21 深まる疑問、近付く儀式
一週間が経過して、私はいよいよ、この国のあれこれとか常識とかを理解するために、一族の女の子たちと行動を共にする事になった。
同年代の女の事の行動、と言うとお姫様学校のあれこれしか経験がないので、大丈夫か心配になったものの、驚くくらい皆親切だった。
なんか裏にありそうな位親切で、あれでいいのかを男に聞いたところ
「お前が俺の妻になるから、ありがたいと思っているんだろう。俺の妻というのは、一族の女たちにとっては貧乏くじもいい所だからな」
「私、貧乏くじ引いたつもりないんだけど」
「それはお前が、俺を見てもおかしな事にならないからだろう。他の女たちをよくよく見ていればわかるだろう、誰もが俺を見て怯えている」
「うん、結構みんな顔色悪いし、びくびくしているし、怖がってるけど……あなた何でそんなに、怖がられてるの? 素手で人を殴り殺したとか、そんな物騒な過去があったりするわけ?」
下手すると、すれ違うだけで真っ青になってよろめく人までいるくらいだ。
いくらなんでもって思うから、もしかしたら相当物騒な過去があるのかもしれない、と思って聞いてみた。
「突拍子もない事を言い出すな、お前はそれを見た事があるのか?」
いきなり何を言い出すのだって調子で問われたから、素直に答える。
「ギルドの受付嬢ってね、色々見るのよ。ギルドの中で血みどろの大喧嘩する冒険者とか、相当数いるのよ? ガタイのいい格闘家が、剣士をぼっこぼこにして、その場にいたギルド構成員たちが全力で押さえ込んで、なんとかしたとか、そういう話には事欠かないの」
「黄金の牡牛亭はそんなに物騒だったのか? 見た事があるが、まともに機能しているギルドのように思えたが」
「へえ、王様なのに入った事あるんだ。王様がお忍びって結構すごい行動力ね」
まあ、自国の王様がこっそりギルドに依頼するっていうのも、たまに聞く話だから、行動力がすごいってだけかもしれない。
「探し物があったからな。黄金の牡牛亭に所属している部下の話を聞くために、向かった事がある」
「ふうん。あなたみたいな人を見ていれば、私も覚えている気がするけど、ギルドだと結構馴染むのかもね。そのガタイの良さ」
「だろうな。一国の王としてはかなり目立つ見た目だが、冒険者というくくりの中で見れば、少し背丈が人より高い程度だ」
「……その圧力と覇気でそれは、ちょっと言い過ぎだと思うけど。で、質問に答えてよ。あなた人を殴り殺しかけたとか、あるわけ?」
「今の所はまだ経験がないな」
「じゃあ何で、皆怖がるんだろう。ねえ、ちょっと屈んで、顔をよくよく見せてよ」
どうしても、彼を怖がる皆を納得できなかった私が、彼の衣装を掴んでねだったら、彼は自然に背中を丸めて、屈んでくれた。
その顔をじっと見て、顔から体をじっくり見て、最後にやっぱり、すごく特徴的な流れる黄金の双眸をじいっと見て、やっぱり納得がいかなかった。
「私の感性がずれすぎただけ? あなたは迫力があるし覇気も相当だし、普通の人とは思えない感じはにじむけど、顔を見ただけとか、目を見ただけとかで、失禁したり悲鳴をあげたり、気絶したりする相手じゃない気がする」
「……」
彼は私の言葉を聞いて、少し考えたように目を細める。そうすると機嫌が悪そうにも思える顔だけど、ただ考えているだけだって、伝わるのだ。
やっぱり女の子たちの態度が納得できない。でも……皆が貧乏くじだって言って、この男の隣に立つって事を嫌がるんだったら、それは私にとって運がいい事かもしれなかった。
「まあ、貧乏くじって扱いなら、嫉妬もされないわけだし、都合がいいかもしれない。私いらない嫉妬とかもう嫌なのよ。でも、皆が手をあげない事だったら、そこにいてもやっかまれないでしょ。あなたの妻って事になるの、いいかもね」
私は彼の目を見て、べらべらと喋っていた。ゆっくりと彼の眼の中にある、色とか感情が、変わってきていた事に気付いたのは、いったん視線を、彼の胸元に向けて、また目をあげた時だった。
あ、と思った。彼の表情筋は雄弁とはいいがたいけれど、瞳は結構雄弁な方で、目を見ていればある程度意思疎通ができる。
その瞳が、私なんかを、熱を込めて見ていた。熱とか、湿度とか、そういう物が内包された彼の瞳は、わけもなく顔が熱くなるし、心臓がすごい勢いで動き出すものがあった。
頭よりも先に、体の方が、彼を好きになっているという奴は、ろくでもない恋愛だなと思うのに、それが心地よい気がするのがまた、始末に負えなかった。
「エーダ」
彼の声が、あれこれをたっぷり込めた音で私の耳まで届く。屈んでいる彼と、見上げている私の距離はとても近い。
彼に見つめられている事に、どうしようもない居心地の良さを覚えてしまう。
きっとそれは相当な少数意見で、女の人どころか、男の人たちだって、彼の目を見ると怖がって顔色を悪くする。
でも私は平気でいる。
……私は、このまま、彼に馴染みたいと、思うのだ。
よく分からない感情の走る方向だから、何でって思うけれど、それを望む自分がいるのだった。
名前を呼んだ彼は、そのまま私の頬に手をあてがって、軽く腰を引き寄せる。
それから、目を伏せた私にいっそう顔を近寄せて、でも目を伏せて、すっと離れた。
するりと離れた指先に、寂しさを覚えたのは私の方だった。
今の、よく小説とかである、キスする前のあれこれじゃないのか。
何でこの人は、ぎりっぎりでやめるのか。へたれなのか? 臆病なのか? この面で、この態度で? いやいやそれはないだろう、だって妻にするために連れてきちゃっている強引さどこに行ったの……?
「すまないな、雨乞いが終わるまでは、多少禁欲的にならなければならない身の上だ」
「……雨乞いってそんなに、えーと、神官さんたちが言うような、潔斎みたいなのが必要なの?」
「雨乞いは、この国ではどの儀式よりも、式典よりも重要視されるものだ。失敗は許されないものの筆頭でな。俺がいくら触れたくとも、どうにもならないものだ」
この、枯れた乾いた国では、確かに雨乞いは相当なものになると、よく分かるけど、納得した私に対して、彼は唇をわずかに緩めて、からかうようにこう言った。
「されたかったのか」
「……されても、嫌だと思わないなって思っただけ。自主的にしたいかって言われると……私そこら辺、経験ないからわからないのよね」
「それに関してはいつかわかるようになる、と年長者として教えておこう」
「私、恋愛とかお伽話の中もしくは、幼馴染関係を傍観するっていう感じだったから、分かるようになったら、あなたは手を出すの?」
「さてな」
彼はまだ、私が彼に馴染むのを待つつもりでいる様子だった。
結構馴染んだと思うのに、雨乞い前って事もあって、あまり積極的にはしない姿勢なんだろう。
それは王様として、納得のいく姿勢だった。
この国の王様は、祭祀もつかさどる役割なんだろう、と彼を見ていると思うためだ。
故郷の国や、もっと西側は、祭祀と政治は分離されている所がかなりあるけれど、東はまだまだ、祭祀と政治がつながっているんだろう。
どっちがいいっていうのは、一概に言い切れない問題だって、お母さんの所にいた頃、習ったしね。




