05 弄られから抜け出す秘訣は開き直り
お久しぶりですすみません;;
長めです。
というか、みんな私の周りに集まっているけど、互いの友好を深めるための時間だよね、今って。
私を弄るための時間ではないよね?確かに担任は自由だと言ったけども。
ちらりと時計を見てみればもう針は殆ど終わりを差している。
もういっそ開き直ろうと思ったけど、チャイムに遮られたらまた笑われるに決まっている。
なら、終わってからでいいか。
王子王子と囃し立てるクラスメイトを視線で威嚇して、その時丁度チャイムが鳴った。チャイムが鳴る瞬間、少しだけスピーカーに目を取られるのは何処でも一緒なのだろうか。中学よりも少し長めのその放送の間に、くいっ、と制服を引っ張られる。
そちらを向けば、風音ちゃんが大きな目を心なしか涙で潤ませている。
…どうしたの、
小声で聞いてみても、首を振るばかりで何も分からない。
これじゃあお手上げだな。
うーん…申し訳ないけど、利用させてもらおう。
「…大丈夫だよ」
安心させるように目線を合わせて、にっこりと微笑む。
本当はこれ、小さい子をあやす時にするんだけど、王子ルックの私じゃ様にもなるってなもんで。
とっくにチャイムは鳴り終わっているはずなのに、教室はしんと静まり返っている。
「…どうしたの、その目」
「あ…いや、だってさあ…」
「君達が王子王子、っていうからそういう風な行動を取っただけだよ」
にや、と笑えば「様になってるから笑えねぇんだよ!」と食いつく綾瀬。
他のクラスメイトもまさか…、と言わんばかりにざわつく。ていうかチャイム鳴ってるんだから、教室から出ればいいのに。他のクラスの生徒はもう廊下を歩いてるよ。ま、私のせいだけど。
「似合ってる?上等、ならずっと続けてあげる」
にこ、とオプションをつけて言い放つ。元々こういう口調だし、可愛い女の子大好きだし。
堂々と愛でていいのなら愛でるさ。
「私は君が思っているほど性格がいいわけじゃないからね、綾瀬」
「うえっ、俺?いや、なんとなく感づいてたけど…」
まあ、やられっぱなしは性に合わないしね。
綾瀬の言い分を無視して続ける。少しばかり青ざめたクラスの面々。あ、別に怒ってるわけではないよ。
これから【王子】やります、って言うだけだし。
「ま、【王子】として相応しい行動を取るよう心がけるさ」
じゃあ風音ちゃん、行こうか。
そう言って教室を出ようとすると、気の強そうな美人に話しかけられた。
…確か内部生の霧咲愛美さんだっけ。霧咲家は四大家には及ばないまでも凄く上のほうの家柄で、その時もっとも勢力の大きい家の勢力下に居るのが特徴だったと思う。三代ほど前から家の方針が変わったことから今回、この役に抜擢されたんだろうな。あの頃から考え方の根本的な違いが浮き彫りになってきたし。
「少しお時間、よろしいでしょうか」
そんな風に聞かれたら、断れるはずがない。
風音ちゃんには悪いけど、約束していたわけじゃないし仕方ないかな。もともと校門までしか送るつもりなかったっていうのもあるし、
「いいよ、どうしたの?」
「ここでは何ですから、場所を移したいのですけれど…」
そう言って、ちらりと風音ちゃんに目を向ける。
気の弱い彼女は明らかに「邪魔」と言ってる視線には弱いだろう。さりげなく庇うように前に出て、「構わないけど…、風音ちゃん、先に行ってなよ。長くなりそうだしね」と言っておく。
少し迷う素振りを見せてから、彼女は頷いた。
「じゃ、また明日」
「…うん、また、ね」
パタパタと小走りで去っていく後ろ姿を見送ってから、霧咲さんの方に振り返る。
責めたいとは思ってないけど、あからさまに睨まれるのが苦手な相手に威圧を掛けるのは良くないだろう、と注意しようとしてやめた。彼女の眼は充分それを理解していることを物語っていたからだ。
先手を打たれた、と内心苦笑いしながら「それで、どこに行くのかな?」と平然とした様子で聞く。
「私も華季の校舎は久しぶりでね。当時はこちら側に殆ど来なかったし、詳しくないんだ」
「もちろん、案内させていただきますわ」
着いて来て貰えますかしら、と先に歩き出した背中を追う。…結局どこに行くのか知らないままなんだけど。
何度も同じ質問をするのは失礼だし、聞かないけど…。特に隠すことでもないのに、なぜ言わないのだろうか?
