第百十五話 ガムチチとゲディスの再会
「ゲディスひさしぶりだな」
ここはキャコタ王国の城の一室。真っ白な壁に真っ白な床、丸い木の幹を切り取ったようなテーブルに、切株のような椅子。小さなヤシの木を植えた鉢植えに、天井には無数の青い貝殻を吊るした飾りがあり、清涼感がある。
今この部屋には筋肉隆々の大男であるガムチチと、黒髪の美少年であるゲディスとベータス、さらに褐色肌のウッドエルフである双子の娘、ブッラとクーパルがいた。二人とも人形のような美貌に、メロンのような胸に、腰は括れてミツバチのような臀部に、すらっとした長い脚が特徴的だ。
ブッラは短髪で紐のような衣装で恥部を隠している。活発そうに見えるが人一倍恥ずかしがり屋だ。露出狂のような衣装もそうでないと太陽の力を吸収できないし、体形がまるわかりになる衣装を嫌っていた。
クーパルは腰まで髪が伸びており、波の様に見えた。白いぴっちりしたドレスを着ているが、逆に彼女の体つきがまるわかりで、服を着ているのに卑猥に見えるから不思議だ。それに蠱惑的な笑みを浮かべており、小悪魔的な雰囲気がある。
ゲディスはブカッタ神の姿から、人間の姿に戻っている。正確には元の身体と、ホムンクルスであるブカッタ神の身体と交換されたのだ。アブミラによって人間の身体に魂を移植された。ブカッタ神の方は一部だけ残されており、こちらは寿命が来るまで活動するという。
キャコタ海軍の革命が起きて一週間が過ぎた。戦後処理に追われており、ガムチチたちは城に泊まっていたのである。参加した冒険者たちも城に泊まっていた。
冒険者の中には兵士たちと共に訓練をしたりして、時間を過ごしていた。
「はい、僕としては4年ぶりですね」
「やはり別の世界で修行をしていたわけか。ゴロスリの言ったとおりだな」
「僕も驚きました。まさかゴマウン帝国の建国の母であるゴロスリ様がスライムになって生きていたなんて驚きです」
四年ぶりの会話だが、二人の間には溝がない。時間の差など関係ないのだ。それをベータスが不満そうに見ている。
「ふん。男同士で愛し合うなんて異常だよ。ゲディス。お前はそいつに洗脳されたんじゃないのか?」
「まあ、普通はそう思うよね。でも僕にとっては真実なんだ。僕はガムチチさんを愛しているんだよ」
「けどなぁ、男同士では子供は作れないんだぞ。そんなのは常識だろうが」
平然としているゲディスに対して、ベータスは苛立ちを覚えた。特にガムチチは自分に欲望をぶつけたのだ。友好的になる理由がない。それにベータスの考えは間違っていない。実際に同性同士で子供は生まれないのは当然のことだ。
「でっ、ですが、私たちがいます!! クロケットママから私たちは生まれたのです!!」
「そうですよぉ。ウッドエルフのお母さまがいたからこそ、私たちがいるのです。同性同士でも子供は作れるのですよ」
そこにブッラとクーパルが口を挟んだ。彼女たちはウッドエルフであるクロケットから生まれたのだ。クロケットは最初ドライアドだった。ゲディスからいのちの精をもらい、自我を持つようになる。そしてウッドエルフに進化し、お腹にゲディスの子種を宿したのだ。さらにガムチチのいのちの精をもらって、双子のブッラとクーパルを産んだのである。
「ふん! そのクロケットにとっては迷惑な話だぜ!! 産みたくもない子供を妊娠させられたんだからな!! そんな不自然な出産なんか認められるものか!!」
「そっ、そんなぁ……」
「……はぁ、あなたはどこまで馬鹿なんですかねぇ」
ベータスの主張にブッラは怯えているが、クーパルはぎろりとにらみつけた。
「自分が気に喰わないことを他人に押し付ける。それがどれほど愚かか理解できないのですか? 確かにあなたはゲディスお父様の双子の弟です。私たちの叔父です。ですがあなたは視野が狭い!! 井の中の蛙ですわ!! 他人のあら捜しをするより、自分の事をなんとかするべきではありませんこと!!」
クーパルに辛らつな言葉を投げられ、ベータスは激怒した。
「んだとてめぇ!! この俺様に意見をするなんて生意気なんだよ!!」
「ふん、怒鳴りつければおとなしくすると思っているのですか? どこまで腐れ脳みそなのでしょうか。どんな暮らしをしていたらそれほどわがままな性格になるのか理解できませんね」
クーパルはどこ吹く風だ。逆にブッラはおろおろしている。涙目になっていた。
「こらこら、クーパル。それ以上挑発しちゃだめだよ」
「ゲディスお父様。よろしいのですか?」
