22 雨乞いは明日
一族の女の子たちと、行動を共にして一週間くらい経過したある朝の事だった。
「いよいよ明日、雨乞いの儀式が行われますね」
すっかり東屋で喋るのも慣れてきた時、そんな事を言ったのは、一族の女の子だという、アヤさんだった。それを聞いて、他の人たち……マーヌールさんやサラさん達が、あ、しまった、という表情で私を見た。
明らかに何か隠されている態度だった。
「雨乞いの儀式って、どんな風に行われるんですか? 儀式っていう暗いだから、とても大掛かりな事をするんですか?」
「雨乞いの儀式は、王が一日潔斎を行い、それから水神の枯れ井戸まで向かい、行われます」
「井戸に行うんですか?」
井戸って……結構庶民的な場所ではないかと思うのに。神殿とか、聖地とか、そこで祈るならともかく。井戸……?
「井戸は異土と同音異義語でしょう? 水神の暮らしていらっしゃる、異界へ通じる神聖な場所とも言われているんです。そして水神の枯れ井戸は、この国最初の井戸で、とても歴史があるんですよ。そのため、そこで行われるんです」
「枯れているのは何か意味があるんですか?」
「十八年前まで、そこは永遠に枯れない井戸と言われていたんですよ。そのため、とても聖なる力を持った井戸だと皆が思っていたのです」
「なのに枯れてしまったんですか……? 水脈が変わったんですか?」
「……」
彼女達は話していい物かどうか、という顔をした。その時ふと、私はあの男が言った言葉を思い出した。
神の寵児が、神を裏切ったという話を。
もしかして……水神を裏切ったの?
「あの、王から聞いたんですけれど……神の寵児が、神を裏切った事と関係が?」
「ああ、それをご存じなのですね? ならお話しできます。……十八年前に、大陸全土に影響力を持っておられる水神を、水神の寵児が裏切り、水神は人々に背を向けられました」
「そして裏切られた事に深くお怒りになった水神は、人々から水の恩恵を取り上げました。しかし、この砂漠の王になった者が雨乞いの儀式を行う事で、かろうじて、水を与えるようになったのです」
「辛うじてだからでしょう、この砂漠は年々渇いていくのです。砂漠はもっとも神の嘆きを受けている場所。王が雨乞いの儀式を行い、なんとか国として維持されているのです。事実オアシスは日々水が減り、川は干上がり、豊かな土だった場所は死の砂に変わっていくのです」
「そうであっても、王が雨乞いの儀式を行わなければ、大陸全土が死の砂漠になると、学者たちも神官たちも判断しており」
彼女達は自然と息をそろえてこう言った。
「王は救国の王と皆思っているのです」
「なのに、皆あの人が怖いの?」
自然と問いかけてしまった。それだけ人々を守っている男が、怖がられて恐れられているのはどうして。
普通尊敬されて、好意を寄せられる物ではないのか?
それか英雄視されたり神格化されたり。
故郷ではそれで、銅像立ったりしてたけど。
「……王は」
アヤさんが大事な事を言いかけた後、それをマーヌールさんが止めた。
「王がお話になられていない事を、迂闊に話すわけにはいかないわ。王はエーダ様に、きちんとお話する時期を待っていらっしゃるはずだから」
「そうね……王とエーダ様の間の事に対して、一族の女は口を出すわけにはいかないわ」
サラさんもそれに同意する。そしてこっちを見てきた。
「エーダ様も、王に関するお話を、第三者の私達から聞くよりも、王自ら聞く方が、良いでしょう?」
……よっぽどの事をあの男は黙っているらしい。うっかり聞くのを忘れていた私が悪いのか、自分から話さないあの男が悪いのか。
何とも微妙な問題だけれど、聞かなくちゃいけないのは私の方だろう。
あの男、聞かれなかったら喋らない事、結構ありそうだしさ。
「雨乞いの儀式を、皆さんも詳しい内容を知らないのですか?」
それに対してはいったん脇に置いて、三人が雨乞いの儀式の中身を、知っているかが気になったので問いかけると、三人は顔を見合せた。
「あなた、ご存知?」
「水神の枯れ井戸で行われるところまでは」
「私もよくは知らないです……儀式のさなかに、空雷が大量に鳴る事は、皆知っているでしょう? そこまでですね」
「見に行ったりしないんですか? 結構儀式って一般市民が見る物多いでしょう?」
「雨乞いの儀式だけは、どの儀式よりも格の高い物だという事で、一部の神官と長老たちくらいしか、見届けないのです」
「そのため、私達までどのような中身かは聞かされないのです」
「お役に立てなくて済みません……」
秘匿された儀式……なんかいよいよとんでもない物のような気がして来る。
あの男に聞けば、中身を教えてくれるだろうか。
言えない中身の時は仕方がないけれど、言いたい事を言っていいなら、それもいいだろうという安心感が、あの男と私の間にはある気がする。
そんな事を思っていた矢先だった。
サラさんが、言いにくそうに言ったのだ。
「雨乞いの儀式が問題なく執り行われた後、王は半月ほど、誰とも会おうとしないのです」
「食事とかは?」
「卓に置いたものを、お一人で召し上がるのです。その間も姿を見せて下さらないです」
「寝所の前の部屋は、咽るほど血の匂いがするって兄さまがおっしゃっていましたけど」
「アヤ、あなたのお兄様はだから、お喋りに過ぎると皆に言われるのですよ」
