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7 いざひとまくのおしまいににたことを

「とりあえず、倒れては意味がないからこれを飲んで見張っていよう」


そう言って、大河の連絡船の待合場所の物影に隠れて、私達は水をちまちまと舐めながら、その時が来ない事を祈っていた。


「やるなら恐らく真夜中だ」


「やっぱり、真夜中の便の方が目だたないの」


「灯りの数の問題だ。多少の化粧でもすれば人相を誤魔化しやすくなる」


「……髪の毛なんて染められたら、わからないものだよね」


「いとし子様はあの赤毛が目印の一つだ。黒く染められたらそれだけで個性が埋没する」


「あなた、いとし子様の事大好きなのに、ずいぶん失礼な言い方してるのね」


「客観的に見た時の話だ」


彼は物事が結構しっかり見えている性格らしい。ただ、妹の言った事を全面的に信じるのだから、妹の発言で、過去に何かが何度もあった事を察せられる。


「俺はあなたが不思議だ。俺は妹がああいった事を言う時に、それらが百の確率で的中する事実を知っているから、疑いもしないが。あなたはどうして妹を信じた」


「……いとし子様に、今日あった時に、なんか言動が疑わしかったから」


「なるほど」


それ以上の会話をする事もなく、私はハッサンと並んで物陰に隠れて、その時が来ない事を祈っていた。

それにしても、夕方も過ぎると砂漠は冷える。私は防寒対策なんてしていないから、ぶるりと震えた。そんな私を横目で見て、ハッサンが首に巻いていた布を、無言で外して、私の肩にかけた。


「あなたが冷えるよ」


「俺は慣れている」


「でも」


「いい格好をさせてくれ」


「……」


きっと旦那は、あんな事が起きなければ、ものすごく女の子にモテただろう。この言動とこの行動だ。好きな女の子に振り向いてもらうのは、簡単だっただろう。


「……」


十歳かそこらの子供にとって、深夜なんて眠くなる時間だ。体温が下がれば眠気は襲ってくるものだから、余計に眠くなりそうで、でも緊張感からそんな事はない。

ただし、もしも本当にいとし子とお母さんが逃げだす現場に鉢合わせたらと思うと、手が震えて来る。

何としてでも止めたい事で、そこで覚悟は決まっているんだけど、それでも、起きる未来がとても怖い。

……それを阻止したら、私は生まれてこないのだから、自分が消えるまでの時間が迫っていると思うから怖いんだ。

何としてでも、旦那の家族を助けるんだと決めて、こうして過去に飛んできたのに、今更手が震えるなんて何だよ、情けない。

自分に舌打ちしたくなった時だ。不意に片方の手が暖かくなって、驚いて横を見ると、ハッサンが無言で私の手を握っていた。


「怖いか」


「……多少は」


「いとし子様の脱走を阻止しようと身を張るあなたを、責める大人はどこにもいない。それどころか、よく頑張ったと言ってくれるだろう、だから恐ろしい事は何もない」


「……うん」


淡々とした調子で言われた事に、少し安心する部分があって、私は頷いた。

そして、にぎやかだった待合所は、時間が過ぎていくごとに静かになっていき、とうとう最終便の時間だけになったらしい。

待合所の時計を見て、小さな声で彼が言ったから。


「正念場だ」


そして、最終便の乗船時間になったその時だ。

二人の男女が、ばたばたと駆け込んできたのである。それ自体はおかしな話でも何でもなくて、乗船時間ぎりぎりに来る人達はそれなりにいるって、今日だけでもよくわかるドタバタ劇が起きていた。

だからそれだけは、怪しい素振りじゃなくて、でも。


「!」


私は、その女性の方が見間違いのない銀の髪と紫の瞳と、色白の肌をしていて何よりも、顔が見知ったものを若返らせたものだったから、ばっと飛び出した。


「い、行かないで!!」


時間にそぐわぬ子供が飛び出してきたから、女の人の方は……お母さんはぎょっとした後に、私を見下ろして言う。


「迷子?」


「違う!! いとし子様、行かないで!!」


私はすぐさま、お母さんであろう若い美女の隣で、立ち尽くす男の人の足にしがみついた。


「行ってはだめ!! だめ!」


「……君は今日、お参りに来て、おかしなことを言った子だったね」


立ち尽くした彼が、私を布の奥から覗いて言う。そして、柔らかな声で、子供を言いくるめる調子で言う。


「少し羽を伸ばしたいだけなんだよ」


「だったらあなたがどこに行くのか、神官様達は知っているんですか」


「知っていたら羽を伸ばせないだろう?」


「嘘つき!! ここから遠く、青の国に逃げ出すんでしょう!!」


私が大声で怒鳴ると、女の人……お母さんであるリリーが、怪しいという調子で言った。


「ライアス。この子に相談を聞かれていたわ。でなければ場所まで詳しく知るわけがない……でも乗船すれば私達は、この場所から逃げられる」


「そうだね、愛しいリリー。……君、少し動きを止めてもらおうか」


そう言って、お父さんが私に手を伸ばす。私は大声で怒鳴った。


「あなたは家族同然の人達を皆殺しにしてまで、自由が欲しいのか!! 聞いたよ、水神様は恋愛も結婚も認めているって!! あなたが要らないと捨てていくものに、どれだけの命がかかっていると思っているんだ!! あなたに捨てられたあなたの家族が、大人も子供も皆殺しになっても、その選択肢の方が魅力的なのか!! 自由が欲しいというんだったら、代わりを見つけてから正々堂々大手を振ってどっかに行っちまえ!!」


