第十六話 予兆。
あー、うん、完全にタイミング間違ったな……。
私達がやってきたのは水の都コーラル。
ちょうど水の神様に感謝を捧げる祭が行われていた。
それはいいのだが。
「水かけ祭りって、どこの世界にもあるんだね……」
誰かれかまわずに、街の人達が水をかけてきた。
すでに頭のてっぺんから足の先までびしょ濡れだ。
りゅうたろうは濡れるのを嫌がってキャットハウスに引っ込んでいる。
売り物が濡れては話にならないからと、屋台も早々と店じまいをしていた。
この様子だと宿屋も空いているか分からないし、さっさと次の街に行こうかな……。
そう思ったが、水の祭は夜が本番らしい。
花火でもあげるのだろうか。
日が暮れると水かけは終わるらしい。
まぁ、みんな濡れたままなんだけど……。
気温も穏やかだから風邪をひく事もなさそうだが。
不意に、あちらこちらできらきらと光る水が噴水のように吹き上がった。
「これか」
真っ暗な空に、小さなしずくがたくさんの星のように光っている。
その中に青い衣装をまとった女性の姿が浮かび上がった。
みんな祈りを捧げたり、口々に感謝を述べている。
「もしかして、水の神様……?」
この世界にはたくさんの神様がいる。
人々の生活に寄り添うような神様もいれば、突き放す神様も気まぐれな神様もいる。
水の神様は、どうやら人に近しい神様のようだ。
ん?
ざわめきと悲鳴が聞こえた。
暴走した馬車が人々の中に突っ込んできた。
御者はいない。振り落とされたようだ。
「!!」
馬車が水の泡で覆われて宙に浮かんだ。
水の神様が微笑んでいる。
神様が止めてくれたようだ。
「……」
迫りくる車。
ああ、そうだ。
思い出した。
私は、あの時、猫をかばって……。
身体中が痛い。
アスファルトが濡れている。
雨、降ってきたのか?
さっきの子猫、大丈夫だったかな。大丈夫だったら、いいな。
起き上がれない。
どうしよう。
早く帰って、猫達にご飯をあげないと。
みんな、お腹を空かしている。
よつばが、勝手にカリカリの袋を引っ張り出しているかもしれない。
猫、近付いてきた。
さっきの子猫の、お母さんかな。
大丈夫だった?
猫は、私の顔をのぞき込んでやれやれという風にため息をついた。
もしかして。
「……」
あれ、おかしいな、声が出ない。
ミーコさん、だよね?
そうだ。
はやく、かえって……。
ねこたちに、ごはん、あげな、い…と……。
翌朝、屋台で凍らせたムルを買った。
綺麗な水の中でしか育たない果物で、甘い桃のような香りがする。
溶けかかってシャリシャリしているのが美味しい。
「……」
結局、最期の最期まで私は猫の事を考えていたようだ。
あそこまでいくと猫ばかというより、もはやただのばかだ。
「ミーコさん、迎えに来てくれてたのかな……」
ミーコさんは私が子どもの頃に飼っていたトラネコだ。
ものすごく頭が良くて、家の戸を勝手に開けて出入りしていた。
面倒見もよくて近所の野良猫に自分のご飯を食べさせたり、寒い日はこたつに入れてやったりしていた。
こたつに足を入れたら知らない猫が寝ていて、死ぬほど驚いた事もある。
ムリヤリ抱っこすると、やれやれという風にため息をつかれた。
それでも子供だとあきらめてくれていたのか、しばらくは私に付き合ってくれていた。
もしかして。
ミーコさんが猫神様に頼んでくれたのかな。
まだ、猫達と一緒にいさせてあげて下さいって。
「……」
ムルの上にぽたりと水滴が落ちた。
ダメだ、しょっぱくなってしまう。
せっかく美味しいのに。
「あ、すいません」
屋台で賑わう通りを歩いていると、若い男と肩がぶつかった。
……お金は盗られてないな。大丈夫。
確認してみたが、財布代わりにお金を入れてある小さな革袋は無事だった。
もっとも大きなお金は無限収納に入れてあるので、持ち歩いているのは銀貨が少しとほとんどは銅貨だ。
祭で人出が多いので、気をつけていたのだ。
でも、さっきのわざとぶつかってきた気がするんだよなぁ……。
まぁ、実害がないならいいか。
「りゅうたろう、行くよ」
声をかけると、りゅうたろうはいつものように肩に乗ろうとしたが途中で立ち止まった。
「りゅうたろう?」
気まずそうに目をそらし、りゅうたろうはじりじりと後ずさっていった。
どうした?
なんで後ずさってるの?
結局りゅうたろうは肩には乗りたがらず、キャットハウスの中に引っ込んでしまった。
「えー……?」
病院に連れて行った時は半日くらい避けられたけど、基本的には私にべったりの猫だ。
「さっきの人、猫が嫌いな匂いでもつけてたとか……?」
仕方なくりゅうたろうをキャットハウスに入れたまま、私はコーラルの街をあとにした。
……。
…………。
……………………さみしい。
いつもなら肩に乗っているりゅうたろうに話しかけたりしながらなのに、草原の中を一人でもくもくと歩いているのだ。
りゅうたろうは猫だから当然返事をしたりはしない。
けれど。
りゅうたろうの重みを肩に感じない。
本当にひとりぼっちな気がした。
「なんか、疲れたな……」
今日は早めにご飯にしよう。
良さそうな場所にテントを張って、猫達を呼び出す。
「みんな、ご飯だよー」
……?
いつもなら我先に駆け寄ってくるはずの猫達が動かない。
「どうしたの?」
声をかけるとキングが後ずさった。
くぅはキャットタワーのてっぺんから降りてこなかった。
いや、ほかの猫達まで私に近寄って来ようとしない。
まさか……。
「せり、〈気配察知〉」
せりに、私の気配を探らせた。
ひげをぴくぴくさせたあと、せりは毛を逆立てた。
やっぱり!
あの時ぶつかってきた男に何かされたのか。
せりの反応からすると、匂いなどではなく魔法的な何かかもしれない。
それにしても。
私はちらりと福助を見た。
「あんたは何も感じないの?」
みんなが私を遠巻きにする中、福助だけは私の足元でご飯を食べている。
大変にぶ……、いや、おおらかな性格をしている福助には効果がなかったようである。




