1-6:来訪と再会
リアルの銃声なんて聞いたことある奴が何人いるだろうか。だいたいはテレビや映画で知っているだけだ。それでもわかる。あれは銃声であり、そしてそれを撃つべき状況があったってことだ。俺の家のすぐ近くで。状況に思考が追いついた頃、俺はやっと次の行動に移れた。
「美紀! 窓から離れて伏せてろ!」
どこで発砲しているかはわからないが、流れ弾が飛んでくるかもしれない。お互いに伏せた状態で、俺は美紀の盾になれるような位置に移動した。
「颯汰、こ、怖いよ。」
くそっ! どうする。様子を見に行きたいが危険過ぎる。かと言って状況がわからないままでは身動きが取れない。美紀をこのままにもしておけないしな。震えている美紀に目をやりながら考えを巡らせる。そこでちょっとした案を思いついた。
「聞いてくれ。ぶっつけ本番になるが、テレポートして向かいのマンションの屋上に飛んでみようと思う。美紀はここで待っていてくれ。」
そんな提案をしたのだが、美紀は青褪めたまま首を横に振り、俺の腕にしがみ付いて離れない。やはり美紀を一人にはできないか。さっき一人にしちまったばかりだし、俺にもしもの事があったらと不安なのもあるのだろう。俺たちの存在に気付いていないのなら、このままやり過ごせる。でもそうじゃなかったら……。答えが出ないまま時間が過ぎていく。
そこで突然、部屋の中に音が鳴り響いた。電話?! まずいっ! 今こんな音を出したら外にいる奴を刺激しちまう。早く止めなければ。そう思ったのだが、俺は足が竦んでいたのと美紀がしがみ付いているため動けなかった。
冷や汗が頬を伝う。もし家に突入してきたら、せめて美紀だけでも……。未だ静寂を保ったままの外を睨み付け、呼吸が荒くなる。しばらくして、その音は鳴り止んだ。
そのまま10分ほど、じっと息を潜めていた。気付かれなかっただろうか。最初の銃声の後に物音はしていない。俺たちがここにいると知っていて、敵意を持っていればなんらかの行動を起こしてくるはずだ。それがないということは、そろそろ大丈夫……か? 震えている美紀を宥めるように背中を擦って落ち着くのを待った。
さらに10分ほど経って、ようやく俺はさっきの音に対して疑問を抱いた。
「っ!? 美紀がここにいるのに俺の電話が鳴った?!」
こっちで美紀以外で俺に連絡ができる人間。浩一か?!
俺は身を潜めていた事も忘れて、慌ててスマホを確認した。最新の着信履歴には、親友の月見里浩一ではなく、花厳由美子の名前があった。
花厳由美子。
俺の友人でもあり、美紀の親友だ。一年のころは同じクラスだったが、二年になって由美子だけが別のクラスになっていた。簡単に説明すると、ムードメーカーというかムードクラッシャーというか、そんな奴だ。
「美紀! さっきの電話、由美子からだ! あいつまでこっちに来ちまってるみたいだ!」
「由美子?! あの子まで眠り病になっていたの?」
「たぶんそうだろう。俺たちより先なのか後なのかはわからない。クラスが違うからわからなかった可能性もある。学校に連絡があったとしても、生徒に伝わるのはホームルームの時だし。とりあえず折り返してみる。あいつも来ているなら合流したい。」
そう言って俺は、着信履歴から電話をかける。するとワンコールでいきなり繋がった。
「もしもし? ちょっとー。ほんとに颯汰? 由美子ですけどー?」
張り詰めていた空気をぶち壊すような呑気な声が聞こえてくる。ああ、いつものこいつだ。俺は緊張の糸が解れていくのを感じた。
「ああ俺だ。美紀も一緒にいる。お前今どこにいるんだ?」
「美紀も来てるんだ!? いやー、さっきまで颯汰の家の前にいたんだけど。もしかして中にいたー? 物音がしたから気になったんだけど、確認するのは怖かったのよねー。念のために電話かけてみたけど繋がらないから逃げとこーみたいな?」
「ああ、今は家にいる。てか物音どころか銃声が聞こえただろ?! お前は大丈夫だったのか?」
「えっ。由美子この近くにいたの?!」
ああ、美紀には聞こえていないんだった。俺はスマホをスピーカー設定に切り替えてテーブルに置いた。そこで由美子はこんな事を言ってきた。
「あー。あれ撃ったの私だから大丈夫よー。」
俺と美紀のあっけにとられた声は見事に重なった。
……姉さん、事件です。
そんな俺たちを他所に、由美子は続ける。
「てかさー。今日、そっちに向かう途中からずっと誰かに後つけられててさ。あまりにも気持ち悪いから威嚇で撃っちゃったのよねー。」
「撃っちゃったじゃねーよ。お前は『関係ないねっ』とか言うあぶない刑事か。むやみに発砲してんじゃねーよ。ったく……、てかなんで俺の家に?」
「いやー、気持ち悪かったしね。颯汰の家に行ったのは寂しかったから、かな。私こっちに来て10日以上経ってるんだけどさ? ちょくちょく友達の家を回ってたのよー。独りって結構きつくてさ。」
由美子の声はいつもより少し弱々しかった。10日以上ってことは、あの日の朝の段階でこっちに来ていたってことだ。俺や美紀よりも先にいて、これまでずっと独りでいたのか。
「ねえ由美子。今から颯汰の家に来れない?」
由美子の不安を察した美紀が声をかける。
「美紀ー! 久しぶりー! うんうん。私もそのつもりだからこうやってー、はいピンポーン!」