「離してくれ、これが最後の船なんだ」


「いやだ!! 死んでも離さない!!」


「連絡船への通路をふさいでくれ!! いとし子様が家出をする!!」


「ハッサン!! 僕の夢を邪魔しないでくれ!! 雷よ!」


私がいとし子の足にがっちりとしがみついて、何としてでも行かせまいとする間に、ハッサンは待合所の人達に怒鳴り、連絡船へ乗るための通路をふさぐように言っていた。

そしていとし子の家出と聞いて、大人たちも慌てふためいて連絡船への通路をふさぎにかかる。

それを見たいとし子が、悲痛に叫び、手のひらに稲光を呼び出したその時だ。


「ハッサンにそんな物撃たせるか!!」


気付けば私は怒鳴っていて、その手の平に飛びついて、自分に稲光をぶつけていた。


「……!!!!!」


人生で一番の衝撃と痛みとそのほかで、一度食らうだけでも相当な苦しさで、こんなものをハッサンに投げつけようとした、恋と自由に狂っている相手は、正気とは思えなかった。


「君!! 離せ!!」


「い、やだ」


「リリー、船が行ってしまう! 君だけでも行ってくれ!! 大丈夫、後からきっと追い付く!!」


「ライアス!! ……必ずですよ!!」


連絡船への通路が完全にふさがる手前でいとし子が叫び、お母さんが悲痛な声を上げた後に、走り出した。

いとし子を家出させないためにいるハッサンは、お母さんを無視して行かせる。

そして、彼もまた、すぐにいとし子に走り寄り、彼は足にしがみついた。


「行かないでください!! もうじき雨期となり、あなたの祈りが最も重視されるのです!!」


「僕を自由にしてくれ!! いとしご、いとしご、もううんざりなんだ!! 僕が祈らなくても雨は降る!! 他の国では雨が降る!! 僕を閉じ込めて祈りに明け暮れさせて……うんざりしているんだ!!」


「人々の心の支えまでも、あなたは頭から否定するのですか!!」


ハッサンが大声で言う。いとし子は怒鳴る。


「否定するとも!! 僕がいなくても雨はきちんと降る、それが世界の道理なんだ!!」


いとし子はそういって、私を振り回して外そうとし、ハッサンを蹴飛ばして床に叩きつけようともする。

そんな大騒ぎが始まった待合所で、出入り口の方がにぎやかになり、たくさんの大人たちが、アニスを先頭に飛び込んできた。


「事実だった!!」


「いとし子様、ごめん!」


「お嬢さん、ハッサン!! なんて無茶を!」


「祈りの結界に揺れが発生したから、発生した場所に駆け付ければ、いとし子様、黙ってどこに行かれるんですか!」


ハッサンの家族らしき人達、神官らしき人達、武装した人たち。色々な人達が飛び込んできて、いとし子を捕まえる。そこで私は痛みの限界が来て、お父さんの腕から落ちた。


「君!!」


ハッサンがそんな落ちた私を受け止めて、稲光を受けた部分を見て目を見開く。


「ひどい……人間にぶつける魔法じゃない……!!」


「ハッサン、無事か!? ……何だその炭化した傷は!? おい、誰か、治癒魔法に精通した人は!! 急いでくれ!!」


ハッサンの表情とか、私を見た大人の反応とかで、痛みが頂点に達したから、逆に感覚がなくなった私でも、今の自分が酷いありさまだって事が伝わってきた。


「あ、はは……」


でも、やってやった。お父さんの脱走は阻止できた。一度脱走した事があれば、二度目の脱走は難しいだろう、きっと出来ない。

……脱走じゃなくて、一時的な遊学とかにすればよかったのに。外の世界で勉強してきますだったら、この町のほとんどの人は、喜んでお父さんを見送ってくれたのに。

自由を求めて、誰にも言わないで逃げ出そうとするから、こんな面倒な事になるのだ。

恋愛結婚だって認められているんだから、お母さんとも普通に結婚すればよかったのに。

そんな事をいくつも思っていた時だ。


「からだが」


ハッサンは呆然とした声で私に言い、なんだなんだと私が、視線の先である自分の右手を見ると、何と驚いた事に、私の右手から徐々に徐々に、光の粒になって、世界に消え始めたのだ。





過去が変わった。私が生まれる未来が今、消滅したのだろう。


今から自分が死ぬのに、消えるのに、出てきたのは笑い声で、うれしくてうれしくて、けたけたと笑ってしまった。


「あなたはどうして笑うんだ!! 消えさせない、どうすれば……!!」


「私がやりたい事を、望みを叶えたから笑うの」


「やりたい事って、あなたはまだ俺よりも子供で、やりたい事なんていくらでもあるだろう!!」


「あは、は……でも、一番がかなった。……ねえ、お人好しのハッサン、お願い、聞いて」


「聞いてあなたが助かるなら、いくらでも!」


「あなたは家族と幸せになってね。約束だよ、あなたに幸せになってもらいたくて、ここまで来たの」


「絶対に助かってくれ、そしてその理由を聞かせてくれ……!! 消えるな、溶けていくな、どうして、どうして!!」


ハッサンが目を見開き、私の体を世界に消えさせまいと押さえつける。

でも、彼の指から私だった光の粒は消えていく。

最後、必死に彼がつかんだのは私の左手で、いつかの昔に、私に水神の雷結界をつけてくれたその場所だった。

彼が震えている。早く治癒魔法使いを、と怒鳴る世界を最後に、私は笑顔だけを残そうと、思い切りハッサンに、一番の笑顔を向けて、意識が消え失せた。











じゃらりら、という音とともに意識が覚醒する。

次に目に入ったのは、奴隷を運ぶ運搬の馬車の中らしき世界。


「……あれ……」





私は、消え失せたんじゃなかったのだろうか?




これ以降の話はタイトルと合致しなくなるので、新シリーズとして新しいタイトルで執筆いたします!! 

乞うご期待!! たぶん……


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