第百七話 開戦
「あれがキョヤス王子か。ラボンクそっくりだな」
ガムチチがつぶやいた。実際にはラボンクの姿見しか知らないが。
キャコタ海軍がずらっと並んでいる。普通なら五〇人ほどの冒険者たちでは立ち向かうなど正気を疑うだろう。
だがこちらは魔女ゴロスリの加護があるのだ。負けるわけがない。
空を見ると黒い影が見えた。それは空飛ぶ城だ。ゴロスリが動かしているのである。
城から何かが落ちてきた。ある程度の高さになるとドカンと爆発する。
そして黄色い煙が軍艦を包んだ。すると兵士たちは股間を押さえ始めた。一体なんなのだろう。
「あれは勃起薬だな。嗅ぐと男は勃起して止まらなくなるんだ」
ベータスが説明してくれた。さすがにゴロスリの弟子は彼女の扱う薬に詳しい。
「なるほどな。あれならすぐに敵を無力化できるか」
「でも万能じゃない。やる気のない人間には効果的だが、それ以外の奴には通用しないよ」
ガムチチが言うと、ベータスが指を差した。キョヤス王子も嗅いでいるのに、慌てた様子はない。
他の兵士たちも平然としていた。
「見たところキョヤス王子の乗っている兵士以外、勃起で無力化しているようだ。つまり敵はキョヤス王子の軍艦だけだな」
ガムチチはキョヤス王子を睨む。魔女の力を持ってしても無力化できない実力の持ち主だ。
「かかれ!!」
キョヤスは剣を高く上げると兵士たちに命令する。兵士たちは剣を抜きガムチチたちの乗る霧のクジラに乗りかかった。
未知のクジラに乗り込むなど普通の度胸ではない。相当のやり手だ。
「よぅし、いくぞ!!」
シフンド兄弟が前に出る。右から赤青黄色のふんどしが並ぶ。
「ふんどしきゅっきゅ、きゅっきゅきゅー!!」
シフンド兄弟はふんどしを引っ張る。するとふんどしの形は変わっていった。
まずは赤ふんのアフカンの赤いふんどしは筋肉隆々の魔人になったのだ。赤ふん魔人の右拳が兵士たちを直撃する。
だが彼等は防御魔法で抑え込んだ。
「普通なら赤ふん魔人に驚くはずだがな。練度が高い」
アフオンが言うと今度は青いふんどしが変化する。青い美しい女性の姿になった。背中には翼が生えている。青ふん天使だ。
翼から氷の槍が降り注ぐ。兵士たちは防御魔法を維持し、突進してきた。攻撃は最大の防御と言わんばかりである。
「手ごわい手ごわい。スキスノ沖の黒人魚たちより手ごわいぞ」
最後は黄色のふんどしが締める。黄色い太った魔人に変化した。
魔人の口から黄色い霧が出る。すると兵士たちは苦しみだした。ぼりぼろと身体をかきむしっている。
「あっはっは、痒みの霧の威力はどうだい? こんな経験は初めてだろう?」
黄色ふんどしのアフキンが叫ぶ。流石の兵士たちもかゆさには耐えられないようだ。
「オーッホッホッホ!! さぁ私に命令してちょうだい!!」
サリョドが叫んだ。すると狼の従魔であるアルジサマは見る見るうちに人間の美少年になった。
灰色の狼耳にしっぽが生えている。アルジサマはサリョドの背中に乗ると、今度はサリョド自身が魔獣へ変化したのだ。全身に金色の毛で覆われ、口から牙が生えている。そして両手の爪は鋭くなり、四つん這いになった。
「なっ、なんなんだあれは!!」
ベータスが叫ぶ。主従関係が逆転したのだ。
「あれがサリョドの本当の力だよ。普段は従魔を痛めつけて、戦うときは従魔が主を従えるんだ。その姿は大魔獣みたいだな」
ガムチチが説明してくれた。冒険者の時にサマドゾ王国でサリョドの戦いを見たことがある。アラクネから進化した大魔獣アバレルを一人で倒したのだ。
「さぁ、いけ!! 普段は僕をいじめてきたんだ、たっぷり働けよ!!」
アルジサマはサリョドの尻をつねる。彼は人化するとしゃべれるのだ。獣の時でもかなり賢い。
「はいご主人様!!」
サリョドは歓喜に震えていた。実は彼はサドに見えてマゾなのだ。本当はいじめられたいのだが容姿のせいでサドと決めつけられたのである。兄のマヨゾリと違って自分の本性を隠し切れない彼は冒険者として活躍するしかなかったのだ。
