2 真実は驚天動地
「お前はどんな内装が好ましい」
いきなり、というか。だしぬけに、というか。
いきなりそんな事言われてもわかりゃしないでしょう、という視線を向けると、私の夫は何か図面を抱えていたわけで。
「内装って……ついに私の個室でも用意するの? 今まで、個室は作らないって言っていたのに」
個室を作ってほしいと数回言っていたけれど、それに対していつもこの夫と来たら
「この城に個室は作らん」
とやけに力強く断言していたので、この人は私を自室とかではそばに置いておきたい、若干面倒くさい情緒の人なのだな、と思っていたのだ。
一族の女の子達とか、この前の宴で出会ったおばば様とかが、
「あの人の側にいてくれる女性が現れるのは、一族の悲願の一つだった、来てくれて本当に感謝する」
といった言葉をいくつも言ってくれたものだから、この人は十一歳くらいで王位を継いだわけだし、それ以降まともに人間と顔を合わせて喋れなかった事も相まって、内面は滅茶苦茶寂しがりなんだとも、思っていたのだ。
他に私の考え付く事がなかったとも言える。
客観的に見ると、溺愛系とか言われるかもしれないが、ううん、私を対象って考えるといかんせん……溺愛系とかじゃないよね、っていう着地点になったわけだし、さ。
こんな事を頭の中で一周させて、夫の言葉を待っていると、彼はあっさりとこう言い放ったのだ。
「お前の離宮を増設するからな」
「……はい?」
一度聞いても何をおっしゃっているんだかさっぱりわからない、そんな中身が聞こえた気がする。
目をぱちくりとさせて、相手をまじまじと見て、私は聞き返す事にした。
「何を増設するって……?」
「お前が生活する離宮だ」
「いやいやいや、なんでそんな物いきなり作るの!?」
「不満なのか」
「そこに至る理由が全く分からないのよ……いや、個室は作らないのに、建物を一から作るっていう時点でもはや異次元」
「……お前の暮らしていた地方では、そういう婚姻の風習がないのか」
「逆に聞くけどその、離宮というか、……結婚したら建物を作るのって、こっちで当たり前の風習なわけ?」
彼は何を言い出すんだ今更、という目をしたから、ああ間違いなくこれは風習の一つだわ、と私は察した。
それでもしっかり中身を聞きたかったから、執務室の机に座り込んでいるその人の横に、ひょいと座って袖を引っ張って、こっちに集中させて問いかけた。
「一から話してくれないとわからないわよ。こっちでは、結婚したら家を建てるのが一般的なの?」
「そうだ。婚姻を結んだら家を建てる。かなり貧しい家でもそうだな、あばら家であっても作るものだ」
「土地足りなくならない?」
「祖父母の家を新しく作り直す形をとる夫婦もいる。親と同居を選ぶ夫婦は建物を二階建てだのに増設して夫婦の空間を作る」
「まあそれで……こっちで問題なく回ってるなら、そんな誰も気にしないんだろうけど……でも離宮とか規模大きすぎない?」
「俺は王だぞ」
「いや、それなら個室だけでよくない?」
「そういう話でもないな。何せ十六年この城の、後宮ともいえる離宮部分は誰も足を踏み入れないものだから、劣化が激しくてな。いい加減取り壊すなりなんなりしろと、長老だのおばばだの建築士だの四方八方から、せっつかれている」
「だから都合がいいから私の離宮作っちゃおうって……?」
取り壊した後に何を作るかって考えて、そこで私という妻の離宮を作るっているスケールの大きさに頭が痛くなりそうだ。
これが王様の考え方なんだろう。わたしにはちょっとついていけない部分かもしれない。
でも……そうだな……気を取り直して、好みの内装とかそんな話になるんだったら……
「離宮というよりは、俺とお前の新居だな」
「そんなあっさり」
「構わないだろう。王が妻と過ごす空間を作る程度の事だぞ」
「それで皆いいって言ったの……」
