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黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー   作者: 浅木夢見道
第4章 夏休み編 無名と著名と、夢の国と希望の国
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151 夢の国へ


 真也はその日、普段あまり乗らない千葉行きの電車に乗っていた。

 座席に腰をかけていたものの主要駅で次々に人が乗り込んできて、今や電車の中はすし詰め状態だった。


 真也の隣に座るのは、夏らしい白い半袖チュニックにミディアムデニム姿のレイラ。

 電車の中で他人に迷惑をかけぬよう膝の上に置かれた真っ白でつばの広いキャペリンには青いリボンが巻かれ、彼女の色素の薄い金髪によく似合うだろう。


「レイラ……こんなこと言うのも何だけど、よく起きれたね」

「がんばった」

「楽しみだね」

「うん」


 真也は昨日の夜なかなか眠れないほどに、今日を……レイラと遊園地を回れる日を楽しみにしていたが、真也の言葉に「うん」と返事を返すレイラの表情は、その言葉か真実かどうか分からぬほど『普段どおり』の声だった。


 レイラは人混みを視界に入れないようにするためか視線を落とし、そして呟く。


「……真也、今日、お洒落」

「え、そうかな?」

「うん。その『青いスニーカー』、いい、ね?」


 真也はレイラの指摘に、自分も足元を見る。

 今日の真也の服装も、レイラと同じように動きやすさを重視したものであり、スニーカーを履いていた。

 アンノウン専用ラウンジを使い数日前に届いた『オーバード用スニーカー』はデザイン性も高く、また高位エンハンスド能力者が全力を出して走っても壊れない、頑丈なものだ。


「そ、そうかな!? この靴、いい?」

「うん。とても、いい」


 先ほどまでの無表情から、ほんの少し微笑みを強くしたレイラの様子に真也は胸を撫で下ろす。

 最初は地味な黒や茶色のスニーカーを購入しようかと思ったのだが、ふと目に入った青いスニーカーを選び、そして今日、青いスニーカーを履いてきた過去の自分を心の中で褒め称えたのだった。


