呼び名で争っちゃいました。
『王国一の花園』と呼ばれているフェニシア公爵家の庭とは違い、王城の庭園は一般公開していることもあり、色とりどりの花たちが咲き誇っている花壇の他に公園のような遊具、更にはテーマパークのようなアトラクションも存在している。今日は世間的には休日、という事もあり多くの家族連れやカップルたちが大勢楽しそうに過ごしていた。
ーーそんな中、なぜかルディアはアルバートと二人きりで王城の庭園を歩いていた。
「・・・なぜこうなったの・・・。」
全ては王妃様のせいなのだ。そう王妃様が悪いのだ。
アルバートに聞こえないようにルディアは小声で呟き、脳内で悪態をつく。数歩前を歩くアルバートはどこかそわそわしている気がするが、気にしないことにした。気にしたら負けな気がするし。
本来のゲームではまだ出会わないはずだったから完全に油断していた。
「なぁ。」
「!!は、はい!?」
悪態を吐き続けていたルディアは突然振り返ったアルバートに驚き、声が裏返る。
急に振り返るなよ!と心の中で悪態を吐きながらも声をかけてきてからしばらく経っても一向に口を開かず、モジモジしているアルバートに痺れを切らしたルディアは笑顔で
「どうなさりました?殿下。」
と、続けた。その声にようやく反応した彼は少し俯きながら何かを呟いた。
・・・聞こえなかったけど。
「えっと・・・?」
はっきり喋りなさい!などと言える分けがないルディアは戸惑ったように俯いているアルバートの目を覗き込んだ。突然視界に飛び込んできたルディアにアルバートは頬を赤くし、驚いたように顔を上げ、
「アルって呼んでくれ!って言ったんだ!!!」
と、真っ赤な顔のまま叫んだ。
「え、嫌です。」
「え、」
「え?」
反射的に答えてしまったルディアの返事にお互いが何が起こったかわからずに固まる。
ゲームの中のルディアはアルバート様と最後の最後まで呼んでおり、一度も『アル』だなんて愛称で呼んだことがないはず。ついでに言えばヒロインが『アル』と呼んだ時にかなりの形相で怒るイベントが存在していた記憶がある。
この世界では異性を愛称で呼ぶのは家族か婚約者のみだ。それ以外の者が愛称で呼ぶのはよっぽどの理由がない限りありえない。ましてや自分より身分が上の、しかも婚約者ではない者を愛称で呼ぶなど失礼にあたいする。そんな事情があるにもかかわらず、アルバートはルディアに『アル』と呼べと言ったのだ。婚約者になんてなりたくない彼女がはい、わかりましたなんて返事をするわけがない。
「え、嫌?」
「はい、嫌です。」
「え、なんで」
「なんでって・・・。殿下?この国において愛称とは親密な関係の者同士でしか使用してはいけませんのよ?」
「知っているぞ。そんなこと。」
それが今更どうした、と何も気づいていない彼は不思議そうに問う。ルディアはこのバカ王子が、と掴み掛りたい衝動に駆られながらも、必死に耐える。
「同性同士ならば友人同士でも愛称で呼び合う者たちもいるでしょう。あくまでも同意の上で、ですが。しかし、異性同士となりますとそうもいきません。その理由はお分かりになられていますか?」
「簡単だ。異性同士は家族、または婚約者以外が愛称を呼ぶ場合は愛妾であると思われるからであろう?それと何の関係があるのだ?」
そこまでわかっていてなぜ気付かないのかが理解できない。
ルディアはなかなか気付いてくれないアルバートに深いため息を吐いた。アルバートに関しては、なぜかルディアが殿下と呼ぶたびに少し残念そうな表情を浮かべる。謎すぎる、この王子。
「私と殿下は家族でも婚約者でもありません。ましてやあなたは一国の王子で私は一公爵家の娘。そんな中、私が殿下を愛称で呼ぶなどいくら6歳とは言え、ふしだらだと思われても仕方ありませんわ。」
「・・・そういう事か。」
ルディアの呆れながらの説明に漸く納得したアルバートは何かを考え込み始めた。そして、
「では、俺の婚約者になれば『アル』と呼んでくれるのかぃ?ルディア。」
「絶対嫌よ!」
またまた反射的に答えてしまった。というか、いつの間にか呼び捨てになっている。
「何故だ!今の話はそういう話だったんだろう?大丈夫だ。俺から父上と母上には話を・・・」
「そういうことではなくてーーー!」
王城の庭園では婚約者になりたくないルディアと愛称で呼んでほしいアルバートの言い合いがしばらくの間続いた。
結局、一国の王子に敵うわけもなくルディアは二人きりの時だけ、という条件のもと『アル様』と呼ぶことになり、アルバートはルディアのことを『ルディ』と呼ぶことになった。
正直、ゲームの時と現実のアルバートのキャラが違いすぎてどうしていいか分からない・・・。
衝撃の出会いにルディアは戸惑いながら王城を後にしたのだった。