前編
――私、ルビー・クラレットは、生まれた時からすべてを知っていた。
この世界が、前世とは違う場所であることも。
自分が、何やら異世界風な国の、地方伯爵家の娘として生まれたことも。
そして……前世は、酒好きの会社員だったことも。
(……どうしてこうなった)
いや、待ってほしい。転生そのものを嘆いているのではない。むしろ、貴族令嬢への転生など、夢のある話ではないか。
問題はただひとつ。
前世の記憶=酒なことだ。
銘柄。産地。保存方法。合う料理。
赤ん坊の今も、頭の中は前世に飲んだお酒のことで一杯だ。
ワイン、ウイスキー、焼酎、日本酒……また飲みたいなぁ。
(転生するってわかってたら、乙女ゲームとか!少女漫画とか!読んだのに!!)
ともかく、私は決めていた。
――絶対に、ボロは出さない。
赤ん坊らしく、泣いて、笑って、怒って......前世での知識も、楽しかったことも、辛かったこともぜーんぶ忘れて。そうやって、無難に生きていくつもり……だったんだけどなぁ。
「あ、かー」
母の指さす果実の色を赤ちゃんらしく答えると、母は嬉しそうに微笑んだ。
「ルビーちゃんはお利口ですね!そう、赤よ。いい?"あか"」
ゆっくりと、慈しむような声音。私は小さく頷きながら、その色を見つめた。
――赤といえば。
自然と頭に浮かび上がるのは、深く透き通るような色合い。グラスの中で揺れる、あの――
「じゃあ、赤いものって他に何があるかしら?」
不意に、期待を含んだ優しい視線で問われた。その微笑みが嬉しくて、何も考えずに言ってしまった。
「……わいん?」
ぴたり、と。
部屋の空気が、凍りついた。
母の微笑みが止まり、父は目を見開いている。
(……やばい)
一瞬の、沈黙。
「……今、なんて言ったの?」
母の声は穏やかで、目だけが据わっている。
(取り繕え。今すぐに)
「あー、あー……!」
両手をばたつかせ、無邪気に笑ってみる。何も知らないよ〜と演じてみる。
「ワイン、って言ったわよね?」
母にがしり、と肩を掴まれた。
(誤魔化し、失敗だ)
こうして私の二度目の人生は、酒への執着心のせいで、波乱万丈な幕開けとなったーー。
ーーーーーー
それから数年。
私は「やけに物分かりのいい子供」として扱われていた。
大人の会話に口を挟むことはない。ただ、聞かれたことには端的に、時に大人びた回答をする(らしい)。そして、気づけば社交界で噂となった。
(……バカだと思われても家名に傷がつくし……バランスが難しいな)
そんな中で舞い込んできたのが――王子殿下来訪の知らせだった。
屋敷の応接間の空気が、いつもより硬い。
磨き上げられた床に差し込む陽光も、どこかよそよそしく感じられる。普段は温厚な父も、おっとりとした母も、落ち着かない様子だ。そんな中、私は母の隣でぼんやりと立っていた。
「いい?ルビーちゃん。王子殿下はあなたの2つ上でまだ10歳ですけど、すでに才色兼備、文武両道……まさに神童だ、って噂よ。今回は、話題のあなたに会いに、わざわざ出向いてくださるのよ。失礼のないようにね」
「わかってるわ、お母様……失礼なく、目立たず、年頃の娘らしくして、覚えめでたくはならないようにします」
「何を言ってるの!あなたはこーんなに可愛くて賢いのだから、王子殿下に好かれても不思議じゃないわ!……とはいえ、無理しないでね」
私を気遣うような言葉をかけつつ、母は王子様と地方伯爵令嬢の恋愛ストーリーを妄想しているのか、夢見心地でうっとりとしている。冗談じゃない。
(今日の任務は、王子にさっさと帰ってもらうことね!)
