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第百九話 キョヤス王子の昔話 中編

 キョヤス王子となったラボンクはその日から真面目に訓練と勉強に力を入れた。

 周りの人間は驚いた。教師たちもあまりの変貌に頭を打ったのではないかと疑ったくらいだ。

 するときまってキョヤスはこう言った。


「確かに昔はそうだった。だが広いゴマウン帝国を見て考えを変えたのだ。キャコタ王国の技術も素晴らしいが、ゴマウン帝国の屈強な武力と医学には感服した」と答えた。


 最初は真面目なふりをしてるだけですぐぼろを出すと思われた。しかしキョヤスは厳しい訓練をさぼることはしなかった。毎朝動的ストレッチを行い、寝る前は静的ストレッチで体をほぐして寝ていた。これはゴマウン帝国では一般的な考えである。

 勉強も真面目に行い、訓練のない日は図書館で本を読み、薬草や獣などの勉強をしていた。


 十六歳になると誰も文句を言わなくなった。貴族令嬢たちは生まれ変わったキョヤスに惚れていた。ただし中にはキョヤスの過去を糾弾するものがいた。こいつはただの嫌がらせでキョヤスにいじめられたわけではないのに、キョヤスの過去を人前で暴き立てては嘲笑するのが趣味であった。

 

 そいつは不真面目で弱い者いじめが大好きな男であった。名前はリコクドといい、貴族イコクドの息子だ。真面目になったキョヤスと比べると人気は雲泥の差であった。リコクドが蛇蝎の如く嫌われているのは自明の理である。

 貴族令嬢たちには嫌われており、本人はそのことに気づいてないから滑稽だ。父親のイコクドもキャコタ王国国王ゴキョインの前でキョヤスの過去をネタに嘲笑していた。その度にゴキョインは不快そうな顔になった。

 貴族たちもイコクドと関わればろくなことにならないと考えている。リコクドは今だ婚約者がいない。どこの令嬢もリコクドどころか、イコクドも嫌っている。貴族は恋愛関係など関係なく、婚約させるものだ。

 それでも個人的感情を優先させるのだから、イコクド一家はかなり嫌われていた。


「しかしゲディスが母上の尻を叩くとはなぁ」


 キョヤスは母親のアークイの部屋にいた。二人でお茶をしている。アークイはハァクイの手紙をもらい、出会ったことのない弟のゲディスを話題にしていた。双子の弟であるベータスは死産になったらしい。

 キョヤスは俯いた。出会っていない弟の死を思い出し、悲しんでいた。アークイは話を続ける。


「恐らく邪気収集の儀を見てしまったのでしょう。それで邪気中毒になったのでしょうね。可哀そうに」


 邪気中毒。伯父のアジャックと同じだ。ただしゲディスはすぐにカホンワ男爵家に養子に出されたそうだ。これはカホンワ男爵夫人、イラバキの弟子となり、溜まった邪気を発散させるためだという。

 

「それはモンスター娘だけの特徴のはずです。どういうことでしょうか」


「ハァクイ姉さまは魔女なのよ。二千年もの記憶を受け継ぐ魔女のね。私たちのお母さまもそうだったし、ゴマウン帝国初代皇帝のゴロスリ様もそうだったそうよ」


 意外な事実にキョヤスは目を回した。長女であるバガニルは魔女の記憶を受け継いでいるという。ハァクイがバガニルに講義している最中にゲディスが突如部屋に入ってきたそうだ。ちょうどバガニルに向けて邪気収集の儀を行っていたのだ。これはお尻を振っているように見えるが、実際は尻で五方星を描くのである。


 ゲディスはそれを見て邪気中毒となり、邪気の元凶であるハァクイの尻を滅多打ちにしたのだ。

 ゲディスは乱心したと思われ、カホンワ男爵家の養子となった。本来は十歳だったが、繰り上げて六歳にしたのである。


「しかし母上は鍵をかけなかったのでしょうか?」


「鍵はかけていたそうよ。それも施錠魔法がかけられていた。だけどゲディスはあっさりと解除してしまったそうよ」


 それを聞いてキョヤスは意外に思う。ハァクイはおっとりとした女性だが決して間抜けではない。むしろ気遣い上手で抜け目のない女性だ。ゲディスのことを理解していないのは腑に落ちない。


