第三十八話 農耕神。
海賊どもの後始末はトルマリンの人達に任せ、私達はオパール王国へやってきた。
べ、別に面倒だから逃げたわけでは……。
宿の代金だって前払いしてあったし。
…………。
そんな事より、今は農耕神様だ。
「よし!」
気合いを入れて、私は農耕神様の神殿へと向かった。
とりあえず、よつばの事はきちんと謝ろう。
あの時は女神様に任せてしまったからな……。
まぁ、当時は女神様以外の神様に会う事になるとは思っていなかったし。
……あとは、よつばのあざとさが通用する事を祈るしかない。
いや、神様相手にするのに何に祈ろうとしているんだよ、自分!
無理だろ!
うん、やっぱり素直に謝るしかないか……。
農耕神様の神殿は木造の古い造りのものだった。
豪奢ではないけれど柱も床も丁寧に磨かれ、農耕神様が信仰を集めている事が分かった。
神殿の中央に木彫りの像が置かれていた。
私は像に向かってぺこりと頭を下げた。
「相田つかさです。幸運の女神様に言われて来ました」
するり、と像から農耕神様が抜け出してきた。
「わざわざ来てもらって、すまんかったの」
農耕神様は白い髭を生やした、人のいいおじいちゃん、といった感じだった。
「いいえ」
私はキャットハウスからよつばを出した。
「先日はうちのよつばがご迷惑をおかけしまして……」
「にあん……?」
不安そうな表情を浮かべて、よつばは首を傾げてみせた。
「かまわん、かまわん」
農耕神様はにこにこしながらよつばの頭を撫でた。
「農耕をする者にとって、猫は相棒みたいなもんだからの」
「にあん!」
こら、よつば! 調子に乗らないの!
「ちょいと、座って話そうかね」
農耕神様が手を振ると、ふわりと音もなくテーブルとイスが現れた。
「よっこらしょ」
農耕神様は私にも座るようにと手で促した。
「失礼します」
「堅苦しいの。近所のおじいちゃん、くらいの感じでかまわんよ?」
うちの信者はみんなそうだと言って、農耕神様は声を出して笑った。
「ルッコの実のジュースでも飲むかね?」
「はい、ありがとうございます」
私がジュースを飲むのを、農耕神様は嬉しそうに見ていた。
「美味いかの?」
「はい」
うんうん、と農耕神様は頷いている。
「ここはいい国じゃよ。気候も温暖で、作物の種類も豊富での」
すっと、農耕神様は姿勢を正した。
「わざわざ幸運の女神に頼んでお主に来てもらったのは、礼を言いたかったからじゃ」
……お礼?
フラーの件かな?
「儂も、この国も、荒事は苦手での」
確かに、オパール王国はほかの国と比べると平和な国だ。
ギルドへの依頼もほとんどがお使いや採取系だ。
魔物退治などはめったにない。
「以前に魔物の大発生も防いでもらったし、フラーも退治してもらった」
農耕神様は私を見てにっこりと笑った。
「本当に感謝している」
「あ、いいえ」
魔物の大発生を防いだのは副産物的なものだったし、フラーはうちの猫達の狩りだったしな……。
ふう、と農耕神様が疲れたようなため息をついた。
「?」
「……少し前にもフラーの群れに襲われた事があっての」
……ギルドマスターのおばあさんが言っていたやつかな?
神様だと少し前くらいの感覚になるのか。
「猫神に来てもらって一緒に駆け付けたんじゃが……」
農耕神様は苦しそうな顔をした。
悲惨だったのだろう。
自分が守護している国と民の惨状を見て、神様はどんな気持ちになるのだろうか……。
「食い荒らされた死体の中で、血塗れになった若い冒険者の夫婦が戦ってくれていたんじゃが……」
農耕神様が言葉に詰まる。
「儂らの顔を見た時の、あの子達の目が忘れられんのだ」
……その冒険者の夫婦の目は何を語っていたのだろう。
助かった?
何で来てくれなかった?
もう少し早く?
どうして?
その場にいなかった私には分からない。
仕方なかったと言える立場でもない。
するりとキャットハウスからチャビが出てきた。
そのまま農耕神様の膝に飛び乗る。
「こら、チャビ!」
チャビは農耕神様の顔を見ながら、ごろごろとのどを鳴らし始めた。
チャビ、もしかして。
「慰めてくれとるのか……?」
農耕神様は泣きそうな顔になった。
「優しい子じゃ」
そう呟きながら、農耕神様はチャビの頭を撫でた。
……まぁ、うちの癒し系なんで。
いかん。私が泣きそうだ。
「心持ち、身体が軽くなったような気もするのぅ」
チャビの顔を見ながら農耕神様は笑った。
……それは気のせいではないです、多分。
「チャビのスキルは〈回復〉なので」
しかし、神様にも〈回復〉の効果ってあるんだな……。
「なんぞ、礼をせんとな」
「いいえ、大丈夫です」
よつばの件を怒らないでいてくれるだけでありがたい。
「お主は冒険者だから畑は持っておらんしのぅ」
困ったように農耕神様は頭をかいた。
「でも、将来的には小さい畑とかやってみたいです」
冒険者を引退したら、のんびり自給自足とかもいいかもしれない。
「なら、儂の加護を授けよう」
いつでも豊作じゃよ? と、農耕神様は悪戯っぽく笑ってみせた。
きちんと作物の世話をするのが条件だが、まぁ、当然だろう。
「それと、お前さんにも礼をせんとな」
膝に乗せたままのチャビの頭を撫でながら、農耕神様が言った。
…………。
いや、待って、農耕神様!
嫌な予感しかしないんですけど!?
「精霊魔法と相性が良さそうじゃし、雷魔法とかどうかの?」
そりゃ、くぅの姉弟だし、精霊魔法と相性がいいのは確かだろうけど。
チャビは魔力が高い方だし、エルフの友だから〈精霊の加護〉もつく。
しかも、チャビもくぅとは違う方向で暴走する。
そこに農耕神様からもらった雷魔法!?
「えーと、何で、雷魔法を……?」
って、違う! そうじゃないだろう、私!!
断れ!!
「農耕と雷は、関係があるんじゃよ」
雨乞いも出来るしな、と農耕神様は笑った。
雨乞い……。
ダメだ、天変地異が起きる……。
「……儂の心も〈回復〉してくれたしの」
農耕神様が小さな声で言った。
ちょっとした気休めくらいにしかならなかっただろう。
それでも。
神様という存在は、頼られたり、守護したりするもので、誰かに慰めてもらえたりはしないのだろう。
それに、国の民ではない、ただの猫の慰めだったから、農耕神様も素直に受け入れられたのかもしれない。
ああ、これは断りにくい。
だけど、このままだと……。
私がうだうだとしている間に、農耕神様はチャビに〈雷魔法〉を授けてしまった。
うちの、うちの唯一の癒し系が……!!
もうダメだ。
チャビとくぅの姉弟猫だけで、世界が滅びる……。




