86.解決?
「...と、いうことですわ。」
ルシアが代表して今件のことの説明を終えた。
クリストフォルスには報告していた横領の件から畑荒らし、そしてナイフとペンダントから割り出した犯人が何者かも。
小説やら転生やらに触れる部分は上手く隠してルシアは語った。
それに対しての皆の反応は様々である。
部屋にはクリストフォルスを筆頭にテレサとノックス、ルシアとその護衛たちが居た。
驚きに目を見開いたり、難しい表情を浮かべたり、一番状況の呑み込みが速かったであろうクリストフォルスも決して良い顔はしていない。
「ノックスさんも異変に気付き、早朝に騎士団長を追いかけたのでしょう。」
「ああ、はい。今朝、かなり強い血の匂いをさせていた団長を見かけ、追跡すると団長は変装を解いて全く見覚えのない男になり、森へと向かって行ったので追いかけましたが見失い...その後、男と対峙する令嬢と護衛殿に合流しました。」
ルシアの説明で全容は見えていたが今度はノックスから別視点での説明を始めた。
目新しい情報こそなかったが彼がどうして動き、どう行動したかが分かった。
「...では、とりあえず警戒はするにせよ。横領、畑荒らしの件は解決したと見て良いんだね?」
「ええ、この騎士団にはもう潜入しているスラング兵は居ないでしょう。あのスピンと名乗った男は確かに有名なスラングの兵士です。彼は人と仕事をすることを好みませんわ。」
確認を取るクリストフォルスにルシアは頷き、一応ではあるがニキティウスに調べてもらう旨を告げた。
「...はぁ、一先ず撃退出来たと思うことにしよう。僕も王都にも伝令して徹底的にアルクスから追い出せるように動いてもらうように進言するよ。」
「ええ、お願い致しますクリス様。」
第二王子による捜索であれば、捕らえられなくともしっかりと追い出してくれるだろう。
「あの、テレサさんにはあの峡谷の管理について聞いていただきたいのだけれど。」
「はい。そうですね、あれは確かに知れ渡れば危険です。」
ルシアの言葉にテレサは神妙な顔で答える。
「そうだね、本物の騎士団長が消息不明の状態で頼むのは申し訳ないんだけど、こちらからも増援を送るから騎士団でイストリアへと渡ることの出来るその場所を管理してくれないかな?」
「承知致しました。」
クリストフォルスにテレサは頭を垂れ、了承を告げた。
「...これで一応、重要事項は片付いたかしら。」
「そうだね。」
いつの間にか用意されていた紅茶を口に含んでルシアはほっと息を吐く。
あまり上出来ではなかったけれど、ルシアがわざわざ王子を説得してまで来た理由である憂いは払えたと思いたい。
あの男、スピンと名乗ったスラングの毒蜘蛛と呼ばれる男。
厄介な人物を取り逃がしてしまったのは悔しいけども。
「さて、まだまだ事後処理は必要だけど、畑の件は解決出来たし心置きなく作物が育てられる。ルシア、結局ギリギリになってしまうだけど、君を期限内にイストリアへ帰せそうだよ。」
「はい、良かったですわ。」
ちょっとでもズレてたら、途中で放り出してもやもやしたまま帰国しなければならないところだった。
いや、下手したら春告祭に間に合うように帰れなかったかも。
その後、少しの情報整理に付き合った後ルシアは今後の処理について詰めると言ったクリストフォルスによって自室へと戻り、森で動き回ったこともあって風呂に入った。
湯船に浸かりながらルシアはまだ昼前だということに気付く。
「...。」
ルシアは口元が湯に浸かるまで沈み込んだ。
部屋の天井を見上げれば、照明の光りで湯気が揺らめく。
本当にこれで良かったんだろうか。
作中のスタートより前に折ることの出来るフラグならと他国まで来て、私が行ったことは本当にフラグを折ることが出来たの?
「......未来のことなんて考えてもしょうがないわよね。」
ルシアは湯を弾くように両手を掲げて伸びをする。
本来は知るはずのない未来。
そうかもしれないものを中途半端に知っているから余計に不安になるのだ。
「......それに。あれが新しいフラグになっていないと良いけど......。」
湯船の横縁に頬杖を突いたルシアはあのスラングの男を思い出す。
最後にわざわざ名乗っていったあの男。
私は完全に個人として認識されてしまった訳だが、これが新しいフラグになってしまっている可能性は無きにしも非ず。
うわぁ、作中通りに進んでしまえば彼と再会する可能性もなくはない。
そんなことはないだろうと言い切りたいルシアだったが、如何せん最後に見た男のにやついた顔が脳裏にこびりついて離れない。
そのことにルシアは一気にげんなりとした表情を浮かべたのだった。




