152 夢の国、満喫(上)
ウィズリー城の前で写真を撮った後、クラスはそれぞれ仲の良い友人たちの集まりに別れ、遊園地を回ることとなる。
夕方に再度集合と決まっていたが、それまでの間、真也はレイラ、伊織、美咲とともにウィズリーオーシャンへと移動する。
ウィズリーキャッスルは子供向けの乗り物が多く、高校生の彼らにとっては刺激が少ないのだ。
他のクラスメイトたちも多くがオーシャンへと移動し、残っていたのはSNS映えする写真を撮りたいという女子たちの集まりくらいだった。
ウィズリーオーシャンの古代遺跡エリアのジェットコースターに四人は並ぶ。
定期的に乗客たちの悲鳴が響く中、真也は入り口近くに置かれている看板を何気なく眺めていた。
「オイ」
真也の目線の先にあるものに気付いた伊織は低い声を出した。心底不服そうに腕を組み、そのまま真也へと問い詰める。
「間宮、何見てんのさ」
「えっと……身長制限?」
「……なんで見てた?」
「伊織、大丈夫かなーって」
「引っかかるかぁ! ていうか馬鹿正直に言うなよ! 分かってたけど面と向かって言われるとより腹立つわ!
間宮、ボクのことなんだと思ってんだよ!」
「ははは、悪い悪い。冗談だよ」
「もう!」
伊織の抗議に真也は笑いながら謝罪し、伊織はぽすぽすと真也の脇腹を叩いた。
そんな2人の後ろに並ぶ美咲は、不安そうに声を上げる。
「ええぇ……こ、これ乗るんですかぁ……?」
古代遺跡の周りをぐるぐると周るジェットコースターのレールは360°ループと高所からの急落下を兼ね備えており、美咲は自分が『そこ』を通ることになるのかと戦々恐々だった。
「大丈夫だって。喜多見さんもオーバードなんだから、そこまで怖くないと思うよ」
「ま、間宮さぁん……で、でもぉ」
目に見えて顔を青くして、うじうじとする美咲に苛立ちながら口を開く。
「なら、やめ……いや、せっかくだし乗ろうよ」
『なら、やめて一人で待ってれば?』と言いそうになった伊織は、ちらと真也を窺って言い直した。
「そうそう、伊織の言う通りだよ。喜多見さん、せっかくだし一緒に乗ろうよ」
自分の言葉を引き継いで美咲を説得する真也の反応に、伊織は心の中でホッとため息をつく。
これ以上、『減点』を重ねるのは良くない。
伊織は、『真也が自分以外の人間に構っている』ことに自分が思っていた以上に歯止めが効かなくなってきているのを感じていた。
伊織と真也の言葉を受け、美咲は弱々しくも頷く。
「う、うぅ……は、はいぃ……な、なにごとも、ちょ、挑戦ですよねぇ……」
「うんうん、その意気だよ……どうでもいいけど」
最後にボソリと呟きながら、伊織は係員の指示に従って帽子を脱ぐ。白いうさ耳がぴよん、と飛び出て、声をかけた係員は目を丸くした。
周りの客たちも『珍しい』とか『可愛い』などと小声で反応し、伊織の機嫌はより悪くなるのだった。
真也はずっと無言でレールを見上げるレイラにも声をかける。
「そういえば、レイラはこういうの平気?」
「うん。大丈夫……だと、思う」
「思う?」
「乗ったこと、ない、から……」
「そっか……楽しみだね、レイラ」
「うん」
またもや「うん」とだけ返事をするレイラに、真也は彼女がはたして遊園地を楽しめているのかと不安になったが、じっとレールを眺めるレイラの瞳から何の感情も読み取ることができなかった。
とうとう真也たちがジェットコースターに乗る順番となり、最前列に伊織と美咲、その後ろに真也とレイラが着席する。
発車したジェットコースターは、がたんがたんと音を立てて最高点へと到達し、乗員たちにテーマパークを一望させる。
そして、無慈悲に速度を増しながら急降下を始めた。
「いやっほぉぅぅ!」
「ひ、ひやぁぁっぁぁああぁぁ! かはっ、はっ、ひぃぃぃぃぃ!?」
伊織は大声で楽しみ、美咲は呼吸困難すら起こしそうな大声で叫び声を上げ続ける。
そんな中、真也は思ったより絶叫マシンに対しても恐怖を抱かなかった。
それは、オーバードとして身体機能、平衡感覚が強化されていたためだ。
といっても、この速度とアップダウンは楽しい。楽しいのだが……真也が楽しむには、邪魔があった。
「伊織も、ぐふ、喜多見さん、ぶっ、楽しんで、ぐへ、る……けど、レイラは、ぶっ、どう?」
異様な光景の真也に、レイラが口をあんぐりとさせる。
「しん、や……?」
「ん、んぶ、ぐ、なに? れ、ぶふ、イラ……いや、まあ、っぺ、わかる、けど……」
レイラの目に映るのは、真也の顔を撫で続ける二枚の白いふわふわ。
「ちょ、伊織……耳ィッ!!」
前に座る伊織の耳が風にたなびき、真也の顔に何度も直撃していた。
流石に限界、と声を上げた真也の言葉に反応して伊織は首を向ける。
「ごめん間宮!」
「みみ! なんとか、ぶふ、なんないかな!? べふっ」
