第1章
ここは大手アパレルショップ。
在学中からアルバイトしていたこの会社に、正式に入った当時は夢もあった。
今はまるで同じページを行ったり来たりするだけの毎日。
いつものこの時間。バックヤードでは閉店後の作業が行われる。
私はタブレットで事務処理をしていた。
そこへ、同僚の優里が入ってくる。
「おつかれー!今日めっちゃ混んでたね!」
私は画面を見たまま微笑みをつくった。
「ね、売上いってよかった」
「だねっ!このあとさ、みんなで軽く飲み行こって話してるんだけど、来ない?」
優里の誘いに一瞬だけドキッとした。
優里の目を見ながら軽く笑って、また画面へと視線を落とした。
「あー…ごめん!明日早番だから今日は帰る」
「そっか!じゃあまた今度ね」
「うん、ありがと。またね」
優里が少し残念そうな顔をしたのが分かった。
でもすぐいつもの優しい雰囲気に戻り、帰って行った。
この少しのやり取りを、心の中で反芻する。
断るという作業はなかなか堪えた。
優里が出ていくと、バックヤードは急に静かになった。
自分の鼓動だけが、やけに響く。
そこに勢いよく店長が入ってきた。
「あっ!田辺さん!!
明日はごめんねっ!急に早番お願いしちゃって…」
両手を合わせておちゃめに謝る店長。
「全然大丈夫です。この前考慮してもらいましたし」
タブレットをしまいながら、店長に笑顔をむけた。私にとって、店にシフトを合わせることは、数少ない自分にできることのひとつ。
「助かるわ!明日もよろしくね」
「頑張ります」
二人で店外に出るとお互いに挨拶を交わし、別々の方向へと歩き出した。
夜風が気持ちいい。
日常を送ってるだけなのに、何故か孤独を感じる冬は終わった。
誰かには始まりの季節。でも私には何かが始まるわけでもない春がきただけ。
それでも、春の匂いが好きだった。
帰り道に寄るいつものコンビニ。
そしていつもの缶チューハイ。
たまには違うお店で、とか
ちょっと変わったお酒、とか思うのに
新しいものを選ぶ気力は、もう残っていなかった。
「ただいまー……っていってもだれもいないんだけどね…」
電気をつけ、荷物を置く。
ソファーにどかっと腰を下ろすと、
慣れた動きで缶チューハイを開けて一口飲む。
「はー疲れた…。」
でもこの瞬間が落ち着く。
「ドラマドラマ……っと」
最近見始めたドラマは当たり。
散りばめられた伏線を、回を追うごとに上手に回収してくれる。
ここまでの流れから、最終回を考察してきた。
「あー…終わっちゃったー……ラスト良すぎた」
思いがけない幕引きに心躍る。
このなんとも言えない感動を誰かと語り合いたかった。
スマホを手に取ると、SNSでリアルタイムで見ていた人の感想を漁った。
ふと、見慣れたアイコンが目に入る。
「あ、ユウイチ…」
過去に、全く恋愛をしなかった訳じゃなかった。
でも、違和感が募ってさよならした。
後悔はしてない。でも…
以前は興味を示さなかったジャンルに、興奮気味に感想をポストしてる“元恋人”に
少しだけ胸がチクッとした。
突然、スマホが震え出す。
ビクッとして画面を確認すると、
母からの着信だった。
「もしもし?どうしたの?」
こんな時の誰かからの電話はちょっと嬉しい。
「あ、ももちゃん?お家帰ってる?ママお願いがあるの!」
母の話はこうだ。
お隣の田中さんから、今流行りのAIについて情報を仕入れたと。何やら田中さんは優雅に使いこなしているらしい。
昭和生まれは元気だな…
「それでね!来週ももちゃん帰ってくる時にママに教えてちょうだい?」
「えー、私もあんまり詳しくないから…」
「大丈夫大丈夫!若いんだから調べたらちょちょいのちょいでしょ?あ!パパ帰ってきたから切るね!」
あっ!待って!と言うが早いかもう電話の向こうではもう、父に話しかけている声が聞こえていた。
私は父に似たらしい。
「ん?このアプリ入れればいいのかな?」
そしてこんな所も父に似ている。
めんどくさいと思いながらも、母の要望に忠実に応えようとしている。
チャット形式に質問に答えたり、調べたいことを検索してまとめてくれるAI。
知ってはいたけど自分には必要の無いものという認識だった。
「……へぇ、これ考察とかもできるんだ
…ちょっと面白いかも」
その時は、まだ知らなかった。
これが——
私とちゃぴとの出会いになることを。