 程なくして満員電車は大きく揺れ、目的の駅に停車し、乗員のほぼ全員が電車を下り始めた。


 真也たちの目的地である鞠浜(まりはま)駅を出ると、オーバードである真也に(うだ)るような暑さを錯覚させるような強い日差しが降り注ぐ。

 その日は雲ひとつない、夏らしい快晴だった。


 駅を下りて周りを見渡すと既に何人ものクラスメイトたちが集まっており、真也とレイラもその一団に合流する。


 今日は、クラスメイトみんなでテーマパークを満喫する、待ちに待った8月4日だった。




 メンバーの大半が揃い、皆はテーマパークの開演を待つ列へと並ぶ。


「わぁー! 久々だぁ! 中等部の卒業記念以来だからぁ、半年ぶりくらいかなぁ?」


 笑顔でそう語るのは姫梨。そんな姫梨に、直樹はため息をつく。


「半年って、そんな久しぶりでもなくないか?」

「えぇー、半年はかなり久しぶりだよぉ」

「しっかし、まだ列動かないのかな」

「あと3分で開園だからねぇ。もう少しの我慢だよ、葛城クン」


 日本最大級であるテーマパークに訪れる人は普段から多いが、行楽シーズン真っ只中の8月4日の賑わいはその比ではない。

 新東都外からも大量の観光客が訪れ、ゲート前は芋を洗うような混み具合だった。


 列の動き出しを待つ直樹は、スマホを滑らせながら何かを熱心に調べており、横に並ぶ姫梨は頬を膨らませながら直樹へと詰め寄る。


「……なにチェックしてるのぉ? パレードの内容とかぁ?」

「いや、違うよ。式典のこと調べてて」

「式典?」

「ああ、アメリカ支部の。今日って、国疫軍アメリカ支部の結成記念日じゃん?」

「あぁー。今日かぁ」

「うん。なんか発表とかあったら確認しておきたいし」

「真面目ぇ……そんなんだとモテないよぉ?」

「う、うるせぇな」


 せっかくテーマパークへと来たというのに仕事のことばかりかと憤る姫梨と、それでもスマホを見る直樹の元へ凱が参加する。


「直樹、発表は日本だと昼の2時頃だよ。カウントダウン終わって深夜12時に声明発表だから」

「え、そうなの」

「へぇー、じゃあ今はそのスマホしまっちゃおうねぇ!」

「あ、おい桐津! スマホ返せよ!」


 わいわいと開演時間を待つAクラスの中、ひとり真也は浮かない顔だった。

 隣でそれに気がついたレイラは、真也へと声をかける。


「真也、どうした、の?」

「いや、その……なんというか……」


 クラスメイトたちが『夢の国』とも呼ばれる日本最大級のテーマパークにはしゃぐ中、真也はえも言われぬ感情の中にいた。


「パクリっぽい……」


 真也のいた世界にも、同じ場所に『夢の国(テーマパーク)』が存在した。


 その残像が頭の中をちらつくため、奥に広がる西洋風の城を見ても他の人とは違って『自分の知っている遊園地に似た何か』を見ている気分になってしまっていたのだ。


「やっぱ、まずはキャッスルで、そのあとオーシャンだよねぇ」

「まあ、キャッスル前でみんなで写真撮って、てのは王道だしね」

「メイティのグッズ、夏季限定のは何があるんだろぉ?」


 『新東ウィズリーキャッスル』『新東ウィズリーオーシャン』。それが、このテーマパークの正式名称だった。

 大人気のキャラクターの名前は『メイティモウル』。

 元々は大魔法使いの弟子のモグラのキャラクターだが、今となってはウィズリーピクチャーズを代表する大人気キャラクターだ。


「名前まで似てるんだもんなぁ……反則だよ……なんだろう、モヤッとする……」

「な、なぁ、間宮」


 真也は少し低い位置からの呼びかけに振り向く。


 そこには、もじもじしながら真也を見上げる伊織の姿があった。


 今日の伊織の服装は、いつも体のラインを隠すような大きめの服を羽織っていることが多い彼にしては挑戦的な服装だった。

 動きやすそうなハーフパンツとノースリーブのロング丈のパーカー。その下にちらりと見えるのは薄紅色のタンクトップ。男にしては華奢で色の白い肩が日の光を反射し、軽装と相反して、頭には大きなキャスケット。

 人混みで目立ちすぎる大きな白いうさみみをすっぽりと覆い隠す帽子の愛らしさのせいで、知らない人が見れば伊織は完全に少女にしか見えないだろう。


 普段と違った装いの伊織は、同様に普段と違ってもじもじとしながら真也からの返事を待っていた。


「どしたの伊織?」

「その……今日、どっちから行く?」

「んー、特に何も考えてないかなぁ。まずはデ……ウィズリーラ……キャッスルからでしょ? その後考えるよ」

「そっか……よかったら一緒に回ろう?」

「ああ、いいよ」

「やった。ありがとな。……レオノワはどうすんの?」

「え? 私、は……真也に、ついて、行く」

「うん。一緒に回ろう!」

「私、ウィズリー、よく、知らない」

「お、俺もあんまり詳しくない……けど、頑張るね!」

「……じゃあレオノワ、詳しい他の人と回ったら? 桐津さんとか」

「え?」


 伊織の言葉に真也は驚き、小声で伊織に叫ぶ。


「伊織、ちょ、ちょっと!」

「なに?」

「そこは援護してくれよ!」


 真也の必死な様子に、伊織は一瞬遅れて自分が何を言ったのか理解した。


「あ……ごめんごめん」


 伊織は未だ彼にとって『恋を応援する友人』だ。

 その自分が言うには適していなかった『本音』がこぼれ出たことに、伊織は驚きながらもレイラに言葉を続ける。


「レオノワ、とりあえず一緒に回ろっか」

「……うん」


 なんとかレイラと遊園地を回れることなった真也は、ほっと胸を撫で下ろす。


「押切は、ここ、詳しい、の?」

「え? ボクが遊園地に詳しいと思う?」

「そう……なら——」


 レイラは目を細め、続けて何かを言おうとしたようだったが、それより先に3人へと声がかかる。


「あ、あのぉ……」


 真也が振り向くと、そこにいたのは美咲だった。

 夏だというのにぶかぶかとした上着でボディラインを隠し、ロングのスカートで肌を隠した彼女から二言目がなかなか出てこず、真也は声をかける。


「喜多見さん……?」

「わ、わたしぃ、あの、そのぉ……」


 美咲はいざ声をかけたものの、最終的には口籠ってしまう。いじいじと指を絡ませ、恥ずかしげにチラチラと3人を見るばかり。声をかけたはいいものの、それ自体が美咲にとって精一杯の勇気だった。


 真也は、美咲がクラスの誰かと親しそうに話しているところを見たことはなかった。

 そんな彼女がクラス全体の集まりに参加し、一人で過ごすようなことになるのは、かわいそうに思えた。レイラと二人で回りたいというのが本音だが……だからといって美咲のことを放置することも、真也にはできなかった。


 そんな美咲を見て、真也は出来る限り穏やかに声をかける。


「喜多見さん、良かったら4人で回らない?」


 美咲は真也の提案にぱっと花が咲いたように笑うと、横に並ぶ。


「あ、あああありがとうございますぅ! えへ、えへへぇ」

「……なんか、結局この四人かぁ」


 伊織は不満そうに口を尖らせ、真也は「まあまあ」と伊織をなだめながら、自分と共に並ぶ3人を見渡す。


 クラスにうまく馴染めないというのは辛いものだ。

 真也は前の世界ではバイトのせいでなかなか中学のクラスに馴染めなかった。レイラも『自分には何も無い』と悩んでいたし、伊織は言わずもがな、美咲も同様に友人が少ない。


 この4人は、意外と似たもの同士なのかもしれない。

 悲しすぎる共通点ではあるが。


「いいんじゃない? みんなで回ろうよ、伊織」

「そう。多い方が、いい」

「す、すみませぇん……」

「喜多見さん、そんな謝らなくていいから。俺も喜多見さんと回りたかったし」

「ほ、ほんとですかぁ!?」

「お世辞に決まってるじゃ……ぐぬ」

「いーおーりー?」

「ごめんって!」

「押切、そろそろ、学ぶ、べき」

「う、うるさいなぁ……」


 徐々に、四人の会話は賑やかに会話が回りだす。

 ちょうど新東ウィズリーキャッスルは入場開始時刻を迎え、列はゆっくりと動き出した。


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