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88.青年騎士の正体とは


「では、そう心に刻みましょう。このノックス・シェルダン、今から貴女の騎士です。」


すくっと立ち上がったノックスは右の手を(こぶし)に変えて己れの心臓を叩く。

それをルシアは他人事のように見上げていた。


いや、ただ実感がちょっとないというか。

あー、これはまたイオンが聞いたら何でもかんでも拾いすぎと言われるなと思ってしまったというか。

あ、先に王子に護衛を雇うことにしたって事後報告の形になるけど早馬で伝令を走らせる必要があるなとか。

要するにルシアは考え事に気を取られてそれどころではなかった。


「...ええ、よろしく。ノックスさん...シェルダンさん...?え、シェルダン?」


「はい、貴女の好きなように。ただ、敬称は要りません。呼び捨てで結構です。」


彼の名前をどう呼ぶか口で転がして悩んでいるルシアの様子を見て、ノックスは助け舟のつもりでそう口にした。

確かにそれも悩んでいた。

そうなんだけど、いやそうじゃなくて。

ルシアは自分の思い違いの可能性を(かんが)みながら、ノックスに向き直る。


「あの、ええと。ねぇ、本当に貴方があのシェルダンなの。」


「...貴女の言うあの、が何か分かりませんが、北方騎士団に居たシェルダンは俺だけですよ。まぁ、シェルダンなんて平民にありふれてる名ですんで。アルクスには多くもありませんがそれなりに居ます。」


質問の意味を計りかねて首を(かし)げながら、それでもけろっと答えるノックスに今後はルシアが息を呑んだ。

それはルシアにシェルダンという名に覚えがあったからだった。


アルクスのシェルダン。

アルクス戦争の激戦区での唯一の生き残りであり、怪物、化け物、最強の剣技を持つ者。

それはそう語られていた。


彼の言う通り、シェルダンという名はそれほど珍しいものではない。

しかし、考えて見てくれ。

作中で書かれたアルクス戦争の激戦区、つまり一番の被害が出た場所はここファウケース。

そこに住んでいたであろう人間で、化け物と言われるほどの実力を持ち、唯一生き残れてシェルダンという名を持つ者が一体どれだけ居るのだろう。


まず、この街で戦闘に従事でき、剣を振るい慣れているのは騎士団の者のみ。

そして、先程ノックスは騎士団にシェルダンは一人だったと言った。

何より今回その最大を見ることは叶わなかったけれど、片鱗だけでも分かるかなりの実力の持ち主。

こんなの間違いようもなく。

アルクスのシェルダンはノックスだ!


「ええー、そんなことってある?嘘でしょ...。」


「どうされました?」


頭を抱えたくなったルシアはなんとか(ひたい)を押さえるだけに留めたが、心の声は全て駄々漏れである。

その様子にますます首を傾げたノックスが覗き込んで声をかけた。

一瞬、狼狽(うろた)えたルシアはもう一度、テレサを見る。


「ねぇ、テレサさん。本当にノックスをもらっていってよろしいの...?」


「令嬢?」


ルシアの発言にノックスが声を上げる。

アルクスのシェルダンなんて二つ名を付けられるくらいには有名になれる実力を持つ男だよ!?

え、連れていっちゃ駄目なんじゃ?

アルクスの重宝される人材待ったなしでしょ?

国内なら()だしもイストリアに連れ帰って良いの!?


「はい、返品されましても困ります。我が騎士団にアルクスという国ではなく、ただ一人、それも他国の令嬢に忠誠を誓う男など要りません。」


しかし、ルシアの狼狽(ろうばい)とは裏腹にはっきりと言い切ったテレサに騎士やクリストフォルスは笑い、ノックスも眉を下げて苦い笑みを溢す。

一人、表情を緩めなかったルシアは今度はクリストフォルスに振り向いた。

ルシアが何を思ってのことか、全てを気付いた訳ではないがそれでも言わんとしているところは汲んだクリストフォルスは笑みを浮かべたまま口を開いた。


「君が何を持ってそれを言ったのか分からないけれど、僕の口出しすることではないと思うよ。」


ああ、テレサにもクリストフォルスにも引き留める気はないようだ。

え、ほんとに良いの?

ねぇ、アルクス一のかもしれない騎士だよ!?

いや、ここまでくると誰からも渋られるノックスが可哀想だったり...?


「令嬢......いえ、ルシア様。」


頭の中をぐるんぐるんと回していたルシアだったが、横からの声にびくっと跳ねた。

ギギギ、と無理やり首を回したルシアは既に引きつってしまっている頬に力を入れて笑みを浮かべようとしたので中途半端になった顔のままノックスに振り向いた。


「.........なあに。」


「既に俺を己れの手足だと述べたのは何処の誰ですか。自分の手足がもがれるのを黙って見ていられるほど寛容ではないっていうのは嘘ですかね。」


「...そうね。二言はないわ。では、ノックス・シェルダン。わたくしの騎士、これからよろしくね。」


「はい。」


そう畳み掛けられて反論なんてしようがない。

ルシアは一気に疲れたようなため息を吐いて手を差し伸べた。

それを受け取って握手を交わし、そのままエスコートに移ったノックスと共にルシアは馬車に乗り込んだのだった。


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