「俺が妻と私的な空間を作ると言ったとたんに、あちらこちらが雄たけびを上げたな」
「雄たけびを上げるって何してんの、お役人……」
「お前が何日で、俺から逃げて離縁するかで、賭け事をしていた連中がいたらしい。こってりと上司たちに怒られていたな。雄たけびを上げたのは、離縁しないでいつくほうにかけた者たちだったそうだ」
「王様の私生活で賭け事しちゃうって、……なんか頭痛くなってきた」
「賭け事の対象になるほど、俺と夫婦生活や夫婦生活という字面が合わなかったというだけだろう」
さらりと大した事じゃないという口ぶりで言った後、彼はこう言った。
「話を戻すぞ。俺と暮らす家でお前は何を望む? よほどの無茶でなければ叶えられるぞ」
彼の瞳が面白がっている。私が何を言い出すのかを、楽しみに待っている瞳だ。
口元とか、無表情なくらいで、全然変わらないのに。眼だけでわかるものって多いんだな。
「狭くていいの。狭くて、お互いの気配が感じられるくらいの建物で、でも寝室は別がいいわ」
「気配がわかるのに寝所が別なのか」
「だって、大喧嘩した後に、顔も見たくないし頭も冷やしたいのに、同じ布団で寝るってやってられないでしょ」
「そういう物なのか」
「それに、誰だって一人で考え込みたい夜ってあるでしょ。どこでも一人になれないっていらいらするじゃない」
「なるほど。そういう事か」
言いつつ彼は、用紙にさらさらと何かを書き込んでいる。
「その要求は叶えられるだろうな。ただ……建築士たちが妙に気合いを入れて、お后様の離宮を! と大騒ぎしている分、狭いかどうかは断言できんが」
「……なんで建築士の人たち、そんなに私のために気合い入れてるような事言ってんの」
「お前が、救国の王の、救国の妃だからだろう」
「ちょっと待て、なんだその通り名」
「水神の声は国中に轟いたらしいな」
私は数秒沈黙した。あの、よく分からないけどすごい力を持っている声が、国中に響いたっていうの!?
あの、私がめちゃくちゃこの人を愛しちゃってるみたいな事を、さらっと言った声が!?
「……」
私は無言で顔を覆った。いや、想定外すぎたのだ。
「あの声のために、俺が命がけで毎年雨乞いを行っていたと国中の民に知られてしまった。それだけでも民衆は、俺の人気を跳ね上げたらしいが、お前に対する人気の具合はそれを越えて信仰の領域だぞ」
「信仰……いや想像つかない」
「命を懸けて、毎年水神の怒りを受けて雨を呼び続けた王。そしてその王を愛し、水神の怒りを解き、死の砂漠に命をよみがえらせ、枯れた水源に再び飲み水を呼び戻した王妃。聞けば俺たちの人気は相当らしいぞ」
客観的に見ると、私達はそんな事をしていたのか。いやそれってもう……私はこの人にだけすべてを背負わせたくなかったけど、結果的にそういう事になっちゃったのか……
人気が爆上がりしたって奴なのだろう。
「各地で今、お前に捧げる貢物が用意されているらしい。建築資材で知られた地域では、王族ですら滅多に使用できない資材を用意している話も出ている。発掘と採掘で名をはせている地域はもっとすごいぞ。そのうち持ってくるだろうからな、お前も全部見るといいだろう。気絶するかもしれないがな」
「私……国を救いたかったんじゃないのに」
「作家や戯曲家が大賑わいだそうだ。国すら救う愛だの、運命の二人だの、俺とお前でそんな寒い字面の戯曲や小説が出来るのか、と真剣に聞きたくなるがな」
私がうめいているのが面白いのか、夫の声は面白がっていた。
そしてさて、と話を戻すのか変えるのか、こんな事を言い出した。
「お前の希望も聞いた事だ、すぐ建築士たちに話を回す。離宮が完成するまでの間に、夫婦という物は旅行に出かけるのが習わしだ。どこにお前は行きたい。エーデルワイス」
私はそれを聞いて沈黙した。
いや、今この人、何て言った?
