第百二話 これからの相談
「それでなんでアジャックが死んだんだ?」
筋肉隆々の大男であるガムチチが、赤毛の活発そうな女性であるマッカに尋ねた。
彼女はキャコタ王国のモーカリー商会の娘だ。トナコツ王国の支部を任されている。
「調査によれば大淫婦バビロンに食い殺されたらしいで。魔法で豆のように小さくされた挙句、あっさりとな」
マッカは両手でやれやれと振った。あまりにもあっけない最後なので笑えるのかもしれない。
なぜそれがわかったのか。スキスノ聖国には魔法具がある。土地の記憶を読み取るものだ。法皇が許可しないと使えない特別の物である。
「なんだよそれ!! 俺たちの目的はアジャック卿を倒してゲディスを救うんじゃないのかよ!!」
激怒したのはベータスだ。黒髪の美少年だが、野性味を感じさせる。
「別に俺はアジャックなんかどうでもいいぞ。ゲディスの安全を確保できればそれでいいんだ」
「何言っているんだガムチチ!! アジャックがいる限りスキスノ聖国はゲディスだけでなく、俺たちを狙い続けるんだぞ!! 法皇は傀儡だから何もしてくれない!! 俺たちは全世界の人々に嫌われているんだ!! 俺たちは孤立した反逆者なんだよ!!」
ベータスが叫ぶ。どうも自分に酔っている感じがする。だがマッカは否定した。
「アジャックのおっさんは世間知らずや。キャコタ人にとって神でありトモダチであるブカッタさんの姿をしたゲディスを殺そうとしたんや。世界中にいるキャコタの商人を敵に回したんやで」
「はぁ!? 商人を敵に回したからなんだっていうんだ!! この世で一番偉いのは宗教だろうが!!」
「ちゃうちゃう。商人は金という血液を回す役目があるんよ。経済というのは人の身体と同じや、どこの国でも商人を優遇しても敵に回すことはせぇへん。アジャックのおっさんはアホや。アホやからこんな真似ができるんや」
マッカは首を横に振った。だがベータスは自分の考えを否定されて腹を立てていた。
「確かに宗教は強いで。ただしその国に根付いた宗教やけどな。スキスノ聖国は世界各国で教会を作り、情報網を築いたにすぎへん。あんたが思っとるほどスキスノの力は強くないんや。少なくともキャコタ王国では数多くある宗教のひとつでしかあらへんわ」
ベータスの頭はくらくらしてきた。今まで常識と思っていたものが、花瓶のように木っ端みじんに砕けた気分になる。
「大方、ロッセラ法皇猊下は証拠を集めて、それをアジャック卿に突きつけて絶望させるつもりだったのでしょう。ところがあまりにもあっけない最後に私も唖然としております」
白髪のメイドであるギメチカが補足した。言葉と裏腹に語感はそれほどでもない。ああやっぱりなという感じだ。
もうアジャックはいない。自分たちの旅を妨害する人間はいないのだ。だがスライムのゴロスリが訊ねる。
「マッカ・モーカリー。あなたは何しに、ここに来た? アジャック卿が死んだことだけと、告げに来たにしては、急ぎすぎてる……」
「ふぅ、さすがは初代ゴマウン帝国皇帝やね。実はアジャックはどうでもええんや。大事なのはキョヤス王子なんよ」
キョヤス王子とは何者であろうか。
「確か現キャコタ王国国王ゴキョイン殿下のお孫様ですね。今年で二十七歳で、キャコタ海軍に所属しているとか」
ギメチカが説明してくれた。そいつになんの問題があるのだろうか。
「キョヤス王子はクーデターを起こしたんや。キャコタ海軍を制圧して世界各国に宣戦布告したんよ。今じゃキャコタ王国の周辺は軍艦で守られておるんや。一般の船はすぐに拿捕され財産は没収。定期船もキャコタ人は強制送還され、外国人は追放というありさまなんよ」
なんとも滅茶苦茶な話である。キョヤス王子というのはかなりの実力があるようだ。海軍を掌握するなど並みの技量ではない。
「キョヤス王子は生まれてきた時代を間違えた人なんや。今時、武力で収めるなんてアホやで。今はアブミラ様が宮殿に立てこもって、徹底抗戦中なんよ」
「なんだよ。アブミラって女は大したことがないな」
ベータスは吐き捨てた。マッカはそれを無視する。