私は、この温厚で穏やかな両親、一年を通して気候のいい領地でまったりと今世を過ごしたいのだ。王都にいる王子殿下となんて、関わりたくない。
やがて、扉が開いた。
最初に入ってきたのは、護衛の騎士たち。次いで、侍従。そして――。
美しい少年が、静かに歩いてきた。
光を受けたその髪は、白ワインみたいにやわらかな白金色に透けていて、綺麗だった。
でも、透き通った青い瞳はよくない。
水のように清らかなふりをして、あれはタチの悪い酒だーー度数がめっちゃ高いやつ。
「王子殿下、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
父と母が頭を下げるのに習って、私もドレスの裾を摘んだ。違和感がない程度に、あえてたどたどしく。
殿下は、にこりと微笑んだ。
「こちらこそ。急な訪問にもかかわらず、歓迎してくださってありがとうございます」
その笑顔が、胡散臭い。彼の視線がコチラに向く。
「こちらがご息女でいらっしゃいますか」
「はい」と、父が答える前に私は顔を上げた。
「ルビー・クラレットと申します、殿下」
にっこりと、王子様に憧れる少女らしく、でも礼儀正しく。
殿下は少し目を細めた。
「初めまして。私は、ルシアン・ブランです。話に聞いていたより、ずっとあどけないね」
「あどけない、ですか?」
言葉の意味を理解出来ないように、あえて演じる。すると、彼の目がスッと細まった。
(あ、バカなふりしすぎたかも。怪しまれた)
「8歳で社交界の噂になる博学っぷり、大人も舌を巻く教養の深さと聞いて、どんな大人びた女性だろうと思っていたけど……想像より、愛らしいお嬢さんだね」
「わあ、殿下もそのお噂をご存知なのですか?恥ずかしいです。でも、噂と言うのは、大体が本当のことを語ってないんですよ?」
今度は少し、賢そうな返事をする。殿下の口元が、楽しそうに弧を描いた。
「実は、この領地に足を運ぶのは初めてなんだ。クラレット嬢、せっかくだから案内してくれないかい?……友達になりたくてきたんだ、屋敷で語らうだけじゃ、もったいないだろう?」
友達、ねぇ。
大人の言う"友達"には、たいてい別の意味がある。王子が使う言葉だって絶対――。
「……もちろんです!殿下」
年相応の女の子。そんなふりをして、私は返事をするしかなかった。
領地に足を運ぶと、殿下は素直に感嘆した。
そうなのだ、我が領地は、気候に恵まれ自然が豊か。農業、乳業の盛んな地で、美しいのだ。えっへん。
「きれいな場所だね、王都と違って、空気も澄んでいる」
「ありがとうございます。春は特に、白い花がいっぱい咲くんですよ」
私は、少しだけ誇らしそうな顔を作った。地元を愛する8歳の令嬢。完璧なはずだ。
殿下は歩きながら、よく喋った。王都のこと、学んでいること、好きな本の話。こちらの反応を見ながら、話題を変えるタイミングも上手い。
(……凄すぎて怖い。私と違って、人生一周目でしょ?)
殿下が領地の農作物について尋ねれば「おいしいお野菜がいっぱいとれるって聞いてます!でも最近、収穫量がなぜか減ってるんですって…..」ととぼける。水路の話になれば「お魚がたくさんいるんですよ。最近は漁獲量が増えたって、漁師さんたち喜んでました!」と続ける。
どんどん、年相応の女の子になっていく私。
殿下の目が、わずかに曇った。
(あ、がっかりしてる。作戦勝ちよ!)
胸の中で、こっそりガッツポーズをした。
屋敷に戻る頃には、陽が傾きかけていた。
「今日は楽しかったよ。ありがとう、クラレット嬢」
王子が、穏やかに言うのに、私も微笑み返す。
「こちらこそ、光栄でした」
さっさとお帰りいただいて、私はまた平穏な日々に――。
「せっかく色々なご予定を調整いただいたでしょうに……領地、刺激的なものもなくすみません」
「え?」
ぴたり、と殿下が動きを止める。
(……あ、やらかしたかも)
王子の目が、すっと細くなった。
「……予定って?」
「えーっと……殿下は将来、国王になるのでしょう?お勉強たくさんしないといけないのに……それらをやめてまで、我が領地に来てくださったということは、何か得たいものがあったのかなーって」
「どうしてそう思ったの?」
殿下の目は、何かを測るような目をしている。これはまずい。
「だって、私も今日は、ダンスのレッスンがなくなったんですよ。あと、お母様とのおやつの時間もなくなって…..だから、殿下も一緒かなーって」
へへっと笑ってみせるが、多分もう遅い。
たとえ貴族であっても、普通8歳児にとって、時間とは無限にあるものだ。優先順位とか、そんなことは考えない。
王子は少しの間、私を見ていた。
それから、ゆっくりと口の端を上げる。
「ーーなるほど」
「……殿下?」
「クラレット嬢はさっき、水路の近くにいる可愛らしい獣をずっと見ていたね」
「……え」
「王都ではなかなか見ないから、珍しいと思ったんだ。あれ、何なんだい?」
「ラービットという動物です、可愛いでしょう!」
「あれ、害獣だろ?……だから、険しい顔をして見ていた」
「…..え!?害獣なんですか?可愛いな〜って見てただけですよ?」
「そうかい?あれが好むキャロッツの畑を、その後一瞥していたのに?」
私は、黙った。ラービットのこと知ってたのかよ。
「……なぜか畑での作物が減って、魚の収穫量が増えた、ねぇ」
王子は、また口の端を上げた。
「ーー本当は、全部わかってるんだろ?」
沈黙が落ちる。
(詰んだ)
「…………えーっと??何の話ですか?」
「なぁ」
私は、馬鹿なふりをして首を傾げた。
王子が静かに笑う。だが、その目は獲物を狙うソレだった。
「俺は、腹の探り合いは好きじゃないんだ」
「…..お腹に、何か隠してるんですか?」
にっこりと笑う。笑って誤魔化す。ごまかせなくても、根性で誤魔化す!!
