最終回 再びラバアの塔
「四年ぶりだね」
大理石で作られた塔の前に、黒髪を短く切り揃えた平凡そうな青年、ゲディスはつぶやいた。
「俺としては数か月だがね」
白い髪を借り上げた筋肉隆々の男、ガムチチが話しかける。
「すべてはここから始まったんだよなぁ」
ゲディスそっくりの青年が塔を見上げながら言った。ゲディスの双子の弟、ベータスである。
本来ベータスはキャコタ王国に住む予定だが、数か月前に中断された式典に参加するためだ。
塔の名前はラバアの塔。一年前に魔王化したゴマウン帝国皇妃バヤカロと、勇者化した皇帝ラボンク。そしてバヤカロの実父であるアヅホラ・ヨバクリ侯爵の三人が同化した。三人は首だけの存在となり永遠に互いを罵る運命をたどる。そして世界中の邪気を収集し浄化する性質を得たのだ。
魔王化と言ってもバヤカロが魔王として君臨したわけではない。人間が生活するにおいて自然に排出される邪気をバヤカロが自覚せずに収集していたのだ。闇の女神ヤルミの力が作用したためだ。
それを浄化するのがラボンク、実際はキャコタ王国の王子キョヤスであった。光の神ヒルカの加護を得て太陽の力を身体に蓄えていた。それを魔王化した者と同化することで、浄化されるのである。
アヅホラ卿はそれに巻き込まれた被害者であった。とはいえ魔王化した際に周囲の人間は体内に蓄積した邪気が結晶化し、魔石となる。当時バヤカロの周りにはこびへつらう貴族たちも大勢おり、全員が魔石化したのである。バヤカロとキョヤスに同化した時点でアヅホラ卿もただものではなかったのだろう。
塔の最上階には三人の首を象った彫刻が置かれてある。この塔は供養塔なのだ。
「お前が余計なことをしなければこんなことにはならなかったんだがね」
「うっ……、知らなかったんだからしょうがないだろ!!」
ガムチチの嫌味にベータスは反論した。それをゲディスが窘める。
「いいじゃないか。ベータスが僕をブカッタ神にしてくれなかったら、僕はご先祖様たちの叡智に触れることはなかった。ブッラとクーパルも成長できなかったろうね」
ゲディスは前向きにとらえていた。それを見てガムチチはやれやれとため息をつくも、ゲディスらしいと思っていた。
そこに二人の銀髪で褐色肌のウッドエルフが近づいてきた。ゲディスとガムチチの娘、ブッラとクーパルだ。
短髪でビキニを着ているのはブッラで、豊かな髪を腰まで伸ばしてドレスを着ているのがクーパルだ。
「わっ、私はあなたを許しませんよ!! だってガムチチパパとの時間を奪われたんですから!!」
「くだらないわねブッラ。ガムチチお父様との時間はこれから作ればよいのですわ。時間はたっぷりありますもの」
ブッラは少々子供っぽい。逆にクーパルは大人の態度を取っていた。
「ブッラは僕に、クーパルはガムチチさんに似ているね」
ゲディスはほほ笑んだ。
「おーい」
遠くから声がした。そこには銀髪で褐色肌のウッドエルフが手を振っていた。ブッラとクーパルの母親、クロケットだ。ゲディスとガムチチのいのちの精を授かり、双子を代理出産したのである。
「あはは、みんな揃っているね」
「ママ!!」「お母様!!」
ブッラはクロケットに抱きついた。クーパルは横に立ってほほ笑む。
「はっはっは、我が娘たちよ、身体が大きくなったんだから、人前で甘えるんじゃないよ」
「だってママが大好きなんだもん!!」「まったくブッラは甘えん坊ですわね。あ、わたくしは違いますわよ!!」
クーパルが手を振って否定するが、クロケットはにやりと笑うと、クーパルの肩を抱き寄せる。二人の娘を抱きしめている形だ。
「あたしにとってあんたたちはまだまだ子供だよ。あたしに甘えたっていいのさ。もちろんゲディスやガムチチにも望んでいるはずだよ」
そう言ってクロケットは二人を見る。その顔はいたずら小僧のような表情を浮かべていた。
「僕はいつでも構わないよ」
「俺もだぜ。ただお前らは発育が良すぎるから人前では勘弁な」
二人の言葉にブッラとクーパルの表情は明るくなった。ベータスはそれを見て疎外感を覚える。自分の居場所はないんだと思い込んだ。そっとその場を去ろうとしたが一人の女性に止められる。
艶やかな黒髪に豊満な胸を持ち、純白のドレスを着ていた。ゲディスとベータスの姉、バガニルである。
「あなたはどこに行こうというのです? 式典はもうじき始まりますよ」
「……俺がここにいてもいいのかよ」
「当然です。あなたはガムチチ卿の間に子供がいますからね。立派な家族ですよ」
ベータスはガムチチと関係を持っていた。そしてベータスはガムチチの子供を妊娠する。ベータスは男だが子供を妊娠しやすくなる体質であった。ゴマウン王国では過去に男がやたらと多く、女がいなくなった時代があった。魔女の性転換魔法で男を女に変えたのである。そのおかげでゴマウン王国は全滅の憂いを回避することができた。
だが性転換魔法の影響は子々孫々に受け継がれた。男でも妊娠する体質になってしまったのだ。ベータスはその血を受け継いでしまったのである。
ベータスの子供であるコンレはカホンワ国王夫妻に預けられていた。
「あんたは俺を恨んでいないのか?」
「なぜ私があなたを恨まなくてはならないのですか。むしろあなたが私たちを恨んでも仕方がないと思いますが」
「俺にそんな気持ちはないよ。俺には師匠がいたからな。むしろラボンク兄さんの惨事を知って心を痛めたよ。実際はキョヤス王子だけどな」