「姉さま曰くゲディスは自分の力が及ばない存在だそうです。魔女が持つ予知能力もゲディスには通用しないそうですよ。ベータスはできたそうですが。姉さまはゲディスは一国の王ではなく、世界の王になれるかもしれないと考えているそうですね」


 アークイはほほ笑みながら言った。キョヤスも弟が世界の王になることを否定しなかった。自分は自分のできることをするだけでいいのだ。弟に負けるとか考えたことはない。自分に負けることが真の敗北だと考えている。


 ☆


 キョヤスが一八歳になると、ゴマウン帝国から一報が来た。それはハァクイが薨去したという。数か月前にはクゼント皇帝が薨去し、皇室は不幸続きであった。現在はラボンクになり替わった本物のキョヤスが皇帝の座に就いたという。ヨバクリ侯爵令嬢のバヤカロを皇妃に迎えたそうだ。

 姉のバガニルと弟のゲディスは葬儀に参加しなかった。皇帝の兄弟は親が死んでも帝都に入れない法律があるためだ。バガニルはサマドゾ辺境伯と結婚し、すでに双子のワイトとパルホを産んでいる。


 ハァクイは孫の顔を見ることなく天国へ旅立ったのだ。無念であろう。もっとも法律によって彼等は帝都に入れないから、関係ない。

 それとは別にゴマウン帝国から不思議な箱が運ばれてきた。かなり大きくて重いそうだ。それをキャコタ王国最大の宗教ブカッタ教団の宮殿に運ばれた。現在の大巫女アブミラはキッタモマといい、ハァクイとアークイの母親である。キョヤスの祖母でもあった。王女が大巫女になることは珍しくない。

 

 キョヤスは両親の死を嘆いた。だがそれだけだ。人は必ず死ぬし、皇族でも避けられない。せめて母が自分の事をどう思っていたか知りたいだけだ。

 キャコタ王国では国民がハァクイの死を嘆いていた。だがキョヤスは葬儀に参加しなかった。あくまでキャコタの外交官が参加したという。


 さてハァクイの死後、新しいアブミラが誕生した。九歳の女の子で王家の遠縁だという。大巫女就任の際にキョヤスは見たが、黒髪の愛らしい少女であった。だがどこかで見た記憶がある。幼い頃に別れた姉のバガニルにそっくりであった。


 さてその夜キョヤスはアブミラに招待された。個人で会いたいというそうだ。大巫女は王家に意見のできる重要な立場だ。キッタモマは相談役としてアブミラを補佐するそうである。


 ブカッタ宮殿は豪華な作りであった。キャコタ王国の城は職人たちによる芸の凝らした作りだが、こちらは魔法で作られたという。雫のような屋根に白い壁、広大な庭があり、キャコタ城より豪華に見えた。


 宮殿内はヤシの木や噴水などがあった。まるで南国に迷い込んだ気分になる。働く巫女たちは薄着であり、柱のように立っている。


 一番奥には大巫女の間があった。巨大な貝をモチーフにした椅子にアブミラは座っている。九歳の少女だが、薄紫のベールに、ローブを纏っていた。雰囲気はまるで四〇代の女傑に思えた。横にはでっぷりと太った女性が立っている。黒髪で雀の巣のようであった。愛嬌があり、分厚い唇は迫力がある。

