第百十七話 ベータスの吐露
くそっ!! なんで苛つくんだよ!! 俺はブカッタ神殿を飛び出した。
正直、アブミラが俺の母親と知ったときは驚いたさ。でも大した感動はなかった。
俺はビグチソ村でいろんな女性からお乳をもらっている。これはあの村で生まれた子供では当然のことだ。
母親のおっぱいの出が悪ければ、別な女に任せるのである。師匠はスライムだからぷにぷにしているが、母親のぬくもりはたっぷり味わっていた。
だが気に喰わないのはガムチチの事だ。俺はあいつのことなんかどうでもいいんだ。人の尻を無理やり掘った奴なんかどうでもいい。その上妊娠させられちまったんだ!! あいつは悪魔だ!!
とはいえ男同士で妊娠しないのは、知っている。それは双子の兄であるゲディスも同じらしい。
しかしガムチチは鬼畜だ。ゲディスの愛人でありながら、双子の弟である俺をも手籠めにしたのだ。
しかも俺の事を肉便器扱いしてやがる!! ゲディスの代わりだと言い切りやがったんだ!!
いや、俺は何を怒っているんだ? 俺はゲディスの代用品にされたのが嫌なのか?
違う。俺は俺として見てほしかっただけだ。俺はベータスだ。世間では死人同然だが、俺は皇帝になりたいわけじゃない。貴族として威張りたいわけではないんだ。
俺はベータスなんだ。アマゾオで育ち、師匠に魔法の修行をしてもらったんだ。
ビグチソ村ではたまに遊ぶ程度だ。一生の友達などいない。結婚はまだ考えたことはなかった。
ガムチチの間でコンレという子供が生まれたが、それほど愛着はなかった。
ビグチソ村の赤ん坊の世話をしたことはあるが、面倒だと思ったね。
かといって子供が嫌いなわけではない。自分の子供ほど愛着がわかなかったのだ。
俺は町の中を歩いていた。滑らかな石畳の道に、整理整頓された家並み。大理石の柱にガラスに包まれた灯りなどアマゾオでは見たことがなかった。
初めて出歩く町の中を俺は迷っていた。魔法を使えばなんでもできると思われるだろうが、そんな都合のいいものはない。師匠曰く魔女の生み出した魔法は魔女が生き延びるために生み出されたものだという。
建物の隙間の影から何かが飛び出した。
それは刃物を持った男たちであった。二十代後半で目つきが悪い男だ。
来ている服は白と黒の縞々模様の囚人服だ。髪の毛はぼさぼさで、肌は薄汚れていた。
「くっくっく。お前がゲディスか。お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!!」
そいつは俺をにらみつけている。さらに背後にも数人の男たちが刃物を持っていた。
こいつらは俺をゲディスと勘違いしている。一体どこのだれかは知らないが、迷惑な話だ。
「くっくっく。俺はもう死刑だ!! 最後にお前を殺して憂さを晴らしてやるぜ!!」
どうやらこいつは俺ではなく、ゲディスに恨みを抱いているようだ。だがゲディスに迷惑をかけるわけにはいかない。こいつらは俺が倒してやる!!
俺は魔法を使って敵を吹き飛ばしてやった。どかんと爆発した後、男たちは吹き飛ぶ。
だが男はにらみつけると、俺の右手首を斬りつけた。俺は痛みで手を押さえる。
「へっへっへ、お前中々可愛い顔しているな。殺す前にたっぷりと楽しませてもらおうか」
「冗談じゃねぇ!! 俺の身体はお前なんかに渡さねぇよ!!」
「じゃあ、お前を殺してから楽しむとするか!!」
男はにやりと笑うと俺目掛けて刃物を突き刺そうとした。俺は身動きできなかった。
「このクズが!!」
俺を助けたのはガムチチだった。ガムチチは棍棒を使って男を殴り飛ばした。男は目が飛び出て口から血とよだれを垂れ流した。ぴくぴくと気絶している。
「なんであんたが……」
「お前を追いかけてきたんだよ。まったくお前さんは目が離せないな。昔の俺とそっくりだぜ」
ガムチチはそういうとパンツから包帯を取り出して、俺の手首の手当てをしてくれた。
そこに兵士たちが駆けつけてきた。倒れた男たちを捕縛し、連行していく。
相手はイコクド海軍司令官の息子で、リコクドという。キョヤス王子ことラボンク兄さんを目の敵にしていた男だ。兄さんが望むことを片っ端から否定して、嫌がることをして楽しんでいたそうだ。
もっとも兄さんはそうなるように相手を誘導していたという。さすがは次期皇帝として育てられた人だと思った。
「今日はもう遅い。どこかで宿を取ろうぜ」
ガムチチはそう言って俺の肩を掴む。いや、ブカッタ神殿に戻らないのかよ!!