本物のラボンクはキャコタ王国の新王となった。彼はさすがにカホンワ王国へ来ることはない。
「バガニル姉さんもよかったな。死んだのがラボンク兄さんじゃないんだから」
それを聞いた瞬間、バガニルは目を見開きベータスに平手打ちをした。ベータスは頬を手に当てて茫然としている。
「そのようなことは口にしてはなりません!! 例え亡くなったのが身内ではないにしても失礼ではありませんか!!」
バガニルは怒っていた。彼女はラボンクが生きていて嬉しく思うが、キョヤス王子の死を悲しんでいた。ベータスは自分の身内以外の死に無関心だ。
「あなたはお母様と共に新しく勉強することです。魔法の腕はともかく、一般常識を身に付けておきなさい」
バガニルはベータスの左肩をぽんと叩いた。バガニルはブカッタ神の最高指導者アブミラが、死んだはずの母親ハァクイと知り驚いた。しかし気持ちを切り替えた。
さて塔の前には様々な人たちが出てきた。カホンワ王国夫妻に、北はヨバクリ王国のデルキコ、南はオサジン王国のダシマエ元国王と国王夫妻、東のゴスミテ王国のトニターニ国王夫妻、西のサマドゾ王国の国王マヨゾリなど重要人物が顔を出した。キャコタ王国からはモーカリー商会の娘、マッカがやってきた。ゲディスの許嫁だからだ。彼女はカホンワ夫妻とともにゲストたちに挨拶していた。
ベータスは彼等の前で挨拶した。彼等は表面上冷静にふるまっていた。ベータスは事前にゲディスから挨拶の仕方を教えてもらっていたので、つつがなく終えた。
「ラバァは一体いつ死ぬんだろうなぁ」
ベータスは塔を見上げた。二千年前に世界が生まれた。光の神ヒルカと闇の女神ヤルミが作ったのだ。二人は兄たちがおり、世界を作る参考にしたのである。
人間が生み出す邪気を浄化するために、魔王と勇者の仕組みを作り出したのだ。
その手助けをするのがヒルカの使徒であるスキスノ聖国の法皇と、ヤルミの使徒である魔女を生み出す。彼等は先人の記憶を受け継ぎ、世界を導いていた。バガニルは最後の魔女であった。
だがラバアは未知の存在だ。三人はいつ死ぬのかわからない。自分の師匠であるゴロスリは自分の死後その魂をスライムの身体に移した。
彼女は初代ゴマウン帝国皇帝だが、世界の仕組みを知る魔女の一人だ。死を恐れてはおらず、むしろ死を望んでいた。
「……やはり君は僕の弟だよ。僕もあの三人が永遠に苦しむことは望んでいないからね」
ゲディスが声をかけた。
「僕たちにできることは寿命が尽きるまで、懸命に生きる事だ。正しい死に方なんてわからない。事故や病気、他人に殺されるなど様々だ。大事なのは結果を受け入れ、前に進むことだと思っている。でもそれを納得できない人もいるけどね」
世の中には自分の不運を認めず他人のせいにしたがる人間はいる。罪を犯したものを許さずその命を奪うことに夢中になるのだ。
だがゲディスはしっかり前を見るつもりだ。これからは理不尽で不条理なことも起きるだろう。王族だからと言って幸福しか起きないわけではない。平民よりもさらにひどい人生を送るかもしれないのだ。
しかし自分にはゲディスがいる。たくさんの家族がいる。彼等がいる限り自分はきちんと自分の足で踏みだせると信じていた。
「これからもよろしくね、ベータス」
「ああ、こちらこそゲディス!!」
二人は固く握手するのであった。その様子をガムチチが微笑ましく見つめていた。
☆
「やあ、お二人ともおひさしぶりですね」
金髪碧眼の美少年が声をかけた。スキスノ聖国から来たイターリ・ヤコンマンである。
彼はバガニルの双子の子供、ワイトとパルホに声をかけたのだ。
「はい、ヤコンマン台下様もおひさしぶりでございます」
「うむ!! 拙者も久しぶりでござるぞ!!」
ワイトは男の子だが、どこか色気があった。髪の毛が毛元から白くなってきている。顔つきは女の子に似ていた。
逆にパルホは女の子なのに日焼けしており体格ががっちりとしている。しゃべり方はシグマニ王国の侍のような話し方だ。
「ワイト様とパルホ様は随分変わられましたね。第二次性徴期でしょうか?」
「その通りです。私は声変わりしたのですが、高いままなのですよ」
「拙者も月の物が来るようになったが、身体はがっちりとしているでござる!! ちなみにシグマニ王国の冒険者から個人授業を受けたのでござるよ!! 主に刀術を!!」
「私はシグマニ王国に伝わる陰陽師の術を教わりました。それに品性の勉強もしております」
二人の話を聞いて、イターリは疑問に思う。二人の仕草は全く不自然ではないのだ。ワイトは女性のようなしなを作っているが違和感はない。パルホも同じだ。
「これは一体どういうことかな?」
イターリは首を傾げても答えが出ないので考えるのをやめた。どうせ何かあればバガニルがいるだろう。
「というかワイトは若い頃のバガニルにそっくりだな」
思春期を迎えたの少年たちを見て、イターリはそう思った。逆にパルホは父親のマヨゾリに似てきたと感じた。
今回で最終回にしました。あんまりだらだら続けるのはダメだと思ったからです。
次回は4月に新連載を開始します。下ネタファンタジーの登場人物が主役です。
とはいえ最終回を読めば誰が主役か一目瞭然ですけどね。
肝心の下ネタがまったく皆無なので一旦仕切り直しにする形です。
長い間読んでいただきありがとうございました。皆さんのおかげでやりとげられたので感謝しております。




