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6 かわるこうどう

「この泥棒!!」


私はそんな言葉を背後で聞きながら、とにかく全力疾走していた。何故かって、お腹がすきすぎて小さなパンを盗んだのが見つかったせいだ。

私は子供の姿をしていて、更に何にもお金を持っていなかったのだ。

換金できる物すらないので、空腹を解決するためには、やりたくなかったけれど、こう言う事をしなくちゃいけなかったのだ。

身元の不確かすぎる子供なんて、誰も子守すら任せてくれないのだから。

私はとにかく突っ走り、人々の間をかき分けて、走る間に取り戻されないように小さなパンを食いちぎって咀嚼して呑み込んで、とにかく追いかけてくる大人から、逃げて走っていた。

こう言った事が命がけの場合もある事くらい、よく知っている。盗みっていうのは命がけだ。

それでも、耐えきれない空腹をどうにかしたくて、私は……盗みをしたのだ。

もしも追い付かれたらその時はその時で、しっかり罰を受けるんだろう。

青の国で、小さなパンを盗んだ子供が、ぼこぼこに殴られていた事を見た事も有ったし、同じ事が起きないわけがない。

だからとにかく走って逃げていた時だ。

どんっ、と私は誰かにぶつかった。


「っ!!」


「あ」


ぶつかった私は軽く吹っ飛び、尻もちをついた。幸い盗んだパンは皆お腹の中に収めていたから、どこかに飛んでいく事はなかった。

吹っ飛んで転がった私は、舌打ちをしながら立ち上がろうとして、差し出された手に目を丸くした。


「……」


差し出した手の相手を見て、私は目を見開いた。いったいどういう偶然だというのか、何かしらの作為でも働いているのか。

私とぶつかったのは、子供の頃の旦那だったのだ。

彼は黙って私に手を差し出している。あの、特徴的だった流動する黄金の瞳ではなく、きらきらと光る透き通った黄金色の瞳だ。そんな目をじっと私に向けて、手だけ差し出している。


