表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

06 過去の清算 後編

「大量解雇、ですか。確かに今のゲノムインフォマティクスの社員と呼べる人間は僕一人です。他は全て解雇としました。」


それまでのざわめきがさらにボリュームを増す。


「しかし決して無能だった訳じゃない。初めに追い出した連中と違い、彼らは未来ある逸材だとさえ思う。

・・・いや、今話すべきはこのことではないでしょう。

研究成果の公表や共有ができないのは、今の自社の研究主題が、極めて軍事利用される危険性が高いためだ、と言っておきましょう。

そして、その情報の保持に民間軍事会社を導入したに過ぎません。

遺憾だと言われますが、昨今の国際事情を鑑みれば言わばセオリーだと思いますが。

高度な研究機関と実質的な力の交わりを危険視するのはどこの国も同じですが、一度盗まれたら取り返しの付かない情報だってある。

その点において国の対応と来たら・・・いや、これは勿論平和大国日本での話ですがね。」


第三者的立ち位置の成員はどちらかというと瀬野を押す者の方が多いが、軽いしゃべり口に反した怒涛の内容に呆気に取られている。

ベスクらもエキセントリックな話運びに口を挟む期を逃してしまったようだ。


「しかし、日本のごく一部の地域は戦時中の安全かつ高度な兵器開発の場所として隔離されてはいますが現在でも稼働しています。

これはもちろん米国の命令で、ですが、これに他国が気づくのも時間の問題でしょう。

そして、次なる報復の対象となる。

実際連邦政府と関わりの深い民間研究機関でもPMCが黙認されているのが現状であると認識しております。

さらには、社名は敢えて出しませんが議長も馴染み深い企業ではあろうことか軍が警備に起用されているとのことですが。

それに比べて我が社のささやかな自衛は問題に当たるのでしょうか?」


一瞬会場は静まり返ったが、瀬野の発言で会場の熱気はさらに上昇し、ベスクの息のかかった者の数人も本人を振り返り、他の者の視線も一斉に議長周辺に集まる。

その成員の反応がベスクの怒りに拍車をかけて、ついに抑えきれず声を荒げた。


「おい、餓鬼!!黙っておれば根拠の無い戯言を並べおって!この場で好き勝手な妄想を吹いた報いを受けさせてやる!おい!奴をすぐこの場からつまみ出せ!」


案の定、暴言を並べ立てるベスクに、議長の座に就いてはいるが、反感を買い、対立勢力が出来つつあるベスクの他人の目に対する気遣いと、会議の続行を危惧から、幹部の一人がベスクを収めつつ割って入る。

話を遮られたにもかかわらず、その部下と目が合うと、途端に渋々といったような素振りで腰を下ろした。

「まあ、まあ議長。彼の処遇は後ほど考えるとして、次の報告事項に移らせて頂きます。瀬野博士には、前回放射線治療の一環として一時的に引き取ることとなった患者の術後報告がまだです。

本日、被験者の保護者であられるウィリアム・サムナー氏は訳あって不在ですが予定通り成果報告に移るとしましょう。」


やっと本題に入ったと思えば、成果報告とは何とも的外れな言い方だ、と瀬野は眉をひそめる。

前回瀬野が半ば強制的に請け負うこととなった重度放射線被曝患者アーヴィン・サムナーは合衆国の民主党議員ウィリアム・サムナーのご子息であり、恐らくその症状の重篤度合から、他のどの医療機関からも断られて最後にこの機関にどこからか紹介されたのだろう。