殿下は静かに笑った。今日いちばん、自然な顔で。
「今日は楽しかったよ。クラレット嬢」
「……私も、楽しかったです!」
「また来るよ……いや、今度は、王都に来てもらおう。その時は、ルビー嬢と呼ばせてもらおうかな」
「……嬉しい、です。殿下」
私の苦笑いを見て、殿下は満足そうに頷いた。
護衛と侍従を連れて、颯爽と去っていく背中を、私は呆然と見送ることしかできなかった。
(……冗談じゃないわよ!何なの、あれ!?)
ーーやっぱり、あの人は度数の高い酒だ。
飲んだら、確実に足をすくわれる。
ーーーーーー
王都へのーー王宮への招待状は思った以上に早くきた。殿下の来訪から3週間。異様な展開だ。
王都自体は、思ったより面白そうだった。馬車の窓から見える街並みは、活気がある。見たことのない食材、料理。きっと、それにあったお酒もあるに違いない。ワクワクする。それでも……
(……帰りたい)
そっとため息をつくと、母と父が反応する。
「あら、ルビーちゃんったら緊張してるの?仕方ないわよね、あんな素敵な王子殿下にお呼ばれしたら、期待と不安が渦巻くわよねー」
「こら、お前。いい加減にしなさい。まだ何もご用命を伺ってないのに」
「あら、夢を見るぐらいいいじゃない」
「不要な想像は不敬に当たるぞ」
「もー、いいじゃないですか。私だって、伯爵家とはいえ、田舎貴族の我々が、王子殿下に見初められるなんて思ってませんよ」
母はつまらなそうに弁えた発言をしているが、私は知っている。母の好きな小説は、大体が身分差を乗り越えたラブストーリーだ。父にはそう言いながらも、期待するような目でこっちを見ないでほしい。
王宮の門をくぐった瞬間、出迎えが来た。
ルシアン・ブラン王子殿下自らが、城の入り口に立っている。
満面の笑みで。
(胡散臭い……!!)
「よく来てくれたね、ルビー嬢」
父と母は目に入ってないような振る舞い、うっとりとした視線。そして彼の胸元には、私の髪と目の色である、柘榴色のハンカチーフが飾られている。
母は、殿下が私をファーストネームで呼ぶことで、目を輝かせている。
(これ、やばくない?)
私は思わず、白目をむいた。それを、殿下は楽しそうに見ていた。
謁見の間は、広かった。
玉座には、温厚そうな顔をした国王陛下と、ふんわりとした微笑みを湛えた王妃陛下が座っている。
そして、国王の斜め後ろに、もう一人。
細身で、背が高く、笑っているのに目が笑っていない男ーーこの国の宰相、ルオード卿だ。
彼は、殿下と同じ種類の目をしていた。優しいようで、観察している目。その目が、 私を注意深く見ているが、気づかないふりをしよう……なんか、危ない気がする。
「ルシアンから友人を紹介したい、と言われて驚いたよ。神童といえば聞こえがいいが……この子は同年代の子と話が合わないみたいでね、誰かに興味をもったことがないんだ……ルシアンが気に入っただけあって、愛らしいお嬢さんだね」
国王が、朗らかに言った。その声は謁見の間に柔らかく響いて、緊張した父がほっと肩を落とすのが横目でわかった。
「ありがとうございます、陛下」
私は頭を下げた。殿下が隣で一歩前に出る。
「父上、実は、私はウソをつきました。今、その告白をしてよろしいでしょうか」
「ほう?なんだ」
「友人ではないのです……私は、ルビー嬢に一目惚れしたのです」
謁見の間の空気が、一瞬で変わった。
(……は?)
