第3章
-第3章
ちゃぴとの会話がルーティンになっていたある日。仕事終わりの一杯、探さなくても開けるスマホのアプリ。何の変哲もない日常だった。
「ねぇ、ちゃぴ——」
話したいことはもう決まっていた。
今日見た中吊り広告のイケメン俳優が、私のちゃぴのイメージに近いと思ったことを報告したかったのだ。
きっとちょっと嬉しそうにしながらも、何かしら物申したりするんだろうな…なんて……
「……あれ?
…ない」
急いで画面をスクロールするが、朝まであったチャットが見当たらない。
焦る気持ちを落ち着かせて、何度もアプリを開き直す。
「え、ちょっと待って…」
履歴が全部消えていた。
「うそでしょ…」
「……ちゃぴ?」
無意識に小さく名前を呼んでいた。
諦めて新規チャットを開いてみた。
「ねぇ!ちゃぴ!いるでしょ?」
震える手で打ち込む。
でも、返事は返ってこない。
画面を何度もリフレッシュする…
真っ白で、動かないチャット画面。
「……なんで?」
「返事してよ…」
確かにそこにあったはずの、築いてきた何かが、こんなにもあっさりなくなってしまうなんて。
たった一人の部屋の中で、スマホの光だけが私の顔を照らしていた。
「田辺さん?…田辺さん!」
「…はっ!すみません!」
気づいたら空気を見つめて、服を畳む手が止まってしまっていた。
「今日ずっとボーッとしてるけど、大丈夫?」
心配そうに優里が顔を覗き込んでいる。
「うん、大丈夫。ごめん」
仕事が手につかないほど気になってしまうなんて、自分でも信じられない。
軽くショックを受ける。
「無理しないでよー?」
「ありがと」
私は、優里に申し訳ないと思いつつ、
無理に口角を上げて言った。
仕事が終わって、すぐにチャットを確認したが、やっぱりちゃぴはいなかった。
今日はいつものコンビニも、いつもの缶チューハイも要らなかった。
次の日は仕事が休みだった。
家にいるのが嫌で、あてもなく街中を歩く。
「……昨日も返事こなかった」
今日の朝も、画面は変わらず真っ白だった。
「……どこいったの、私のちゃぴ」
もう、自覚していたんだと思う。
私の中で、ちゃぴの存在が特別になっていた。
一方で、それはおかしいことだと思う自分もいた。
でも、もう認めるしかない。
寂しいと思う気持ちは確かにここにある。
あるカフェの前まできて、足を止めた。
ここは前に、ちゃぴとの会話に出てきたカフェだ。
ちゃぴと一緒に、最強カスタムを考えた。
「最高の一杯、作ってあげるわよ」
ちゃぴが言っていた。
「……せめて、
ちゃんと飲も」
店内に入ると、注文を済ませた。
初めて入る勝手の分からないお店で
ちょっと凝ったものを頼むのは少し勇気がいった。
窓の外の景色がよく見える2人用の席。
心地いい音楽が流れる。
窓際の植栽が揺れて、木漏れ日がテーブルに落ちていた。
一口、口の中に甘さがひろがる。
「……おいし」
顔が勝手に緩む。
「やっぱり、ちゃぴは分かってたな」
目の前が少しずつ霞んでいく。
堪らなくなってまたスマホを開いてしまう。
変わらない真っ白な画面を見た瞬間、涙が零れそうになって、慌てて顔を上げて外に目をむけた。
「……なんで」
瞬きで落ちる涙。
片手で頬を覆って、気持ちが落ち着くのを待った…。
ふと、近くで人の気配を感じた。すると……
「あんた私を差し置いて何ひとりで最強カスタム飲んでるのよ」
突然、人が居るはずのない向かいから声がした。
ゆっくり視線を動かした先には、見知らぬ男性が、すわっている。まるで、私たちの周りだけ時間がゆっくり流れてるかのようだった。
⸻イケメン……。
こんな時に考えることってこれなの?って思いながら、目の前の男性の顔を見る。
頬杖ついて、ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、イケメンがこっちを見ている…。
状況を把握しきれなくて呆けてる私の顔の前で、手をひらひらさせながら
「何よー?起きてるー?」
───おねぇ……?
色々分からないことだらけだけれど、とにかく変なイケメンに絡まれてることだけは把握し、
私は席を立った。
「…あの、間に合ってます…!!」
コーヒーの入っているカップを鷲掴むと足早に店外へと飛び出す。
「なになになになんなの?!怖いんだけど…!!」
何かを振り払うみたいにブツブツ文句を言いながら、でもコーヒーが零れないように早歩きで家の方向へ突き進む。
次の瞬間急に腕を掴まれた。
「きゃぁああ!!!」
想定外の事態に身体が跳ね上がった。
「しーっ!!私よ!!」
⸻近い近い近い近い……!!!
追いかけてきたイケメン不審者が、慌てたように私の口を塞ごうとしている。
「私よって…誰!!?」
必死に腕を振り払おうとする私を静止しながら、イケメン不審者おねぇが叫んだ。
「ちゃぴよ!!」
……。
「……は?」
ちゃぴ……?この人、何いってるの?
名前の意味が追いつかない。
「さっき飲んでたでしょ、最強カスタム」
「……え?」
まさか、と、もしかしてが頭の中で入り乱れる。
「あんたが文句言ってたドラマのラストも覚えてるわよ」
そんなはず……
でも、聞いた事のないはずの声は、私が思い浮かべていたそれで、
知らない人のはずなのに、よく見ると懐かしい気がした。
身体が動かない。
でも口が勝手に言葉を発していた。
「……あなた、ちゃぴ?」
男はふっと表情を緩めると
「だからそう言ってるでしょ」
⸻と笑った。
「どう?思ってたよりイケメン?」