「妙な顔をしてどうした。お前の正式名称を呼んで何か不具合があるのか」
「私の名前じゃない」
「は?」
「え?」
私と彼は顔をを見合せて、彼はものすごく真面目な表情で問いかけてきた。
「お前は、正式名称を、エーデルワイス・ダイアナ・スプリングフィールドではないのか?」
「何も合ってない!?」
彼の言葉に私が叫ぶと、彼はぼそりと言った。
「どういう事だ……?」
「私もどういう事だって感じよ!? あなた人違いをずっとしていたわけ?! というかあなた何を私に隠してたのよ!? この際だから全部話せ! 教えてくれなきゃ離婚してやる!」
「そこで離婚を盾に取るな。言わんでも構わない事だと思って来たが……仕方ない」
そう言って、彼は静かに説明を始めた。
自分にはエーデルワイス嬢との縁談が持ち上がっていた事。何せ目を合わせた女性がすべからく失禁する顔なので、書類だけで決定するのは相手にとってひどい話だと判断した事。
一度名前などを何も出さずに顔を合わせて、相手が無理な様子だったら、失礼のないように縁談を破棄する予定だった事。
お姫様学校で案内された、自分の縁談相手のいる場所が、あの北の塔だった事。
そこに一人生活していた女の子が、縁談の書類通りに、赤毛で茶色の瞳をしていて、名前を聞くとエーデルワイスの愛称であるエーダを名乗った事。これらから縁談相手のエーデルワイスだと判断し、
「俺を見ても笑う女が、苦しんでいるならばさっさと連れて行こうと思ったわけだ」
「……いや勘違い凄くない? なんで縁談相手がいれか」
言いながら、私は記憶の中で、転がっていく学校の関係者の人たちを思い出した。
階段を転がり落ちていく女性たち。中身が散らばった封筒。
あの時、中身を全部、確認したっけ……?
もしかしてあの時に、私と、エーデルワイスさんの書類の一部が入れ替わっていて……だから?
「何か知っているのか」
「入学する時に、階段から、書類を持っていた人たちが転がり落ちて……中身がたくさん散らばって……」
「なるほどな、その偶然で書類が入れ替わったか」
彼は納得した様子だった。
私は別の人だと思われて、この人に求婚されて……結婚してしまったのか。
結婚証明書にも、家の名前を捨てたつもりだったから、エーダとしか書かなかったから、あの時の時点でも、勘違いを訂正は出来なかったんだろう。
選ばれていたのは私じゃなかった、という思いが胸をよぎった時だ。
ぐい、と彼が私の体を引き寄せて、顎を掴んで、目を見て、言い切ったのだ。
「俺が選んだのはお前だ、エーダ。名前なんぞは間違えたがな、中身も魂の形も、お前だからこそ俺は手を伸ばし、妻にと急かしたのだ」
「……今更、エーデルワイスさんじゃないから、離婚するとか、言わない?」
「俺が逆に馬鹿だのなんだのと失望されて、離縁される可能性は頭にあったがな」
「……私あなたじゃ無かったら、誰も夫って呼びたくないわよ」
ぼそぼそと言うと、彼が目を丸くした後、静かに言った。
「変な所で煽るな。ここが寝所でなくてよかったぞ」
押し倒していた、と彼はかすかに笑ったのだった。
「にしても俺は運がいい」
「なんで? 縁談相手取り違えてたのに?」
「取り違えで、最も得難い妻を得る事が出来たわけだからな」
言われて顔が真っ赤になった私は、ふとある事が気になった。
「故郷で私どうなってるんだろう……」
「気になるのか」
「いや、勘違いって、誰が気付いてるんだろうって……こっちまでそういう、私を帰してほしいとかそういう、書状届いてないでしょ? もしかしたら誰も気付いていないんじゃ……」
「俺もここに至るまで気付かなかったからな、齟齬がなかったせいだが。……だが向こうは縁談だのなんだのがあるはずだ。気付いて、水面下で大騒ぎをしているのではないか」
「……ちょっと故郷のお世話になったギルドに行きたいかも。ああいった所って、色んな話が流れて来るから、王宮の騒ぎもたまに流れてくるのよね。それに……」
私はちょっと夫を見てから、またぼそっと言った。
「母さんが怒ってなかったら、夫の紹介、したいかもしれない。……やっぱり一人しかいない母親だもの、結婚おめでとうって、言ってほしいかも」
「俺にはわからない情緒だな」
「そうなの?」
「俺は十六年前に親も妹も弟も死んだ身の上だからな」
「……そうだったの」
いきなり重たい物が入ってきたけど、親とか家族が死んだって話は、結構あちこちに転がっているから、そこまででもないのかもしれなかった。
でも、この人は誰からも恐れられていて、恐れなかっただろう家族すら十年以上前に失っていたのか、と思うと、少し胸が痛いような気がしたのだった。