「雨乞いの、儀式で、どうしてそんなに血の匂いがするようになるんです?」
理解できない事を言われて、信じられないという思いから聞くと、三人は各々、困ったり悩んだり、苦しんでいる顔をした。
「王は何もお話にならないのです」
「私達の前に現れる時、王はもう通常通りのお姿を見せるので、聞けないんです」
「聞きたくとも……あの目を見ようとすると、心臓が凍り付いたように恐ろしくなるのです」
……三人とおしゃべりしている場合じゃないのかもしれない。私は立ち上がった。
「ねえ、あの人は今、どこにいるのか知っていらっしゃる?」
「こちらです、案内しますか……?」
「お願いします。……聞かなくちゃいけない事が、こうも並べられているのに、夜まで待っているほど、のんびり屋じゃないんです、どっちかと言うと私、せっかちな方なので」
「わかりました。こちらです」
三人が頷き、彼女たちの案内で、私は初めて、王の寝所とかその周辺から、城内を歩く事になったのだった。
城内はレンガ造りで、乾いた国独特って感じのする建物で、そして通気性がよかった。
そりゃあ密閉空間を砂漠で作ったら、暑すぎてやってれらないけれど、日影がなかったらもっとやってられないだろうから、いい塩梅ってもので作っているのだろう。
その中を進んでいくと、レンガに彫り込まれた模様が細かくなっている場所が増えてきて、
三人がとある扉の前で止まった。
「失礼いたします」
優雅な仕草であいさつした三人に合わせて頭を下げて、室内の方を見ると、そこでは王と神官らしき背格好の数人が何か打ち合わせをしていた。
「王、エーダ様が至急お話がしたいという事で、ご案内しました」
「……何だ」
神官らしき人達が、こっちを見て驚いている。そりゃ、私は今、女の子なのか男の子なのかわからない身なりをしている自覚がある。どっちともとれる見た目って奴だ。
そういう人は一定数いるって、一族の女性たちが太鼓判を皆で押すものだから、おかしいとはこれっぱかりも思わないけれどね。
私はずかずかと、かなり無遠慮な歩き方かもしれないけれど、大股であの男まで近付き、その顔を思い切り見上げて、問いかけた。
「雨乞いの儀式で、すごい血の匂いを漂わせるって聞いたんだけど、あなた何してんの」
「今言わなければならないか」
「言ってほしい。つうか、言え。もっと雑に言うと」
私はそう言いつつ、なんだかわからない怒りに似た苛立ちに体と頭を支配されて、王が書面とかを持っているのを十分に理解しつつ、その服の胸ぐらをつかみ、思い切り自分の引き寄せた。
「さっさと吐け」
思ったよりもどすの利いた声になった。女の子達が呆然とし、神官らしき人達が唖然とするのが、目の隅に見えていたけれど、男の方だけに集中した。
男の、溶岩の温度で流れる黄金をたたえた瞳が、私をじっと見ている。私は負けるものかと睨み返した。喋るまで、手を離す予定はない。
「うそ……」
「あんな態度が出来る人初めて見た……」
「エーダ様って何者……?」
女の子達の小さな声。
「あり得ない……」
「どうしてだ……」
「何故……」
女の子達以上に、信じられないという驚きを隠せないのは、神官らしき人達だった。
王は彼等と彼女達を横目で見た後、全員にこう告げた。
「妻に話をしなければならない。お前たち、一度下がれ」
「王、儀式の事はまだ終わっておりません……」
「妻は話をするまでこの体勢を続けるぞ。お前達が落ち着いて話など出来まい」
「……」
男の言葉は事実を指摘しただけだった様子で、私と男以外が、いったん退室した。
そこでも私は油断せず、がっちり胸ぐらをつかんだまま、目を合わせたまま聞いた。
「もう一回聞くけど、あなた血の匂いを漂わせる何をしているの、雨乞いで」
「明日の儀式が終わってからでも遅くないだろう」
「遅いよ。だって終わったら、あなた血の匂いを漂わせて、部屋にこもるんでしょ。誰にも会わないようにして」
「お前に迷惑はかけない。毎年の事だ」
「私、世紀の大馬鹿って奴じゃないのよ。だからいくつかの事から事実を導き出すって事も少しは出来るの。あなたが人柱だっていう事と、雨乞いと、血の匂いをさせてこもる事って、関係があるんでしょ? あなた何してるの」
「……」
彼が、思いっきり顔を歪ませた。滅多にないだろう表情筋の動きって感じだった。
「雨乞いの前に喋りすぎたな」
「喋り過ぎたなら、ここで盛大に吐け」
「……ならば、儀式を止めないと誓ってもらわなければならない。俺は雨乞いの儀式を、中断させるわけにはいかない」
「それは」
誓えない。この人が何かものすごいとばっちりを食らっているのを、ただ黙って認める事はきっと、彼に馴染みだして、彼の隣に居たいと思う私にはできない行為だったから。
そんな私の感情なんてまるで見透かしきっているように、彼が言う。
「誓えないのならば、まだ教えられない中身だ。明日の儀式の後に、全て話そう」
「いやだ。今話して」
「まるで駄々っ子だな」
「うるさい。あなたが吐かないのが悪い」
「明日が終われば話すと言っているだろう」
「それじゃ遅いって言っているのに、どうして伝わらないの」
「ならば、手短に言うぞ。雨乞いの儀式は」
その続きを聞き終わった次の瞬間、彼の瞳が一層強い光を放って、何かの紋様が瞳に浮かび上がって、その中身に対して怒鳴ろうとした私の意識は、真っ暗に染まった。




