56:父は困惑を隠しきれない① (公爵視点)
「オ、オトウサマナンカ、ダイキライヨー(棒読み)」
「「そうよ、セリィナ!そのままやっておしまいなさい!」」
「ぐわっはぁ!!(血反吐)」
ワシは数日ぶりに会った愛しい娘たちから、とんでもない攻撃を食らっていたのだった。
***
それはまさに緊急事態であった。まさか、ワシと妻が一緒に屋敷を開けているその時に王家の兵士がやってくるとは想定外だったのだ。ワシの予想ではそれはもう少し後のはずで、それを回避する為に動いていたというのにまさか国王に出し抜かれるとは……結局娘たちは使用人と共に屋敷を逃げ出すしかなかった。せめて妻のエマだけでも屋敷にいれば……いや、それはそれでヤバいか。公爵夫人がブチ切れ状態で鞭を振り回して兵士を全滅させた。なんて国王に告げ口などされたら今度はそれを理由に何をしてくるかわからない。今回の事だけなら使用人の暴走というこでなんとでも誤魔化せるだろう。表面上ならどうとでも出来る。まぁ、娘たちを守ってくれた使用人たちをどうこうするつもりは毛頭ないのだが。
連絡は本当に素早かった。ワシの所へ来た厩番は兵士たちが屋敷に乗り込んできて話し合いに応じないと確認したからと、ロナウドに指示されてやってきたと言っていた。
「執事長様が防衛モードを発動するっておっしゃっていたッス。あと、お嬢様の為に旦那様は覚悟?を持ってから落ち合って欲しいって伝言を頼まれたッスよ。……はあぁぁぁ…………」
緊急事態時のロナウドの勘はよく当たるのだ。ワシの元へ一番早くこの事態を伝えられるのがこの厩番だと判断したのだろう。しかし、覚悟って……どうせライルの事だろ?ロナウドの奴、もしやワシに丸投げするつもりか?
それにしても、乗ってきた馬共々この厩番もかなり動揺しているように見えた。息を吐いて震えているようにも。……もしや王家に目をつけられた事実に恐怖を感じているのではないか。もしそうなら……。
「────オレもみんなと一緒に暴れたかったッス!あのウルトラじぃさん、オレひとりいなくても問題ないから早く旦那様に連絡してこいって……普段からあんなに修行がんばってるのにいざとなったら戦力外通告とか酷いッス~!ほら、ベリーナイス号(馬の名前)も不満そうにしてるッスよぉ!!どうせ旦那様には影から連絡いくんスから、オレもセリィナお嬢様をお守りしたかったッスぅ!ベリーナイス号に乗りながらモーニングスターを振り回す練習もしてたのにッスぅぅぅぅぅ!」
うん。なんか、泣かれた。号泣じゃないか。いや君、その影より早かったから。尋常じゃないくらい早かったから。ほら、緊急連絡に来た影たちが申し訳なさそうにそこにいるから。ってか、連絡専門の影より早い馬と厩番とかすごくない?やっぱりロナウドのチョイスは間違いないなー。セリィナへの忠誠心もありそうだし、この厩番にもボーナスあげよう。
まぁ、そんなわけで。残りの仕事はエマに任せてワシは娘たちの安否を確認する為に緊急事態時に決めていた落ち合う場所へと向かうことにした。覚悟ならすでに持っていると伝えると、厩番は笑顔で「そんなら、オレがそこまで旦那様を運ぶッス!」と馬に乗せてくれたのだが……は、早ぁっ!え、なに?この厩番、手綱を握ると性格変わるタイプ?ワシを乗せてるのにものすごいスピード出して馬を走らせるんだけどぉぉぉ?!しかもこの速さで笑ってるってどんだけ?!ロナウドの奴、絶対コレを狙ってコイツよこしただろぉ?!
そうしてワシは顔面が崩壊しそうになりながら厩番になんとかしがみついて移動した。さすがに馬だと目立つので近くの森で停止したのだが、止まるときにワシを振り落とす勢いだった気がするのは勘違いであってほしい。なんか途中で「旦那様のせいで暴れられなかったッス」とか呟いてたのは空耳だよな?!
そして現在。
「さぁ、セリィナ!今こそあの言葉を言うのよ!」
「で、でも……!」
「もうそれしかないの!全てはセリィナにかかっているのよ!」
ふたりの姉に背中を押されたからか、セリィナは大きく息を吸い込んだ。そして、意を決したかのように口を開くと……。
「オ、オトウサマナンカ、ダイキライヨー(棒読み)」
「ぐわっはぁ!!」
とんでもない爆弾を投下され、思わず吐血してしまったくらいの衝撃を受けてしまった。油断していたとは言え、とんでもない破壊力だ。
「やはりクリティカルヒットしましたわね!それにしても、吐血だけで済むなんてお父様ったらお強いわ……」
「恐ろしい言葉ですわ……。わたくしがあんなこと言われたら心臓が止まりましてよ」
おい、双子の娘たちよ。そんな「無事なのが信じられない」みたいな目でパパを見るんじゃありません。セリィナに言わせてるのお前たちだろうが。
「くっ……!なんて恐ろしい事を……。だがワシが簡単に口を割ると思ったら大間違いだぞ娘たちよ……!」
しかし、そんな簡単に屈すると思われるのも父のプライドがなんかアレなので今にも膝を折りたいのを堪えて強がってみた。やっぱり父の威厳は守りたい。(すでにギリギリな気もするけど)すると、ローゼマインが舌打ちをしてワシを睨みつけてきたのだ。
「チッ!しぶといですわ」
「こうなったらさらに酷い事を言うしかないですわ!セリィナ頑張って!」
マリーローズまで一緒になって酷い!もう少しパパを労って欲しいんだけど?!さすがにセリィナはオロオロと狼狽えていたが、やはり根が素直なのだろう……「は、はいっ!」って、わー、いい返事してるよねー。パパ泣いちゃう。
「えーと、えーと……。オトウサマナンカ、カオモミタクナイワー(棒読み)」
「どぅっふぅ……!!」
「さらに追い討ちよ!」
「オトウサマノアシガクサイワー(棒読み)」
「────おぉぉぉぉぉ……!もうやめてくれぇぇえ!!なんでも、なんでもしゃべるからぁ!!もう許してくれぇぇぇぇ!!」
ワシは地に膝をつき、敗北を認めるしかなかったのだ。だって、だって……セリィナにこんなことを言われ続けるなんて耐えられないだろぉがぁぁあ!!