「流石にこの勢いに逆らえないって!」
「うそ!? じゃ、ずっとこのまま!? ぶべっ!?」
「ひゃぁぁぁぁぁぁあぅぅぅ! うぅぅぅ、うぐぅぅぅ! ひぃぃ!」
めちゃめちゃに声を上げ続ける美咲。楽しむ伊織と、顔をぺちぺちと撫で続けられる真也。
レイラはそんな3人を眺めていると、自然に頬が緩むのが感じられた。
最初はテーマパークになど興味はなかったし、絶叫マシンにもそれほど気を引かれなかった。実際に乗り込んだ今も、レイラはこのマシンの楽しみ方がよく分からない。
しかし『みんなで同じ状況を経験する』というのは、レイラが思っていたよりも、ずっと楽しいものだった。
「真也」
「んんッ!? なに、レイラ?」
「私、たのしい、よ」
「ごめん、なんか言った!?」
「ううん、なん、にも」
レイラの言葉は乗客たちの悲鳴にかき消される。
レイラもそんな絶叫の中で、小さく「きゃー」と声を上げて楽しんだ。
ジェットコースターから下りた4人は次の目的地は決まっていなかったが、それでも人の流れに身を任せ、笑い声の溢れる園内を歩く。
「うう、まだくらくらしますぅ……」
ふらふらと進む美咲の後方で、真也は口の中に指を突っ込みながら異物と格闘していた。
「っぺ、っぺ……」
「ごめんな、間宮……」
顔や頭を手で叩き、白い体毛を払い除ける真也に伊織はしゅんとして謝罪する。
「いや、いいけど……毛が……口の中に」
「んー、換毛期は終わってたんだけどね……」
「換毛期とかあるんだ」
「あるよ。いま夏毛。ちょっと短いでしょ?」
「いやー……ごめん差が分かんない」
「えー……違うけどなぁ……」
伊織は自分の耳をピンと立てて真也の前に晒す。そんな二人の間に、レイラがスッと割り込んだ。
「次、なに、乗る?」
急に自分と真也の間に割り込まれた伊織は驚き、少し表情が歪む。
しかし、真也は間に入ってきたレイラによって伊織の表情の変化に気づくことなく、提案する。
「じゃあ、あれにしよう。落ちるやつ」
「タワーオブフィアーだろ?」
真也の提案に、割り込み直すように伊織が声を上げた。
タワーオブフィアーはオーシャンの中でも屈指の人気アトラクションで、椅子に座った状態でフロアーごと激しく上下にアップダウンを繰り返すというものだ。
「確か今はサマーイベント中だったはず——」
「それでいい、いこう。どこ?」
伊織の言葉をまたもや遮り、レイラは興奮気味にマップを広げた。
先ほどまでの興味のなさが嘘のようなレイラの様子に、真也は笑顔を作る。
「ちょっとレオノワ……」
再度割り込まれた伊織は苛々しながら口を開きかけるが、もう一人のメンバーが会話に割り込んできた。
「ひやぁぁ……まだ乗るんですかぁ?」
「……怖いなら待ってれ……待っててもいいよ?」
「え、う……い、行きますぅ……」
再度きつめに言いそうになりながら抑えた伊織の言葉を受け、美咲は歯切れ悪くもじもじとする。
そんな美咲の様子に、真也も不安になって声をかける。
「喜多見さん、その……一緒に来てくれるのはうれしいけど、無理はしなくてもいいからね?」
真也の気遣いに美咲は『置いて行かれる』と錯覚し、今にも泣きそうな顔で真也へと飛びつく。
「む、無理じゃありませぇん! だから置いてかないでくださぁい!」
「おっふ」
抱きついてきた美咲の胸がぴっちりと吸い付くようにひしゃげ、前にもあった肉の暴力の襲来に真也は声を上げる。
一気に顔を紅潮させる真也に、レイラは目を細める。
「……真也、はやく、行こ?」
レイラは真也の腕をとると、進みながら腕を抱き込む。
そうなれば必然、真也の腕を柔らかな感触が襲う。
「レイラ、ひっぱらないで……おふ……」
真也の頬は無意識にゆるんでいくが、真也はこの状況は色々とまずいと気が付ける程度には冷静であり、甘受できぬ程度には小市民だった。
「いこう、いくから! みんなで行くから! ちょっと二人とも離れてっ」
顔を真っ赤にさせながらなんとか二人を引き剥がした真也を、じとりと見つめる影があった。
「う、そんな目で見るなよ……」
「べつに? そんな目ってどんな目さ?」
「い、いおり……」
明らかに不機嫌な伊織に、真也はなんと声をかけるかと考え、小さな声で耳打ちした。
「その……めっちゃ柔らかかった。今日、二人ともテンション上がってるし、伊織もワンチャンあるよ。多分。だから怒るなって」
自分だけラッキースケベを得た真也は、同じ『男友達』として伊織に弁解した。
「は? 死ね」
「酷くない!?」
真也の予想である『一人だけいい思いをしてずるい』という責めの視線に対する彼なりのフォローだったのだが、勘違い甚だしく、伊織に対しては完全に地雷を踏み抜く発言だった。
「さ、いくよ間宮」
「そんな怒らなくても……」
ひとり先導する伊織の背を見ながら、真也はぼやいて彼の後を追った。