「ベータス、ちょっといいかな?」
ゲディスはクーパルを窘め、ベータスに顔を向けた。彼は不機嫌そうな顔になっている。
「ベータス、君はゴロスリ様に育てられたんだよね。そんなことを教えられたの?」
「師匠じゃねぇよ。ガキの頃ビグチソ村にいた神父が教えてくれたんだよ」
その神父は酔っぱらい神父のワヨルイとは別である。その人はスキスノ聖国では一般的な教えを説いただけに過ぎない。アマゾオではストカロ神が主流なので、彼等の教えに反しないやり方を取っていたそうだ。
「なるほどね。ガムチチさんからも聞いたけど、君の場合はスキスノ聖国ではごく普通の考えだよ。戦争を反対するのもスキスノの教えになる。ただ一人も死んではならないはありえないな。極端すぎるもの」
ゲディスはベータスの言動と、ガムチチから聞いた話を併合して推測した。
「極端すぎるって? 人の命は二束三文じゃない、みんなが主役なんだ。人の命を数で処理するなんてありえないよ。俺はそんな考えを認めないぜ」
「それはいいけど、ベータスはこれからどうするの? このままアマゾオに帰ってゴロスリ様と一緒に過ごすの?」
「そりゃあ、そうに決まっているぜ。俺の使命は師匠と同じアマゾオの平和を守るためにあるからな。双子の兄であるあんたと出会えて嬉しかったのは本当だけど、本来はそっちが目標だからな」
ベータスは双子の兄であるゲディスと会って話をしたいだけだったようだ。その後は師匠であるゴロスリの仕事を引き継ぐのが彼の目標らしい。つまりゲディスとの関りはこれでおしまいというわけだ。
「僕は君の考えを否定しないよ。ぜひアマゾオの平和を守ってね」
「もちろんさ!! ゲディスも大変だと思うけどがんばってくれ!!」
話はそれで終わった。ベータスは自分の考えを変えないが、それで世界を変えるつもりはないらしい。あっさりとあしらったゲディスにガムチチは感心していた。
「すごいなお前。やはり四年間の修行の成果か?」
「それもありますね。ガムチチさんも変わったけど、本質は変わってない。愛しい人であることは不変なのですよ」
ゲディスがにっこりと笑うと、ガムチチはときめいた。
トントンとノックの音がした。ゲディスがどうぞと声をかけると、二人の男女が入ってきた。
ウッドエルフのクロケットと、執事のギメチカだ。今は男の姿でいる。
「やあゲディス、それに娘たちよ。元気そうで何よりだ」
「クロケットさんもお久しぶりです。聞きましたよ、女冒険者たちを率いてキャコタ海軍と戦ったと」
「なぁに、彼女らの力がすごかっただけさ。それに革命の主であるイコクドがあっさり死んじまったのも拍子抜けだね。アジャックもあっさり消えちまったし、すっきりしない結末だよ」
「それは、あの方たちは歴史に名を遺す器を持っていなかったのではないでしょうか?」
「ブッラの言うとおりだわ。あいつらはしょせん、ただの脇役よ。お父様たちのような大物とは比べ物にならない存在だわ」
クロケットの言葉に、ブッラとクーパルが答えた。
「ギメチカさんがガムチチさんたちを支えてくれたんですね。ありがとうございます」
「いえいえ。バガニル王妃の命令でもありますから。それにベータス様の監視もありましたから」
ゲディスはギメチカに礼を述べた。彼は幼少時から世話になった執事だ。そして初体験の相手でもある。もっとも初恋の相手ではなく、あくまで教育係でしかない。ギメチカもガムチチに嫉妬などしていない。むしろゲディスの恋人として温かく見守っている。
「そうだゲディス。あんたらはこの後アブミラとキョヤス王子と話があるそうだよ」
「その準備に私たちは追われていたのです」
キョヤス王子は何の罰則もなかった。イコクド親子が彼の名前を利用しただけと判明したからだ。息子のリコクドは身分をはく奪し、地下牢へ幽閉された。一生出ることはないだろう。ストレスが溜まりすぎて早死にする可能性が高い。
「参加するのはゲディスとベータス、ガムチチに、ブッラとクーパル。そして私たちだ」
「ブカッタ教の最高指導者がなぜ俺たちと会うんだろうか?」
ガムチチは首を傾げた。確かに自分たちは功労者だ。ゲディスもブカッタ神として接したから当然だと思うが、自分と出会うのは不思議だと思った。
「そりゃあ、顔を見たくなるものさ。何せ息子の愛しい人だからね」
「は? 息子?」
「アブミラ様はゲディスとベータスの母親、ハァクイ様なのさ」
ガムチチの言葉にクロケットが答えた。それを聞いてベータスは呆気にとられた。




