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黒幕②―心葉堂兄妹の真実―

「蒼、だからこそだ。死体の腐敗を此処の溜まりが止めているとしたら、華憐堂が手始めに竜胆の信頼を得た方法だと推測できるんだよ」


 紅の言葉に、萌黄は小さく頷いた。

 萌黄の震えながらの反応に、麒淵が久方ぶりに口を開いた。


「しかし、いくら溜まりとはいえ、半年以上も冷凍状態――しかも生ける状態を保ち続けるのは難しいじゃろ。あの皇女の術の源は、おぬしを生かしておる欠片が使われておるな?」

「麒淵様のおっしゃるとおりですわ。それがわたくしの狂気化を進めた原因でもあります。あれは本来、萌黄のためだけに作られたものですもの」


 麒淵と萌黄は二人で納得しあっている。

 置いてけぼりにされているのを感じて、蒼と紅は口を開く。けれど、何事かを発する前に朗々とした、


「話を戻すか」


という竜胆の声が遮った。


「そんな折りだったな。華憐堂の者たちと出会ったのは」

「わっしらは皇太子殿下のお力になれれば、これ以上の幸いはございませぬよ。あなた様の御随意のままに」


 気配を消していた湯庵がねっとりとした声を発した。ついでに人差し指をくるりと回すと、皇女の体にたかろうとしていた虫が一斉に燃え上がった。その火が皇太子の肌の一部を焼いても、当人は平然としている。

 麒淵と紅の視線があう。


(様子を見る限り、今回の一件、華憐堂側で一枚噛んでいるのは店主ではなく――九割方は湯庵だろう)


 心葉堂の皆が、ここに来て確証が持てた。

 竜胆が『華憐堂の主』を呼びかけていたのも、裏の権力者も湯庵だと。


「反魂の術の施行した旅人は湯庵だったのか?」

「私は、違うと思う。だって、旅人は萌黄さんを愛していたから反魂を望み、彼女はソレに応えた。でも、湯庵さんからは私利私欲しか感じないよ」

「そうなんだよな。首謀者はどう見ても湯庵なんだけど」


 紅と蒼が小声でかわす。

 一方、華憐堂の店主といえば、萌黄の方ばかりを気にしている。駆け寄ろうとしては湯庵に制されている。子どものように、わたわたとして落ち着きがない。


「私が皇族の門外不出の古書を調べたのによると、我が皇族と弐の溜まりは血縁らしいな。開国の祖は、弐の溜まりの腹違いの弟だったと」


 これには蒼を含め、さすがの紅も驚嘆した。

 弐の溜まりという立場から、開国当初それなりの立場の者が管理を請け負ったとは思っていたが……まさか、初代皇帝の実姉だったとは予想だにしなかった。

 人知れず麒淵の瞳は陰る。


(それだけではない。弐の溜まりの初代こそ、始まりの一族の正当な血族であった)


 麒淵は何の因果だろうと唇を噛む。深く深く、血など流れぬのに何かが零れ落ちる気がした。


「なんだ。おぬしらはしらなんだか」


 竜胆が地べたに腰を下ろし、あぐらを掻いた状態で地面に落ちた妹の髪をいじる。かさついて乾いた髪が気にくわなかったのだろう。竜胆は髪に絡めていた指を勢いよく引っ張り上げた。あっさりと抜けた髪に舌打ちをし、竜胆は湯庵に向かって無言で指を伸ばした。湯庵は、表面上は献身的に竜胆の指を拭う。

 

「随分と汚い髪だ。油がよう絡んでおって、燃えやすそうだな」


 竜胆は無碍な態度とは反した様子で、片手に絡む髪を胸元にしまい込んだ。


「さて。そうそう。この子の体で意識が戻らずとも、脳みそだけとっかえて蒼月の体を使おうかと思うのだ。蒼月は随分と魅力的な体つきをしているからな。それに、良い距離の身内なのだ。直感だが、この子と同じように、きっとお前のアレの具合はいい」