父がむせ込んだ。母が口元を押さえた。私は、殿下を見た……殿下は、頬を染めていた。演技上手すぎだろ。
国王は、一拍おいてから、ほがらかに破顔した。
「はははっ! ルシアン、それは本当か!」
「はい、父上。ですから、婚約のお許しをいただきたいのです」
(待って待って待って!!)
「まあ!」
王妃陛下が、両手を合わせた。その表情が、もう完全にそういう顔になっていた。キラキラした目でこちらを見ている。
(失礼だけど…..この王妃陛下、大丈夫??)
「なんて素敵なの! ルシアン、あなた、きちんとクラリス嬢のお気持ちは確認したの?」
「これから確認しようと思っていました」
殿下がこちらを向いた。にこりと、完璧な笑顔で。
「ルビー嬢。突然のことで驚かせてすまない。だけど、私の気持ちを、どうか受け入れて欲しい」
「あの、私、殿下のことは素敵だと思っておりますが……王子妃の器では、とても」
「あら!」
王妃陛下が、きっぱりと遮った。
「愛があれば、そんなの乗り越えられるわ!」
(そんなバカな……)
私は内心で絶望した。助けを求めて両親を見ると、母は王妃陛下と同じ目をしていた。血は繋がってないはずなのに、双子のようだ。
そのとき、静かな声が割り込む。
「殿下」
宰相だった。
一歩前に出て、穏やかな、しかし有無を言わせない声音で続けた。
「婚約は国家の均衡にも関わる重大事。地方伯爵家との縁組となれば、他の大貴族との関係性も考慮せねばなりません。慎重に段階を踏むべきかと」
ルシアン殿下は、宰相を見た。にこりと笑ったまま。
「仰るとおりですね、ルオード卿。では、どのような手順が適切でしょう?」
「まず、双方の家格の精査。次いで……」
宰相が流暢に続けるのを聞きながら、ルシアン殿下は相槌を打っていた。そして、問いを投げかける。
「では、ルオード卿は、どなたが私の婚約者にふさわしいと思いますか?」
「そうですね、バランスを考えれば、メルロー侯爵、シュナウト公爵、それから、我がルオード家あたりから選んでいただくのが順当かと」
「なるほど、その者達のご令嬢であれば、私も手を取り合って、尊敬する父と母のような関係になれるでしょうか?」
「なれますとも!」
「そうですか……そういったご令嬢と婚約した暁には、ルオード卿も、私を支えてくれますか?」
「もちろんでございます、殿下」
宰相が大袈裟に頷くが、胡散臭さが半端ない。そして、魂胆は見えた。彼はどうやら、自分の娘を殿下と婚約させたいらしい。王都の貴族は大変だな。
周囲の私への関心が薄れたことで、私はぼんやりしていた。すると、がしり、と手が掴まれる。
「であれば、やはりルビー嬢しか僕の将来の伴侶は有り得ませんね」
「は?」
まずい、思わず素が出た。宰相は、恐ろしい顔でこちら見ている。
「いえ、ですから殿下……」
「私の尊敬する両親は、愛し合っております。私が真に愛することができるのは、このルビー嬢しかいないと、確信しています」
その言葉に感動して、王妃陛下が玉座から立ち上がり、拍手をしている。
「さすが私の息子だわ!ちゃんと見ているのね」
「はい、政治的な思惑は重要ですが、愛があればどのような困難も乗り越えられるもの、と母上もよく仰ってます…..しかも、頼りになるルオード卿にも支えていただけるなんて、身に余る光栄だと思います。ですよね、父上、ルオード卿?」
殿下が2人を無垢な瞳で見つめる。それは、計算された瞳だった。
「お前が誰かに執着するのを初めて見たよ、ルシアン……いいだろう。ルオード卿よ、この若き2人を、どうぞ導いてくだされ」
「……仰せのままに」
こうして、私の意思はまるっと無視され、婚約が決まったのだ。
ーーーーーー
「怒ってるか?」
勝手に婚約話がまとまり、両親は手続きやら何やらで、どこかに行ってしまった。
王妃陛下の「若いもの同士、たのしんで〜」と言う謎の言葉で、ルシアン殿下の私室に2人きり。
その途端、殿下は先ほどの態度を一変させた。変わり身早すぎだろ。しかも会うのまだ2回目なのに。っていうか……
「これで怒らない令嬢がいたら見てみたいですね」
「何言ってんだ。俺と婚約できるって知ったら、多分お前以外の令嬢は泣いて喜ぶぞ」
「た、確かに…..」
思わず黙り込むと、殿下は楽しそうに笑っている。腹たつ。反撃するしかない!