…なんて、まあ大体は分かっているんだけど。
彼女は内部生だし、私は私で目立つ。
誰かに行き先を聞かれて着いて来られたくないのだろう。
主にこれからの対応や、内部生との関係の仕方も話し合いたい。現状についてはアイツに聞けば何とかなるし、別にいいか。
それでも私としてもあまり聞かれたくはないから、助かる判断ではある。
臙脂色の絨毯のような素材でできた廊下を歩くこと数分、資料室の集まる北東部四階へとやってきた。
この学校には図書館の他、十数か所に資料室がある。小中高問わず生徒に利用されることが多いものは図書館、小中高それぞれの間の全学年でよく利用されることが多いものは図書室、各々の学年で課題等に利用されることがあるものは第一~第八資料室、といった風に分けられており、めったに利用されることがないのが北東部四階にある資料室に収まっている。その中でも利用順が多いものと少ないものとに分けられ、数字の若い第九資料室が最も利用される資料がある。それでもめったなことでは利用されていないのだが。
そんなわけでしんと静まり返ったところに私たちの足音だけが響く。
ふと彼女が扉を開けたのは、その中でも下位の第十三資料室。
ここで話をするらしい。
部屋に入ると、ほとんど使われていないにも関わらずあの独特の人の使った後の本の匂いがあふれかえる。部屋の中は綺麗に整えられており、他の学校であれば資料室は薄暗いイメージなのだろうが、全くそんなことはない。隅々まで掃除が行き届いていて流石に業者が掃除しているだけはあると感心した。
「資料室についてはご存知ですのね」
彼女は振り返るとあまり驚いてはいないように、それでも辺りを観察する私にそう言った。
まあ、資料室の存在は漫画でもあまり取り上げられていなかったように思うしそもそもそんな細かいところまで覚えていない。というか彼女はそんなこと知らないし。
幼稚舎を出てからここに来たことがないのだから知らなくても無理はない、けれど私は知っていたことが純粋に疑問だったのだろう。
「華季の蔵書数の多さは有名だし、妹からもよく聞いていたんだよ」
私が地元の(といっても華季と隣県であるが)公立に通っていたとはいえ、妹は華季に通い続けていたし、隣県でもエリート私立校華季学園は有名だ。その名声は主に中学時に聞いたものだ。「華季で特待」はこの地方では特別の意味を持つ。
そういう意味では風音ちゃんはすごいんだけど、本人の気が弱いからそうは見えないんだよね…。
…っと、話がずれた。
「流石、秋森家のご長女。その格好の噂も聞き及んでいますわ」
「はは、恥ずかしいな」
薄く微笑む、アルカイックスマイルって言うんだっけ?彼女に私も微笑み返す。
有名ですもの、彩香様の美談は、と皮肉気に言う彼女の真意はわかっている。何も言わずに笑っていると彼女はため息を吐くような動作をしてから、「…まあ、校則に表記はありませんし、わたくし達も何も言えないのですけれど」と呟く。
「…この格好を面白く思っていない人が居ることは理解しているつもりだし、そういう考え方の言い分もわかる。けれど、あのままではいけないと判断したからね」
「ええ、分かっておりますわ。ただ…忘れないでいただきたいと申し上げたかっただけですの」
ご忠告痛み入るよ、お礼を言ってから更に話を促す。
そして彼女はまた微笑みながら本題へと入るのだった。