ちなみにアルジサマは普段は人前で痛めつけているが、二人っきりの時はとても大事にしている。
「オナラプー!!」
サリョドは兵士たちに背を向けて放屁する。その臭いは悪臭を超えて、兵器である。一度嗅いだら絶命しかねないおならだ。サリョドは普段からこの時の為に食べ物に気を使っているのである。
さすがの兵士たちもおならの臭いには閉口していた。だがその一方で兵士たちは悪臭に対する訓練も受けていた。
「レロレロレー!!」
サリョドの鞭のように長い舌が、兵士たちの首筋を舐める。その動きは燕のようであった。
痛みではなく、快感で相手を倒す。それがサリョドのやり方だ。
「いくぞ!!」
今度はフチルン率いるレッドモヒカンチームが前に出た。チンコケースが蛇に変化する。彼の部族にとって蛇は守り神なのだ。レッドモヒカンたちは股間の蛇で敵を倒すのである。
兵士たちはシフンドやサリョドに意表を突かれたが、フチルンたちは蛇を操るだけだ。蛇さえ切ってしまえば無力と思い込むに決まっている。
「油断するな!! 見た目がわかりやすいだけで、その力は未知数だぞ!!」
兵士たちはまったく油断しなかった。実際にフチルンたちの蛇は兵士たちの剣を弾き飛ばす。
頭を斬ろうとしても刃に体当たりして剣を落とさせる。そしてかぷりと噛みつくと、兵士たちは力が抜けて倒れこんだ。
そもそも蛇の動きは変幻自在で、兵士たちはまったく動きを読めない。彼等は訓練を重ねていたが、動きが真っすぐすぎた。よってフチルン達にいいようにあしらわられているのだ。
「……冒険者というのは、すごいものだな。統制はしていないがすぐに臨機応変に対応できる。手ごわいものだ」
キョヤス王子はつぶやいた。そこにガムチチが太くて黒光りする棍棒で襲い掛かる。
「私はキョヤス王子だ。殺す相手の名前を胸に抱くがいい」
「悪いが俺は殺されないよ。あんたがアブミラを殺そうとするのは我慢ならない。俺の恋人がいるのでね」
「男同士でか。いや、女は油断ならぬ。気を許せる同性同士で愛し合うのは否定しない」
キョヤスが吐き捨てた。だがガムチチはその言葉に違和感を覚えた。
「キョヤス覚悟しろ!!」
ベータスがキョヤスの後ろから槍で刺そうとした。しかしキョヤスはあっさりとかわす。
「お前がベータスか。ゲディスそっくりだが、性格はまったく似ていない。それが普通だがね。双子と言っても所詮は別人だ」
キョヤスはベータスの槍を掴むと、一気に引っ張った。するとベータスは転んでしまう。
そしてベータスの背中を踏みつけた。
「あんた、何者だ? なんでベータスとゲディスが双子だと知っているんだ?」
「教える義務はない。自分で考えろ」
「そうかい。なら俺の推測だがね。あんたは誰かに聞いたんじゃないか? もしかしてゲディス本人から聞いたんじゃないのかな?」
ガムチチの言葉にキョヤスの眉間にしわが寄る。
「なぜ、そう思った?」
「俺の恋人という言葉に、あんたは男同士と言った。なんで俺の恋人の事を知っているのか? それは俺の恋人ゲディスから直接聞いたと思うのが自然だぜ」
「……貴族になりたてと聞いていたが、頭が回るようだ」
それを聞いたベータスは呆気にとられた。
「なんだって!! あんたがゲディスと繋がっているなら、俺たちの味方になれるはずじゃないか!!」
「悪いが無理だ。確かにゲディスと繋がりはあるが、今の私にはしがらみはある。今更寝返るなどありえん」
キョヤスはあっさりと返した。彼には背負うものがある。それを捨てるわけにはいかないのだろう。
ぷっぷっぷー。
遠くでおならの音がした。アフロマッチョのオカマ、屁こき演奏家のヘダオスが遠くでおならを放りだしながら、踊っているのである。
「……あれも冒険者なのか?」
「……」
キョヤスの問いにガムチチは石像のように黙り込んだ。




