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第三章突入します!
どうして、あの子は、私を置いていなくなっちゃったんだろう。
元お針子見習い、現お姫様の侍女であるシャルロッテにはどうしても納得がいかない事があった。
それは、お姫様もとい、親友と信じて疑わなかった相手である、エーダが一人、いなくなってしまった事である。
それを知ったのは、あの運命の舞踏会の翌日の昼で、シャルロッテはエーダが帰ってくるのを一晩中待とうとして、しかしもともと睡眠欲求の強い体質のせいか、待つために座っていた長椅子に寝転んだ状態から、やっと目が覚めてしかし、エーダが来た気配がまるでない現実に気付いたからである。
無論シャルロッテはすぐさま、エーダに与えられている劣化した高い塔の中の、エーダの居室に上がっていき、息を切らせて中を確認した。
だがそこには何もなかったのだ。エーダが帰ってきたという形跡が欠片も見当たらず、そこはシャルロッテの与えられている侍女の部屋以上に古くて、お姫様どころか虜囚が暮らすような有様の場所だった。
あまり明るい時に、部屋まで確認に来なかったからだろう。明るい昼の光の中で見ると、入学した時に確認した時以上に、部屋はぼろぼろだった。
あの時は空が暗かった。曇りだった。そのせいだ。この塔は北側の端にあり、常日頃から薄暗く、虫が怖いシャルロッテは、今まで、隅から隅までは確認しなかった。
その後に来る時だって、ランタンの明かりがなければ、運が悪ければ手元さえよく見えない、そんな暗い部屋なのだ。
だから、今、あまりのあり様に、絶句して、それでもエーダが帰ってきていないか、どこかにいないか、一生懸命に探したのだ。
しかし部屋にはいなかった。じゃあどこに。
シャルロッテが薄暗く、上に上がれば上がるほど朽ちていく階段を、慎重に下りていくと、どうしてか、シャルロッテの侍女部屋の前に、荷物を運ぶ人々が集まっていた。
「あの?」
「ああ、シャルロッテさん。あなたは今日お帰り頂きますよ」
「どうしてですか、あの、エーダ様は、そうです、エーダ様が見つからないのです!! どこに行ったのかご存知ではありませんか!?」
シャルロッテは、荷物を運搬する人々が、良からぬ対応をしないように見届けている、学園長に縋りついた。あまりにも必死な有様で、泣きそうな顔で叫ぶように言った少女に、学園長は優しい声で告げる。
「あなたのお姫様は、どこかの人間に一目ぼれをしてついて行ってしまいましたよ。それにしてもひどい姫君だったのですね、侍女に説明もせずに自分だけなんて……やはり、手紙に書かれていた通りに、ろくでもない性根の少女だったようですね。あなたに言うのも残酷ですが、あのような少女が、姫君と名乗り、この学校に入っていた事は汚点ですね」
「エーダ様はそんな事しません!! あの人は、あの人は!!」
シャルロッテはあまりの言い方に、興奮して叫ぶ。エーダが無責任でろくでもない? 冗談じゃない、親友はそんな性根じゃない。だって、だって。
ろくでなしだったら、あの日、自分がリリーさんの娘だと勘違いされて連れて行かれ、そして両親に大金が入った時に、否定して暴れまわらない。
面倒事だけを避けて、見て見ぬ振りする人だったら、結婚式で、自分を助けるためにナイフを投擲して、前に立ってくれたりなんかしない。
なにより。
「あの人は私を守ってくれる人でした!! ろくでもないなんてあんまりです!!」
「守ってくれる……? ああ、なるほど。確かに今でもあなたを守っていますね」
「え?」
「あなたは何も知らない。教えてもらっていない、書置きすら残されていないで捨てられている。あなたをどうこうして、あのお姫様もどきの行方を喋らせようとする人々から、守っていますね。何も知らないというのはある意味、鉄壁の守りにもなるのですから」
捨てられている。学園長の言ったその言葉に、シャルロッテはへなへなと座り込んだ。その間も豪華な荷物は全て詰まれて、運ばれていく。
主の裏切りに衝撃を受けている侍女、といった健気なシャルロッテに、学園長は優しい声でこう言った。
「次の主は、もっと心正しく、立派なお姫様になりますよ。入学二週間で、駆け落ちしていなくなるお姫様なんて前代未聞ですからね」
そうして、衝撃で頭が回らない状態のシャルロッテは荷物とともに、エーダの母、リリーがいる海辺の街に戻り、知らないながらも事実を語り、リリーは呆気にとられたのだった。
「……色々調べますね」
シャルロッテが衝撃のあまり、真っ青な顔で必死に立っていたからだろう。リリーは彼女に監督不行き届きなんて事は言わずに、学校に連絡を取ったのだ。
そして発覚したのは、入学書類の一部が、同日に入学したお姫様と入れ替わっており、その御姫様が受ける待遇を、エーダが受ける事になっていた事、更にはエーダが学校で出会うはずだった縁談の相手の吊り書きも、入れ替わっていたのだ。
同日に入学したエーデルワイスの母親は、無論とても立派な姫君だった。
だがその娘のエーデルワイスは、父親の血が一切感じられない姿をしていて、血統を父から疑われて、辛く当たられていたのだという。
更に母も、不貞を疑われる羽目になった原因の娘に対して、酷な事ばかり行っており、実父実母から、エーデルワイスはひどい扱いを受けていたという。
そのひどい扱いは学校に入学する際の手紙にも表れており、入学する娘はろくでもない娘だから、厳しく質素に躾けてほしいという旨が書かれていたのだ。
その手紙に固有名詞が書かれていなかったことも災いし、入っていた封筒の主である、エーダこそそのろくでもない娘だと、学園長および関係者すべてが判断してしまったのである。
