第百話 マッカ登場
「ふぅ、くたくただぜ」
ピンクスライムを回収してすっかりガムチチたちは疲れていた。ようやくゴロスリの家に戻ってこれたのである。身体は霧でべちゃべちゃになっていた。布巾で身体を拭くと、気分がよくなる。
そこにスライムのゴロスリが迎えに来てくれた。相変わらず身体はぷるぷる震えていた。
「お帰り……、おそかった、ね」
「はい。ピンクスライムが霧の華を乗っ取ったので苦労しましたね」
ギメチカが答えた。彼女は濡れた体を拭きながらゴロスリにピンクスライムを入れた壺を差し出す。
ゴロスリはそれを受け取ると、ねぎらいの声をかけた。
「そう、なんだ。ドスケベデス、大変、だったね」
「ええ。ガムチチ様たちの機転がなければこの身は崩壊していたでしょう」
ドスケベデスが言った。事実、霧の華は彼女の心臓であり、あのまま行けばドスケベデスの身体は崩壊していたという。そうなっていたらアマゾオ中にドスケベデスで出来た水で大洪水が起きていたそうだ。
自分たちがピンクスライムを取りに行かなければ、霧の華の異変に気付くことはなかっただろう。
運がよかったと言える。ドスケベデスも命の恩人に感謝していた。
「もしかしたら、どこかで、大淫婦バビロンが、覚醒したかも、しれないね」
ゴロスリ曰く、大淫婦バビロンは魔力が強いそうである。その影響でピンクスライムが活性したのかもしれないと推測していた。あくまで推測である。
ガムチチはアラクネのヒノエゥマを思い出した。彼女がバビロンに覚醒したかと思ったが、あくまで予想でしかない。
「そうだ、お客さん、来てる。ガムチチたちに」
「俺たちに? こんなところに知り合いがいたっけ?」
ガムチチが首を傾げていると、一人の少年が現れた。赤毛でそばかすの活発そうな雰囲気がある。
青緑色の半袖の上着に、黄緑の短パンを履いていた。青緑色の靴を履いている。
「遅いで!! ウチがこんな辺鄙なところまで足を延ばしたんや!! さっさと来んかい!!」
いきなり怒鳴り散らすようにしゃべっている。さすがのガムチチも眉をひそめた。一体どこの誰なのだろう。やたらと気が強くなまりがきつい。
「おや、マッカ様ではありませんか。ご無沙汰しております」
ギメチカが頭を下げて礼をする。マッカとはゲディスの昔の学友で、許嫁ではなかったのか。
「おお、ギメチカはん。ひさしぶりや。あんたがここにいると知ってここに来たんや」
「そうでしたか。ですがマッカ様、自己紹介がまだですよ。こちらの方たちはあなたを知らないのですから」
「そやったな。堪忍してな。ウチはマッカ・モーカリー。モーカリー商会の娘や。今はトナコツ王国のナサガキで会頭をやっとるんよ」
「……あんた、女なのか?」
マッカは自己紹介するが女には見えない。年頃の少年にしか見えなかった。
ガムチチは首を傾げるばかりである。それに彼女は遠いカハワギ王国に行っていたはずである。
「よく言われるんよ。なにせ商売の世界は鬼ばかりや。気を張ってないと寝首を取られるんよ。あんさんがゲディスの恋人やな。よろしゅうな」
マッカは強引にガムチチと握手した。あまりの勢いにガムチチも呆気に取られている。
「女には見えないな。ゲディスがあんたを許嫁にしたそうだが、男っぽいのがいいのかな?」
「自分、誰や?」
「俺はベータス、ゲディスの双子の弟だよ。初めまして」
「ふぅん、確かにゲディスそっくりやな。けど似とるのは顔だけや。あいつと比べると洗練さが足りんわな」
マッカはあまりベータスに好印象はないようだ。さすがにゲディスと区別がつかないわけではない。
だがガムチチは疑問を口にする。
「ところでマッカさんだったな。なんであんたは俺たちの居場所を嗅ぎつけられたんだ? あんたはカハワギ王国に行っていたはずではなかったのか?」
「カハワギからは帰ってきたばかりなんや。そこであんたらの話を知ったんよ。まあ、あんさんよりギメチカの後を辿ったんよ。ナサガキではえらい大変な目に遭ったな。もう安心やからと迎えに来たんよ」
「もう安心とは……。私たちの疑いが晴れたのですね」
マッカの言葉にギメチカが反応した。ナサガキではガムチチたちは闇ギルドが賞金を懸けており、命を狙われていた。
さらにトナコツ王国の兵士たちがガムチチたちを捕えた。何とか逃げ出してきたのだ。
マッカ曰く、ガムチチたちを陥れた者たちは一斉に逮捕されたという。モーカリー商会の手代であるチソピラをはじめ、彼等か賄賂を受け取りガムチチたちに冤罪をかけた兵士たちも軒並み逮捕されたらしい。
さらにスキスノ聖国の司祭も逮捕された。トナコツ王国ではスキスノより、国教の方が力が強い。
「チソピラのアホが何かしでかすと思ったけど、ここまでアホとは思わんかったわ」
マッカはチソピラが何かをしでかすと思っていた。彼女はあえて隙を見せて罠に嵌めたのだ。
精々店の金をちょろまかすくらいだと決めつけていたが、まさかガムチチたちに冤罪をかけるとは予想外であった。
「しかしあんたがここまで来る理由がわからないな。わざわざ急いで報せに来るほどのモノとは思えないが」
「せやな。うちも急ぐ用事やないと思ったけど、アブミラ様が手紙で知らせてくれたんや」
アブミラ。キャコタ王国の国教、ブカッタ教の大巫女のはずだ。なぜマッカの元に手紙をよこしたのだろうか。
「アブミラ様は王家と繋がりがあるんよ。モーカリー商会もまだ王家と縁があるんや。アブミラ様は時折手紙をくれるんよ」
マッカが説明してくれた。それにしても商会の会頭に手紙のやり取りをするとは、相当なつながりがあるようだ。
「なんでもアジャック枢機卿の差し金らしいわ。けどもう心配はあらへん」
「どういうことだ?」
「もうアジャック卿は死んだそうや」
マッカの言葉にガムチチたちは唖然となった。