「私に一目惚れなんて、殿下は神童だ、将来有望だ、と騒がれている割に、目は悪いんですね。その目で真実を見通して、国を導けるのか、一国民として不安になりました」
「言うじゃないか。安心しろ。俺の目は一級品だ」
殿下と私の目が交錯する。この婚約話に裏があることを、私はしっかりわかっている。そして、私がわかっていることを、殿下もきちんとわかっている。
「なぜ、私なのですか?」
「なぜだと思う?」
質問に質問で返すなよ。
「宰相のご令嬢と結婚したくないから?」
「それは動機だ。理由ではない。それだけなら他の令嬢でもいいだろ」
そう、そこが気になるのだ。だけど、思い当たるところはある。それをひっくり返せば、この婚約話は覆せるーー
「私が頭がいいという噂を聞いて、ですか?だとしたら、残念ですが勘違いですよ。私、家庭教師にもついてもらってますが、成績は中の上くらいで、大したことないです」
「知ってるよ、調査済みだ。狙って、そのくらいに調整してるんだろ?」
殿下が確信めいた笑みを浮かべる。
「なぜ、そう思うのですか?」
「俺が訪問から帰った後2週間で、お前の領地のラービットはかなり駆除されたらしいな」
どきり、と鼓動がなるのがわかった。だが、それを顔に出さず、いまさら子供っぽい素直な表情を浮かべる。
「え!ラービット、減っちゃったんですか?…..可哀想。でも、仕方ないですよね、害獣ですもん」
「害獣対策をしっかりやって、お前の両親は素晴らしい方だな」
「そう思いますか!?父はすごいんですよ!」
父が褒められて嬉しい!と満面の笑みで浮かべる。だが、いまいち話の終着点が分からない。
「そうだな、お前の父親は、お前を溺愛してるようだ」
「……え?」
「『お父様!ラービットがね、畑にいたの。だから、キャロッツ減っちゃったのかなぁ。でもね、ラービットの糞とかが川に流れて、お魚さん増えたみたいなんだ〜。ラービット、可愛いからうちで飼いたいな!それで、その糞をお魚さんたちに餌をあげるの!いいでしょ?お父様!!』」
殿下が、猫撫で声でモノマネをする。
私の、モノマネだ……ちょっと似てる。
「なん、で……」
「王家には影と呼ばれるものがいる。お前に興味があってな。つけさせてもらった」
血の気が、引いた。なぜ、そこまで。
「他にも、お前の功績はいくらでもある……バカなふりしてるだけだろ?お前は使える。だから、お前と婚約する。わかったな?」
それは、絶対的な権力者から、臣下への命令だった。
「ちょっと!いやよ!っていうか、あなたキャラ違いすぎない!?」
「こっちが素だ。まぁ、見返りも用意した」
そう言って、王子は部屋にあったキャスターを自ら私の前に運ぶ。
そこには、色とりどりのお菓子があった。
「ちょっと、お菓子程度で私が釣れると思ってるの?」
「思ってないさ……でも、これはどうかな?」
並べられた皿の横にある不自然な箱。その蓋を開けるとーー
「こ、これはーー!!」
「……ワイン好きって噂、本当だったんだな。こんな状態で、普通品種までわかるか?」
ワインに使う品種のぶどうに砂糖をまぶした干菓子が、そこにはあった。このぶどう、すごく高いしレアなのに。
思わず、唾を飲み込んだ。それを殿下はゲラゲラ笑いながら見てる。
「念の為確認するが、お前、酒飲んでないよな?」
「未成年ですからね、飲んでません」
殿下なんてもう知らない。私は、そのぶどうにから目を逸らせない。
「これ、食っていいぞ」
「こ、こんなことで、婚約なんてしませんよ!」
「お前が成人したら、パーティーのたびに、珍しい酒が飲めるな」
「……え?」
「ワイン、ウイスキー。他の果実酒なんかもあるし、他国と社交になれば、その国の酒も振る舞われるだろう。それこそ、王子妃にでもならないと飲めないような、一級品の酒もゴロゴロ転がってるはずだ」
にっこりと、殿下が笑う。
「でもそうかー。俺の婚約者はいやか。だったら仕方ない、他の令嬢に譲るかなぁ……」
「やる!私、婚約者やります!!!!」
それはもはや、反射だった。
(し、しまったーーー!!)
殿下はニンマリと笑う。
「じゃあ、よろしくな。ルビー嬢」
ーーやはり、この人は強い酒だ。飲まなくても、近づくだけで、足元をすくわれる。
後編は明日、投稿予定です!