俺はやけに煌びやかな宿に連れ込まれた。宿の受付の婆さんはにやにや笑っていた。
「ここはなんだよ?」
「ここは愛の宿屋さ。俺たちのような客を受け入れてくれる宿らしい。俺も入るのは初めてだがね」
ガムチチも慣れてはいないようだ。部屋の中はダブルベッドが置いてあり、ピンク色の照明が眩しい。
「さて、歯磨きとうがいをしようぜ。お前は手首をけがしているけど、魔法で治せるよな?」
「治せるけど、何をするつもりだよ?」
「決まっているだろ? セクロスだよセクロス」
「は?」
「今度はお前の後ろを責めない。きちんと正面を見て楽しむんだ。そのためにも清潔にしないといけないんだよ」
俺は驚いた。こいつはゲディスだけでなく、俺と如何わしいことをするつもりなのだ。
「げっ、ゲディスがいるのに、俺を相手にしていいのかよ!!」
「愛人はいくらいてもいいのさ。身分のことは気にしなくていい。お前はどこかの貴族の養子になればいいんだ。もしくは今回の功績で勲章をもらえばいいのさ」
「なんなんだよそれ!! 俺は貴族なんかになりたくねぇよ!! 俺は自由が好きなんだ!! 自由を蹂躙されるくらいなら死んだほうがましだ!!」
「じゃあ、コンレはどうなる? そうなれば俺はコンレを認知できないんだぞ」
「知ったことか!! あいつなんかどこか孤児院でも預ければいいだろ!!」
その瞬間、俺の頬に電撃が走る。ガムチチが俺に平手打ちを食らわせたのだ。あまりの痛さに俺は跪いた。
「いい加減にしろ。人はいつか大人にならねばならないんだ。俺も自由を失ったが、目標を得て人生に張りが出た。お前も人の親になったんだ。自由なんてくだらないことを言わないで、コンレの為に頑張ることだな」
ガムチチは俺を無理やり浴室に連れて行った。俺は治療魔法で手首の傷を治す。
そして奴は俺のあそこを石鹸で洗いだした。
「さっきは嬉しかったぜ」
「何がだよ」
「俺の身体はガムチチのものだって、啖呵を切っていたじゃないか」
そんなことは言っていない。こいつは自分の都合よく言葉を変換してやがる。
さらに俺の体を洗う手つきが妖しくなってきた。
☆
「今頃、ガムチチさんとベータスは楽しんでいるかな?」
ゲディスはブカッタ神殿の二階にあるテラスで、夜空を見上げていた。
背後には女性が一人立っている。ゲディスの婚約者であるマッカ・モーカリーだ。
彼女はあらかじめアブミラから事情を説明してもらっていた。さすがにあまりの衝撃で気を失いそうになったが。
「ゲディスは器が広いなぁ。普通、恋人に愛人ができたら嫉妬に狂いそうやけどなぁ」
「僕は昔から貴族として育てられたからね。貴族にとって側室を作るのは当たり前のことだよ。マッカは僕がガムチチさんと愛し合っていることに腹は立てていないでしょう?」
「当然や。男の甲斐性は愛人を多く養うことや。もっともベータスはんは納得せんと思うけどな」
マッカは商会の娘だ。モーカリー家は王族と繋がりがある。貴族や王族の生活などは理解していた。
マッカの父親も愛人を多く囲っている。自分の兄や姉たちは他国で活躍していた。
「ベータスは今までゴロスリ様に育てられてきた。だから世界の事を全く知らない。でもそれではだめだ。それにベータス自身も僕の大切な人に興味を持っていたんだよ。だからあんなにガムチチさんを口汚く罵ったのさ」
ゲディスはベータスとは大した面識はない。だがなぜか彼の気持ちはわかっていた。心の底ではベータスはガムチチに惹かれていたのかもしれない。だからガムチチに対して罵声を浴びせたのだ。
コンレの事をどうでもいいと言ったのは本心ではないだろう。自分とガムチチの間に子供を作ってしまい、ゲディスに申し訳ないと思っているのだ。
「でもまさかラボンク兄さんが生きていたとは驚いたよ。バガニル姉さんも知らないようだし、まだまだ一波乱ありそうだね」
「うち、どえらい国家機密知って心臓がバクバク言っとるわ」
マッカは心臓を押さえて言った。熊のような大男に囲まれても平然としている彼女でも、国家機密を耳にしたら心臓が張り裂けそうになるようだ。
ゲディスはそれを見てにっこりとほほ笑んだ。
「相変わらずマッカは男の子に見えるよね。どんな奇麗な女性を見てもときめかなかったけど、君ならベッドを共にしてもいいと思えるよ」
「それ褒め言葉とちゃうで。うちは怒らへんけどな。あんたはやっぱりゲイやね。ゲイですね」
「だから母様は僕のことをゲディスと名付けたのかな」
ゲディスは夜空を見上げた。マッカは背後からゲディスに抱きつき、大事なところを握った。
「やっぱりマッカの胸はまな板だね。とても落ち着くよ」
「あんまし嬉しないわ」
そう言ってマッカはゲディスの耳に息を吹きかける。ゲディスは甘い声を出した。
「懐かしいわ。あんたを女に見立てて可愛がるのがうちの日課やったな」
マッカは懐かしそうにつぶやいた。
なんとなくアジャックやイコクドが人知れず殺されたので、リコクドだけ脱走させてざまぁをさせました。
最終回が近いので明日も更新します。