 ハァクイとアークイだけでなく、五人ほど子供を産んでおり、身体は大きくなったのだ。彼女はキッタモマであった。


「よくぞいらっしゃいました。キョヤス王子。わたくしがアブミラでございます」


「はい大巫女様。キョヤスでございます。この度はご招待いただきありがとうございます」


 するとアブミラは立ち上がった。とことことキョヤスに近づくと、ぎゅっと抱きついた。

 あまりにも突然なふるまいにキョヤスは驚いた。


「アブミラ様? ご戯れを」


「いいえ、会いたかったです。ラボンク」


 アブミラはあり得ない言葉をつぶやいた。今の自分はキョヤスだ。ラボンクは捨てた名前なのに。


「何をおっしゃいますか。私はキョヤスです」


「いいえ、私は知っています。なぜなら私はあなたの母親、ハァクイなのですから」


 キョヤスは突然の言葉に呆気にとられた。しかし今の容姿は幼い頃のバガニルにそっくりだ。だがなぜ母が幼い姿で現れたのかわからなかった。

 それをキッタモマが答えてくれた。


「ラボンクよ。ハァクイは死を偽装したのだ。こいつは予知で自分の死を知った。キョヤスによってハァクイは毒殺され、その罪をマヨゾリとバガニルに擦り付けて処刑にされることをな。その前に病死してこちらにやってきたのだ。オサジンによって作られたホムンクルスの身体に魂を交換してな」


 ダシマエ・オサジンはホムンクルスを作るのが得意であった。人間そのものを生み出すことは不可能だが、魂を入れ替えればなんとかなる。もっとも一度交換したら魂が崩れてしまうので何度も入れ替えるのは危険らしい。

 オサジンはハァクイの依頼で自分のホムンクルスを作ってもらった。それをキャコタ王国に送り、キッタモマに事情を話す。彼女は王家の遠縁として新しいアブミラになってもらうことにしたのだ。


「キョヤス王子はアヅホラ卿やアジャック卿に丸め込まれかけてます。ですが仕方のないことです。彼はやってはいけないことをやってしまったのだから」


「確かに私となり替わるのはよくないことですね」


「いいえ違います。彼は自己暗示魔法でラボンクになり切ったことに問題があるのです」


 どういう意味か。それは自己暗示魔法がどう生まれたのか説明しなくてはならない。

 まず魔女は知らない土地で暮らす時、自分はこの土地の生まれだと自己暗示をかける。すると周囲の人間も名前と顔は知らないが、同じ土地で生まれた人間だと錯覚する。例え魔女が質問に答えられなくても知らなかったと言えばそれで済む。


 しかしキョヤスは違った。自分はラボンクだと自己暗示をかけたのだ。これが間違いの元だという。

 なぜならキョヤスはラボンクと違い怠け者で、弱い者いじめを愛していた。本人になり切っても本人ではないから仕方がない。

 それを周囲に指摘されるとキョヤスはそうだったのかと修正する。そうやって本物になりかわろうとしていた。

 そのため彼は真に受けやすい人間になってしまったのだ。本物になろうと周囲の言葉から修正を続けていき、精神に異常をきたし始めたのだ。


 もしハァクイが毒殺されたことを知ればすぐにアヅホラ辺りがキョヤスをそそのかし、証拠がなくてもマヨゾリ卿とバガニルを罪人に仕立て上げただろう。

 しかし病死ならまだいい。担当医が証明してくれるから。ハァクイはキョヤスに対して医学を習わせた。医者の言うことは絶対だと躾けたおかげで、アヅホラが毒殺を出張しても無視するようになったのだ。

 

 それに怒ったアヅホラとアジャックは徹底的にキョヤスを洗脳した。おかげでゴマウン帝国の医学は衰退する羽目になったのだ。これはアジャックが邪気中毒で精神に異常があったためでもあった。

 狂人と狂人が合わさると地獄になる典型的な例である。


「なんということでしょう。キョヤス王子はもう正常には戻れないのでしょうか」


「もう戻れません。可哀そうですが彼はあのままです。私にできることはキャコタ王国で補佐するだけです」


 アブミラは悲しそうに俯いた。キョヤスは妹の息子なのだ。自分の子ではないからと言って放置する気はない。だがどうにもならない現実に嘆いていた。


「運命だね。平民だろうと王族だろうと人生泰平というわけにはいかないのさ」


 それをキッタモマは慰めた。

 アブミラがハァクイであることは最初から決めていました。

 ラボンクとアジャックが思い込みが激しい理由を作ってみましたが、あまり違和感がないですね。

 自分でもうまくできたと思いました。


 ラボンクの件は突発的ですが、作者も意表を突くのも大事です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自業自得の面もありますが、悲劇ですね。
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