さらに入学早々にエーダが、不慣れなためにしつけのなっていない振る舞いを見せた事も、少女がろくでもないのだと周りに認識させる事に一役買っており、誰も手紙が入れ替わっていた事なんて思いもしなかったのだ。
そして本来、エーデルワイスの吊り書きの相手である、砂漠の魔術王の異名をとる恐ろしい男とエーダが偶然舞踏会で接触し、男は吊り書きの情報である赤毛に茶色の瞳の少女という情報で、エーダを縁談の相手だと判断し、気に入って連れて行った事まで明らかにされたのだ。
エーダが、エーデルワイスの愛称だという事も認識違いを強めた原因だろう事は明らかで、学校はあまりの事に大騒ぎになり、学園長は責任を追及されて辞任する事になった。
更にエーダに対して、姫君以前に人間にする事としてはなかなかひどい事をしたという事で騒ぎが起きており、王国のもっとも麗しい白百合、リリー公の一人娘に対してひどい事をした生徒たちは、復讐を恐れて戦々恐々と言うありさまになっているのだとか。
本来ならばここで、エーダを帰してほしいと東の砂漠の国に訴えるべきなのだが、ここで大きな問題がさらに起きており、エーデルワイスの母国は、エーデルワイスを差し出す代わりに、神宝石と呼ばれる、東の砂漠にある鉱山でのみ採掘される、極めて美しく、魔力を込めれば持ち主を守る力を発動させる耐久性のある、貴重な宝石の輸入を優先するという取り決めをしていたのだ。
そして東の砂漠の国も、エーデルワイスの国も、エーデルワイスが無事に嫁いだのだという認識でいたため、この取り決めは使用されていて、国対国の問題に発展してしまって、迂闊な事が、一介の領主であるリリーにはできない状況となり果てたのだ。
リリーは自国の王などに話を通し、エーダを帰してもらえるように、と動いているわけだが……エーダ自身が自ら砂漠に行ってしまった事から、またいろいろややこしいのだ。
いっそ神宝石の優先権をこちらに渡すようにしてもらえるのでは、等という利益なども絡みに絡み、もうシャルロッテがついていける世界の話では、なくなっていたのだ。
「シャルロッテ。あんたいい加減に食べなさい」
母が呆れた声でいう。シャルロッテは小さく言う。
「いらない……食べたくないの……」
「あんたが倒れても、もうエーダは駆けつけてこないかもしれないよ。物理的に」
「だって……だって……」
シャルロッテは泣きそうな顔になった。
「エーダちゃんは私に黙ってどこかに行っちゃったりしない……」
「……まあ、あの子も相当な理由があったんだろうけれどね。でもあんたが食べないと、会った時に心配されるだけだよ、ほら、一口だけでも食べておきな」
母がパンにチーズをのせた物を皿に乗せて、とっちらかったシャルロッテの自室の机に置く。
シャルロッテはうつむいて、何も言えなかった。
「あの子は黙って、皆が心配するような事をする性格じゃなかったんだけどねえ、うっかり男の口車に騙されちゃったのかねえ」
おかみは愚痴のような物を、夫に言った。夫は帳面を眺めていた顔をあげて、問いかける。
「シャルロッテはどうだい、まだ食事をする気にならないかい」
「相当落ち込んでてね」
「……エーダの事だが……」
「何か情報が入ってきたとかいうんじゃないだろうね?」
「そうじゃない。……思うにエーダは、初めて自分の意思で、自分のしたい事を決めたんじゃないだろうか」
旦那の言葉に、おかみは目を見開く。意味が全く分からなかったのだ。
「エーダが初めて自分のしたい事を決めたって、なんだいそれは」
「女二人は気付かなかったのかい。……あの子は、ここにいる時いつでも、いつか捨てられる可能性のせいで、私達に嫌われない言動、行動をとり続けて来ていたんだ」
「あの子がそんな風に思っているなんて……」
「近いから気付かなかったのかもしれないな。……少し離れている私が見ると、エーダはお前に嫌われないように、汚れる仕事を進んで行い、下働きのような仕事も喜んで引き受け、そしてシャルロッテを守る騎士役を演じていた」
「そんな……」
おかみは想像もしなかった事に、言葉が出て来なかった。確かに、色々な面倒な仕事を頼んでも、エーダは笑って請け負った。汚れても疲れても、時間がかかっても、エーダは働いたのだ。
働き者の子だからだと、おかみは思ってきていたのに、それは全て、捨てられる不安からの行動だったなんて。
「そして母親が見つかってからは、想定もしない生活で。お姫様の生活が、下働きやギルドでの乱暴な事まで体験しているあの子にとって、楽なものだったとは思えない」
旦那は水を飲みながら続けた。
「そうして果ては、エーダの苦手な女の園で、孤立無援の状態で、手紙の入れ違いで待遇は最悪……学校環境もあの子にとっては最悪……そんな状況下で、攫ってくれる男に希望を見出して、ついて行くという、全てを捨てる選択肢を選んでも、私はちっとも驚かない」
旦那はそこまで喋って溜息をついた。
「あの子は初めて、環境や人のしがらみや、色々なものを越えて、自分の感情だけで動いたんだろうとは、思うんだ」
家には沈黙が流れてしまっていた。
そんな時だ。
こつこつ、と扉が叩かれて……おかみが対応に出て、目を見開いたのである。
「あ、あ、あ……」
「おかみさん、静かにして! ちょっと今騒ぎを起こしたくないの!」
言葉を失ったおかみの目の前で、叫んでいるのにものすごく小さな声という芸当を行っていたのは、たった今話題になっていた、元居候とそして。
「俺はここで待っている」
見上げるほど背の高く、体格のいい、深くローブを頭から被った男だった