「黙れ‼」


 紅の怒声が岩を砕く勢いで響き渡った。蒼たちの耳がきーんとして、くらくらと眩暈を覚えるくらいだった。


「のう紅暁よ、お前とてそう思わぬか」


 紅は竜胆の喉を噛み切らんばかりの視線を投げつける。

 いや。実際、紅が発している魔道が風の刃となり竜胆を襲っている。

 竜胆は皮膚が咲かれているにも関わらず、胡坐を掻いてニヤニヤと粘っこい笑みを浮かべるだけ。


「同意いたしかねます。貴方は皇女様が死してなお、彼女を辱め続けられるのですか?」


 今にも噛みつかんとする勢いで紅が問う。敬語を使えているあたり、まだ冷静だが……次の瞬間、竜胆は紅の最後の堪忍袋の緒を切ることになる。


「はて。そう思うのか?」


 本気で疑問を抱いたように竜胆が首を傾げた。まるで無邪気な子どものような音に、紅と麒淵は出遅れてしまう。


「妹を溺愛しておるお主なら、理解すると思うておったが。なぜなら、おぬしと蒼月はしょせん異父兄弟であろうに」

「えっ?」


 声をあげたのは当事者の蒼ではなかった。

 地面に座り込んだままの萌黄から発せられた驚きだったのだ。


「なっ‼」


 紅が音を立てて振り返る。風が頬を裂くと思える勢いで。

 吹き出る汗が額から頬に流れ、顎を伝って落ちていく。唇と瞳は乾き、うめき声しか零れない。なにより心臓が弾けそうな勢いで跳ね続ける。

 結局、紅は蒼と目を合わせられず汗を流す手を握った。握った手から赤いものが流れる。


「紅さんと蒼さんが、異父兄妹……?」


 萌黄の戸惑いを含んだ声が紅の脳を揺らす。

 その傍らで、蒼は竜胆を睨み続けていた。力の限り睨んでやる。

 蒼の視線を強がりか何かと曲解したのだろう。竜胆は高笑いを放つ。これまでに響いたどの声より不快だ。


「聞くに、蒼月の父親は隣国の王子。そして、紅暁の父もだが、双子の片割れが母を無理やり何度も犯した結果、生まれたのが紅暁なのだろう? 愛され生まれてきた蒼月と、望まれぬ生を受けた紅暁。そんな対極な兄妹が仲良しとはなんとも滑稽な喜劇だ」


 竜胆が大きく手を叩く。 


「そんな血が流れる紅暁だ! 日頃からそのような魅力的な体型をした女子がおったら、実父の血からも征服したくもなろう」


 ねっとりとした視線が蒼だけではなく紅にも注がれる。


「堪えろよ、紅。我とて、ありもしない腸が煮えくり返っておる」


 だが、頭に血が上っている紅は気が付かない。浴びせられた言葉にだけ血が沸く。駆け上がっていくように一斉に沸いた。


 憎い。にくい。にくい。


 紅の中にはひたらすら憎悪という感情しか沸いてこない。

 ずっと紅が抱え続けていた秘密を他人がさらりと口にしたのも、愚劣な視線を蒼に投げることも。竜胆の全てがおぞましく感じられる。


「オレが自分で伝えなければいけなかったことを――!」


 言いようこそ義務的だが、そこには間違いなく紅自身の冀求がある。


(お兄ちゃん、大丈夫。私は知ってるよ。ってか、さすがに隣国の王族って⁉ って驚きはありまくるけどねっ!)


 蒼は知っているのだ。あの日、雨の森の中で紅と大喧嘩をした時から、日常という日々を通して、紅の戸惑いも蒼を大事な妹だと思ってくれていることも。

 全部わかっている等と言うつもりはないが、他人に自己中心的だと言われようとも、蒼にとって紅はからかうのが楽しくって、胃痛が心配で、もっと自分を大事にして欲しい存在で、なんだかんだと妹に甘い大好きな兄だ。


(けれど――きっと、私はずっと向き合うことはしていなかった。いつか紅から話してくれたらって言い訳をして。幼い頃はお父さんが違うってことだけ知っていたけど、修行に出る前にお父さんとお母さんが全部話してくれた)


 もしかしたら、両親は自分たちの死期や異変を悟っていたのかも知れないと蒼は思う。

 同時に、単純に遠くの地に数年旅立つ娘と離れることを機会に、打ち明けようとしていたのかも知れないとも考えられる。


(どっちでもいいの。だって、お父さんもお母さんもただただ紅を心配していた。思い詰めるところがあるお兄ちゃんを心配して、妹である私に託した)

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