しろとの命令だ」
グランドマスターに言われて、イラックは苛ついた。そしてキソレウの方を向く。
「キソレウの場合はヒシロマで待機だ。ありえないと思うがこいつら二人が倒された場合の保険だな」
「ははぁ!! お任せください!!」
キソレウは立ち上がって敬礼した。するとムカックとイラックが抗議の声を上げる。
「グランドマスター!! ゲディスたちは私が簡単に始末して見せます!! なので私の自由にやらせてください!!」
「そうだ!! 俺たち三人で一気にやればいいじゃないか!! 俺は拘束されるのが大っ嫌いなんだ!!」
「君たち!! グランドマスターの命令は絶対なんだ!! 逆らうなんてありえないじゃないか!!」
三人は立ち上がり、喧嘩を始めそうになった。だがグランドマスターはじろりと三人を睨む。
すると彼等は胸に剣を突き刺された感覚になった。
だが剣は刺さっていない。あくまでイメージだ。もっとも気の弱い人間ならイメージだけでも心臓まひで死ぬ可能性がある。
「お前たちは私の命令など聞きたくないのかね?」
短い言葉だが凄味があった。三人は口を閉じてしまい、そのまま椅子に座りこんだ。
「何、お前たち三人をぶつけないのは理由がある。お前たちは我がギルドの切り札だ。ゲディスの力は未知数だ。下手に最高戦力をぶつけて全滅したら目も当てられない。だからこそギルドの構成員たちを大量にぶつけて、力を削るのだ」
「その理屈なら一番最初に戦う私は早く死ねということじゃないですか」
「心配するなムカック。実は冒険者ギルドの花級には私の友人がいるのだ。そいつはゲディスに恨みを抱く者でな。お前はそいつらの補佐をすればよいのだ」
グランドマスターの言葉にムカックは驚いた。冒険者ギルドの花級や花びら級は品性のよい人間が多い。しかも花級に進級するには他の花級以上の冒険者から推薦状を得る必要があるのだ。
「犯罪を行っていなければ、問題ないのだよ。そいつらは賢者の水晶では白い身体だが心の中は真っ黒だ。そしてゲディスたちの不幸を望んでいる。お前にふさわしい相手だと思わないか?」
それを言われてムカックは考え込んだ。この男は人の不幸は蜜の味、他人の幸福はわが身の不幸という性格であった。
仕事に関しても幸せそうな家庭を見れば、すぐ破滅させねば気が済まない。
自分が逃げるためだけに、関係ない人間を沢山巻き込まずにはいられないのだ。
ムカックは悪魔のような笑顔になった。ゲディスだけでなく、ブッラとクーパルもなぶり殺しにしたくてたまらなくなった。
その遺体をカホンワ王国に送りつけ、家族の無残な死体を見て、発狂する姿を見たくなった。
「えへっ、えへっ……」
ムカックはにやにや笑っている。それを見てグランドマスターは満足したのか、闇の中へ消えていった。
後に残るのは三人だけである。
「えへへへへ……。ゲディスたちを不幸のどん底に落としてやる……。楽しみだなぁ……」
「けっ、お前だけいい思いをするなんてむかつくなぁ。お前が失敗してくれることを祈っているぜ」
「冗談じゃない!! グランドマスターに褒めてもらうのは僕だけだ!! お前らなんか失敗すればいいんだよ!!」
ムカック、イラック、キソレウは闇ギルドの一員だが、仲は良くない。それどころか犬猿の中であった。仲間意識は皆無で、相手の足を引っ張ることに喜びを感じる性格であった。
それにしてもグランドマスターはゲディスだけでなく、ブッラやクーパルの現状を把握している。いったいどういう手段で情報を仕入れたのだろうか。だが三人にとってどうでもよかった。
とにかく仕事だ。ゲディスたち三人を殺害し、大儲けしてやる。それしか頭になかった。
次回から土曜日の18時に掲載します。
七日から掲載しますね。