「キョヤス王子にとってアブミラ様は目の上のたん瘤なんよ。どうしてもあの人の首を獲って、国民に見せびらかさなあかん。けどアブミラ様は偉大な魔法使いや。宮殿には結界を張ってるし、食料は魔法を使って増やしているから飢えることはない。それに今はブカッタさんと双子のウッドエルフが協力してくれるんや。一年は大丈夫やろ」
マッカは気楽そうだ。キョヤス王子の暴挙には驚いても、最後はアブミラがなんとかしてくれると信じているようである。
それにブカッタ神はゲディスであり、双子のウッドエルフは成長したブッラとクーパルだ。三人がいれば鬼に金棒である。
「とはいえゲディスにブッラとクーパルを助けたいな。どうにかしてキャコタ王国に行きたいがどうすれば……」
さすがのガムチチもキャコタの情勢を聞いていても経ってもいられなくなった。
そこにゴロスリが口を挟んだ。
「……冒険者を、集めよう」
「冒険者を?」
「冒険者を、集めて、キャコタへ、向かう。そのための船は、私が、用意する……」
「おいおい師匠!! なんで冒険者を使うんだよ、軍隊を相手にするには、軍隊しかないだろうが!!」
ベータスが反対した。
「大丈夫……。聞く話によると、キョヤス王子は、強引に、軍を掌握した……。恐らく、反発する人も、大勢いる……。まずは、その人たちを、片づけるのに、精いっぱい……。それに、キャコタの象徴である、アブミラを狙っている。でもあの子は強い。並の兵士では、敵わないし、アブミラに手を出すのを、嫌う人もいる」
「なるほど、普段は規則正しい軍隊ですが、今は混乱している最中ですね。その隙を臨機応変の対応ができる冒険者に任せるわけですか」
ゴロスリの言葉にギメチカが納得した。だがベータスは不満そうである。
「軍隊を相手にするってことは戦争をすることだろう。俺は戦争が嫌いだ。戦争を否定する。あんたらはそんなに戦争を始めたいのかよ!!」
「戦争をしたいわけじゃ、ない。そもそも、世界のどこかで、人は殺しあう。戦争をしたくないのは、本当。技術者や農業関係者が死ぬから、嫌い」
「なら戦争をしないで済ますことを考えろよ!!」
ベータスは代案を出さず、ただ戦争反対と声高々に訴えるだけであった。ゴロスリは躾に失敗したようである。
「キャコタは人ではなく、大魔獣を、相手にすることが、多い。対人戦は、皆無……」
「だからといって戦争をしたくないんだよ!! 戦争で英雄になんかなりたくないんだ!!」
ゴロスリが説得してもベータスは聞く耳持たない状態だ。さすがのゴロスリも呆れてくる。
「別に敵対する人間を殺すわけじゃない。要はキョヤス王子を討ち取ればいいんだろう? そいつさえ倒せれば後は烏合の衆じゃないのか?」
ガムチチが言った。するとマッカが肯定する。
「せやな。普段は規則でガチガチの海軍が、キョヤス王子一人のために、規則を変えるわけあらへん。キョヤス王子はカリスマの塊や。あの人が死ねばうちらの勝ちやで」
聞けばキョヤス王子は筋肉隆々で美丈夫だという。よく響く声を持ち、剣術の腕も経つという。
英雄になりたいと願っており、演劇風の人間である。
「もしうちらが冒険者を集めればキョヤス王子は激おこぷんぷん丸や。あの人は異常にプライドが高いんよ。大将自ら先陣を切るアホやね」
マッカの中ではキョヤス王子の評価は低い。アブミラは尊敬できてもキョヤスは受け付けないようだ。
ベータスはまだ納得していない。戦争を否定するのは良いが、頭が固すぎる。
「ところで冒険者をどう集めるんだ?」
「それは、任せて……」
ガムチチが訊ねると、ゴロスリが紙を持ってきた。すると紙は鳥となって空へ飛んでいった。
紙を使った魔法である。
「各地の、冒険者ギルドに、触れを出した。報酬は、私の財産を、使う……」
「あんたの名前で動くのかよ?」
「実は、ギルドマスターは、私の事、知っている……。緊急事態に、動かすことが、できる……」
ゴロスリが言った。彼女はスライムの身体になっても、横の繋がりを作っているようである。
「キョヤス王子は、冒険者の、恐ろしさを、肌身で、感じるね」
ゴロスリはにやりと笑った。ガムチチは初代皇帝のすごみを感じた。
キョヤスは漫才師の横山やすし西川きよしの略です。
横山氏はキャラが濃い人だそうです。