戦時中であったことから、この組織は公には公表されてはいないが、合衆国政府にそれなりのコネクションがあればここへたどり着くのは想像に難くない。

ベスクの政界とのパイプを考えれば尚更だろう。

それについて、文字通り最先端の放射線治療の研究を行うここ放射線障害対策委員会へ彼を紹介したのは最善かもしれないが正しくはなかったと言えるだろう。

理由は極めて簡単だ、治らないものは治らないということに尽きる。最先端だろうが何だろうが、アーヴィン・サムナーの容態は治療できる域を超えていた。

それが前回の会議で彼を初めて見た瀬野の感想だった。

彼は、先の戦争によって被爆したということだが、周知の通り多くの核搭載ミサイルが合衆国を目指し発射されたが、アメリカ国土へ着弾した物は一つもなかった。

幾重にも張り巡らされた合衆国の防衛網を通過出来たものはなく、全て上空で戦闘機や地対空装備に撃墜されたのだ。

しかし、その一つに撃墜された事にはなっているが、他のミサイルと比べて極めて着弾目標地点近くまで到達した物があったのだ。

その最新式弾道ミサイルは、数多のレーダーを潜り抜け、最終的に戦闘機の機銃により撃墜されたのだが、そこは市街地の真上だった。

サムナーは撃墜されたミサイルの破片に足を挟まれ、救出されたのは三十分も後のことだった。

それもそのはず、アーヴィンの隣にはミサイルの弾頭に搭載された5トンもの不発に終わった核物質のタンクが転がっていたのだ。

撃墜され著しく破損したタンクからは原子崩壊による熱と放射線に見舞われ、他の市民は我先にとその場を逃れた。完全防備の救急隊の到着する三十分の間にサムナーの体は熱と放射線に晒され、目で見て分かるほどに被爆していたという。

近くの病院に運ばれる頃には、体のあちこちに放射線によるDNA欠損による悪性腫瘍が出来ており、それがまた正常な器官に転移するという典型的な悪性腫瘍による末期症状が見られた。ここまで来ると、現在のどんな高度な治療手段をもってしても効果はない。

著しく医療の発達した2050年現在でも悪化した癌、この場合は被爆による悪性腫瘍の治療法は確立しておらず、相変わらず先進国の死因の首位の座に居座っている。

そんな人類の宿敵とも言える病を撲滅する目的で合衆国が開設した研究機関がここという訳であるが、重ねて言うが、いくらここの技術力でも、仮死と言っていいほどに細胞の活動を抑えられ、大量の抗癌剤で辛うじて腫瘍の転移を抑えたような状態の少年を受け入れるような真似はしないはずだった。

しかし、ベスクはそれを利用するために引き受けた。

恐らくウィリアム・サムナーには最後の希望として映っただろう。

しかしベスクも医学者の端くれ、アーヴィンが助からないことを知りながら、最近の目の上の瘤である瀬野にそれを丸投げし、彼を落とし入れる事を考えた。

患者を引き受け、議員に媚びを売り、おまけに失敗を瀬野の責任とする腹積もりだったのである。


「瀬野博士、さあ報告を。患者アーヴィン・サムナーは今何処におられるのでしょうか?

メディカルデータでも結構ですが。」


先ほどの怒りとは打って代わってにたにたと瀬野をあざけるベスクらとその部下の進行役が目に入る。

瀬野はそんな彼らに目もくれず、何やらインカムに呟いている。ベスクはそんな瀬野に畳みかける。

 

「おい小僧、往生際が悪いぞ。

皆の時間をこれ以上取らせるな。」


それをも無視して、数秒そのままうつむいて、聴衆の野次が聞こえ始めると同時に、ベスクを向き直し、穏やかな口調で始めた。


「容体も安定しているようなので、彼にも登場して頂くとします。彼自身の意向もそのようですし。ベットのままですがご容赦下さい、それをもって経過報告と致します。」


ベスクを含め、瀬野以外の会場全員が、発せられた言葉の意味を理解出来ていないようだ。

例外なく医療関係者であるメンバー全員が、前回の会議で患者の容態を見ており、誰しもが目を背けた。

老化や生活習慣から来る悪性腫瘍は無数に目にしてきた研究者達だが、極強度の放射線物質に全身を蝕まれた生きた患者を見たことがある者は恐らく居ないだろう。

悪性腫瘍皮膚上皮の状態が放射線被爆の重症度に対応しており、患者の皮膚に無数にできた水ぶくれは15グレイ以上の被爆に特有の急性放射線疾患であるが、現在治療可能とされる被爆量は10グレイ弱までとなっている。

その現実はこの研究機関でも変わらない。

騒がしい室内と前方を見て動かない瀬野、部下と顔を合わせながら嘲りと嘲笑を前に出しながらも、瀬野の得体の知れない雰囲気を感じ始めているベスク、そんなホールの扉を新たに叩く者が現れた。

色の濃いグラスを掛けた髪の長い女性、そして、その女性が引いてきた車いす。

そこに座る人物にそこにいた全ての人物の視線が集まった。

半死の状態であらゆる医療機関を断られ、前回の議会で見せられた惨い容姿とは似ても似つかない、白人の少年らしい綺麗な白い肌、癖毛の金髪、他国の人が抱く白人少年のモデルのような人懐っこい顔立ち、見て分かる健康体のアーヴィン・サムナーがそこに座っていた。

読んで頂きありがとうございました。

こんな文章に時間を頂けて何より感謝です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