その言葉に合わせるようにインターホンが鳴った。どうやら話しながらこちらへ戻ってきていたらしい。美紀はもう玄関に向かって駆け出していた。
少し遅れて玄関に向かうと、二人は泣きながら抱き合っていた。俺はお茶でも用意しておこうと、リビングへ引き返したのだった。
「あらためてお邪魔しまーす。ねー、二人はいつからこっちにいるの?」
「ああ、俺が2日前で美紀が5日前だったかな。それと由美子、最初にお前に伝えておきたいことがあるんだ。」
眠り病に侵された人間が皆こっちに来ているのではないかということ。この世界には時差があり、あっちではまだ一日も経っていないということ。独りでいたら知り得ないであろう情報を伝えた。
「そうなんだ……。眠り病かー。じゃあ二人が来てくれたって喜んじゃったのはちょっと不謹慎だったかな。アハハ……。なんか、ごめんね?」
「私たちも由美子に会えて嬉しかったの。だからそんなことは言わないで? それに由美子の方が先に来てるんだし……。」
俺よりも長い間、孤独な時間を経験したこの二人には色々と感じるものがあるのだろう。俺は少しの間そんなやり取りを黙って見ていた。
「話は変わるんだが由美子、この世界について何か知ってることはあるか? 俺たちが気付いたことはこのメモに書いてあるから、これの他に気付いたことがあれば言って欲しい。」
メモを受け取った由美子が一通り読んで、疑問を投げかけてきた。
「私が知ってることなんてほとんどないけどねー。ていうかこれ、つっこみたいところがたくさんあるわー。とりあえず、一番気になったことが2つあるんだけど、まずこっち。美紀? おやつ書いたのあんたでしょー?」
一番なのに2つってなんだ。そして最初がそっちかよ。そんなことを思ったが美紀があっけなく頷き、きらきらした目でどう? みたいな雰囲気を出し始めたので、すぐに話を切り替えたようだ。
「あ、あと、美紀の翼って何? どんなの? 見せて見せてー!」
「うん。見せてあげましょう。」
立ち上がった美紀は少し自慢げに翼を具現化させた。何度見ても綺麗だな、と俺も見惚れていた。
「ほえー! すごい綺麗じゃん。あんた学校で女神とか変なあだ名ついてたけど本当になっちゃったんだ。すごいわねこりゃ。」
誰だそんなあだ名をつけた奴。どうやら美紀本人も知らなかったようだ。
「やっぱり空飛べたりしちゃうわけー?」
「うん。飛べるわよ。」
「渋谷駅からここまで2分で着くらしいぞ。」
「ほえー。軽く人間やめてるわねー。んで? 颯汰のはどんなの?」
話していて気付いたが、こいつは能力に対してなんら疑問を持っていない。ということは、由美子も既に能力があるか、見たことがあるってことか。
「俺は何かしらが身についているんだが、これから検証するところだったんだ。で? 驚かないってことは、お前も能力が?」
「えへへー。見る見るー? じゃーん! これだよん。」
そう言って差し出してきた手には、いつの間にか拳銃が握られていた。
「由美子が銃を撃ったなんてどういうことかと思ったら、こういうことだったのね。」
なんてうらやましい。銃とか男のロマンだろ。【PYTHON357】って刻印がある。俺も詳しいわけではないがコルトパイソンってやつか。やべえかっこよすぎる……。
「こ、これさ、俺も撃ったりできねーの?」
「うーん。じゃあ、ちょっと私の銃を紹介しましょーかね。」
由美子はクルンと銃を回し、それを俺に向かって放り投げた。嬉々として受け取ろうと手を伸ばしたが、それは俺の手に収まることなく霧散して消えていった。
「残念だけどこれは私にしか使えないんだー。手から離れると消えちゃうんだよねー。」
正直に言おう。めちゃくちゃ悔しかったし涙目になった。美紀がこちらを窺っている。だからその目はやめて! でもまあ、それでいいのかもしれない。他人に奪われたらあぶねーなんてもんじゃねーからな。
「見た目は兄貴が持ってたモデルガンと同じみたい。よく自慢げに見せびらかしてきて鬱陶しかったから印象に残ってるわー。家行ったらまだあったしね。あとはそうねー、この銃の優秀なところは、私は撃ったことなかったけどさー? 狙ったとこ外さないのよね。缶とかで試したけど全部当たったのー。すごいでしょ?」
素人が全弾命中か、恐ろしい能力だな……。攻撃手段としてはこれ以上ないほどだが、一つ思ったことがあった。必中だからこそ、こいつは人に当てることはできないだろうなと。銃で相手を撃つことなんて日常ではあり得ないだろう。普通ならば。だが、それを必要とする事態は起こり得るのだ。この世界では、比較的容易く。
「弾はどうしてるんだ?」
「んー。なんか勝手に補充されてるみたいよー。でもたくさん撃ってるとなんか疲れるのよね。まー、そんなとこかな。」
能力で弾を補っているのだろう、そしてこれだけの威力を持つ銃だ。美紀の持つオーラのような何か特別な力を込めて、それを消費して精製している。そんなとこだろうか。
「なるほど、だいたいわかった。よし! じゃあ今度こそ俺の能力の検証をしよう!」
俺は二人の能力を見た後だったこともあり、かなりのテンションになっていた。早く自分も欲しいと。
美紀と由美子は互いに顔を見合わせた後、肩を竦め苦笑いを浮かべていた。