「おいハッサン、だんまりじゃこっちの子もなんだかさっぱりだろ」


手を差し出してそれ以上の事をしない彼に、友達らしき同年代の男の子達が口々に言う。

私はそれを見て、間違いなく私に差し出された手なのだろうと判断して、そろそろと指を伸ばして、その手を握った。

握るとあっという間に引っ張り寄せられて、立ち上がらせてもらえて、この頃から彼の筋力は大したものだったのか、と驚くほかなかった。


「パン泥棒!! どこに行った!! ちょこまかと!!」


「っ!!」


後ろから怒鳴り声が聞こえてくる。追いつかれる、と私はすぐに逃げ出そうとして、え、と思うともう、旦那の後ろに庇われていた。


「いた!! この泥棒鼠!!」


追いかけてきたのは店の店員らしき人で、かなり長い間追いかけまわしていたから、息が切れていた。

そして思い切り私を睨み付けたけれども、その私が少年に庇われているから、何だ? という顔をした。


「おいハッサン、そっちのちびを寄越してもらおうか」


「おれも彼女を探していたんだ」


「はあ? 何を言い出すんだ、こいつはうちの食べ物を盗んだんだぞ」


「彼女が落とした財布があるんだ」


そう言って……私は財布を端から持っていないのに……彼は女性ものに見える財布を取り出して、私に手渡して、促した。


「一口味見をしてから、財布を落とした事に気付いたんだろう。ほら、払えば怒られないぞ」


「……」


この女性ものの財布は誰のものなのか、そして私を庇うのはどうしてなのか、言いたい事は色々あったけれども、店員の人が呆れたように


「財布を落としたんなら、さっさと言え、このちび。そんなら一日働かせて、その分くらいは帳消しどころかおまけをつけてやるってのに」


さあ払え、という圧をハッサンと店員と二人から受けて、私は恐る恐る財布の中から、お金を取り出した。

そして店員はそれを受け取ると、ハッサンの方を見てにやっと笑い


「じゃあなハッサン、今度いとし子様に、新商品の味見に来るように言ってもらえるか? あの人の味覚は繊細で、正当な評価をしてくれるからな!」


「ああ」


店員はさっさと店に戻る道を走っていく。それを見送って……私はハッサンという名前の彼を見て、口を開いた。


「これ……、私の」


「神殿で落としたと神官様が困っていた。一人でお参りに来たのだろうに、ととても心配していた。宿も取れなくて困っているだろうと」


「あの、ちが」


「あなたのだ。……いいな?」


ハッサンがそれ以上言わせないという調子で、念を押す。これって誰かの物を私が盗んだって事にならないだろうか。だって私は最初からお財布なんて持ってない……


「でも」


「……大丈夫だ。あなたは盗人にならない」


落ち着いた調子で話す彼に、どういえばいいのかわからないと思った時だ。

それまで私達を見守っていた、ハッサンの友達がにまにまと笑ってこう言ったのだ。


「おいハッサン、正直に言ってやれよ。それは自分の財布で、一目ぼれしたあなたを助けたいから、財布ごと差し上げますって!!」


「!?」


私は想像もしていない発言に、ぎょっとしてハッサンの友達を見た。


「こいつの財布は母ちゃんのおさがりなんだよ。だから女物。で、こいつがちまちま働いて貯めた金が入ってて、こいつが自分の自由にしていい金額しか入ってない」


「……おいアブメド」


ハッサンの友達はアブメドっていうらしい。その友達をぎろっとハッサンが睨むと、それ以上は言わない事にしたらしい。ただしとってもにやけた顔で、アブメドは笑っている。


「あー。ハッサンの好みってこういう子」


「ブラコンじゃね」


「そりゃいとし子様は初恋泥棒って有名だけど」


「ハッサンの好みにたいして多大な影響力を与えているいとし子様!!」


他の友達も、私を見てから彼を見て、お腹を抱えて笑っている。

……大人たちは私とお父さんがそっくりだって事に何も言わなかったけれども、子供は言うのだから、子供の方がこう言った所に関しては正直だから、事実として間違いないんだろう。


「……こいつらは後で黙らせる。……あなたはこれを持っていても泥棒でも何でもない。だから持っていてくれ」


「でも、あなたのお金なんでしょ」


「俺のなのだから、俺の自由にしていいものだ。だからあなたに受け取ってほしい」


「いや、見ず知らずの不審な相手にそんな事してどうするの」


「それも俺があとあと反省するだけで終わる話だ」


「今反省して取り返しなさいよ!? あなた頑固ね!?」


私と彼で、受け取る受け取らないというやりとりが始まった時だ。


「兄ちゃん!! こっちにいた!!」


聞き覚えのある声が響いて、ハッサンに私より小さな子が飛びついた。私と違ってびくともしないハッサンである。


「どうした」


「いとし子様、家出しちゃう!! 銀髪の美女と家出の相談してたの!! 私、信じてもらえそうな人に話してるのに、ほとんどの人が信じてくれなくて!! 兄ちゃん信じて!!」


ハッサンに飛びついたまま叫んだのは、私に飛びついてきたあの子だった。兄ちゃんという事は、ハッサンの……妹なのか。

よく見れば、目元が少し似ているかもしれない。


「分かった」


聞いたハッサンがすぐに頷く。


「おいまじかよ」


「アニスちゃん、いつ家出するか聞いた?」


「一番人目につかないのは、神官様達が出払う祈りの夜の、今日だって言ってた!!」


声は落ち着いていても、ハッサンは顔色を変えたし、他の男の子達も顔色が一変する。


「おい、俺ら遊んでいる暇ないだろ」


「アニスちゃん、俺ら今からすぐに親とか親戚に言ってくる!!」


「アニスちゃんも親父さん達に言うんだ!!」


「うん!!」


「ハッサン、お前いとし子様見張れるだろ!? 今から見張りに行けよ!!」


「当たり前だ」


「私も行くから」


「……あなたも?」


私も言うと、ハッサンは驚いた顔をした。そんな彼等に私は言う。


「さっき、そっちの子にも、頼まれていたの。やらないわけはないんだ」


「確かに見張りは多い方がいいもんな! よし、皆別れて急ぐぞ!! 早く逃げだすなら、えっと……」


「連絡船を使うだろう。そして祈りの夜を狙うなら、最終便まで見張っていれば確実だ」


「ハッサン頼んだぜ!! おいお前ら、急ぐぞ!!」



こうして私達は、別々に、しかし全員がいとし子の家出を防ぐために、動き出したのだった。

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