55:とある少年の想い(少年視点)
オレはその昔、生まれたばかりの赤ん坊だった頃に人攫いに拐われた事があった。
もちろん生まれて数日だった当事者にその記憶はないのだが、アバーライン公爵様に助けてもらったのだと物心ついた頃から両親や祖母はオレに言い聞かせてきたのだ。
なんとその犯人は、生まれたばかりだったアバーライン公爵家のセリィナお嬢様とオレを入れ替えようと企んでいたのだとか。そんな事件に巻き込まれたオレを、アバーライン公爵様は丁重に扱ってくれた。そして事件解決後、オレをちゃんと親元へ返してくれた上に家に支援もしてくれたのである。
オレの父親は近くの国を行来する商人だった。父は地道にコツコツと働いて信頼を勝ち取り、平民の中では裕福な暮らしが出来るようになると田舎の祖母を呼び寄せてこの国に落ち着いたらしい。しかしオレが母のお腹に宿った頃、仲間だと思っていた他の商人に騙されてしまい父の仕事は一気に傾いてしまったそうだ。
一度地に落ちた信頼を回復するのは難しい。それでも商人としてのプライドがあった父はもう一度やり直すために必死に頑張った。今までとは違う商品に違う販売ルート。それを新規開拓するのは生半可な事では出来ない……両親は生まれたばかりのオレを祖母に預けて必死に働いていた。そんな時にあの事件が起きたのである。
だが、奇跡が起きた。なんとアバーライン公爵様が公爵家お墨付きの看板と隣国との別ルートの流通を拓いて下さったのだ。公爵家に認められた事で自信を持った父は今まで以上にその才能を発揮出来たと言っていた。そのおかげで穏やかに暮らせるようになったのだと。
オレが成長して父の仕事を手伝うようになると公爵様か“特別な商品”を卸してくださるようになり、そのうち隣国では「まるで魔法使いのように何でも揃える大商人親子だ」と有名になった。
そして今、オレは男爵位をもらえるまでになったのだ。貴族になったからって生活が変わるわけではないが、やはり平民と男爵では相手の態度も違ってくる。これまではあまり差別のない隣国だったから平民のままでも問題はなかったが、この国で名を馳せようと思ったら必要なことだった。まぁ、これも全てアバーライン公爵様のおかげなのだが……あんな大金を用意しろなんて言うからどうするつもりなのかと思ったけど、まさか国庫の補充をする代わりに叙爵されるとはびっくりだ。まぁそれよりも、その後の出来事の方が驚きすぎてもう黙って笑っているしか出来なかったのだが。なんなんだあの馬鹿王子は?しかも隣にいた女……見たことあるなって思ったら、だいぶ昔に下町から出てきたところを一瞬セリィナ様かと思って声をかけようとしたらすごい形相をしていて「あ、違う」と思った女じゃないか。あんな女と間違えたなんて思ったら、あまりに申し訳なくてしばらく魘されたほどだった。
いや、なんの説明もなしに解散させられたけど……後からロナウドさんから手紙で詳しく説明はされたけど……あの時の双子お嬢様とあの赤い髪の執事さんおっかなかったなー。なんて思い出しては苦笑いしてしまう。
そんなわけで無事に男爵になったのはいいのだが……住むところはこれまでと同じである。なにせ別に領地があるわけじゃないし、両親と祖母はすでに隣国へ移住していてオレひとりだ。元々平民の中では大きな家だったし住み慣れた公爵領を出ていくつもりはない。成り上がりの男爵として名前だけあればいいのだ。
それに────。
オレは視線を動かして塀の外をチラリと見る。
ある日、王家から「アバーライン公爵家が国王に反逆した」という伝令が撒き散らされた。どうやら王家はとある人物を探す為に兵士を使ってアバーライン公爵家を襲撃したらしいのだが、国王の求める人物がそこにいたという証拠は何ひとつ出てこなかったらしい。
その事実に焦った国王はすぐさま公爵領地内を探させたようだ。公爵家の人間はそれなりに目立つからそれが他の領地に移動したとなればすぐに情報が入ると思っていたのだろう。しかし噂すらも耳に届かないことに焦ったのか、領地内に必ずいるはずだと領民たちの家を家捜しまでしだしたくらいだ。
国王の直属の兵士が多少横暴な態度で家を荒らしていくが領民たちは特に反論せず黙ってそれを見ていた。あの公爵家を慕う領民たちだが、やはり国王である自分の方に従うのだと国王は心の中でほくそ笑んでいるのではないだろうか。なにせ「生意気なアバーライン公爵め、お前の大切な領民とてやはり権力には逆らえないのだ!」と大声で威張り散らしているらしいと逆に噂になっているのだ。どちらの秘密がより守られているかなんて一目瞭然である。
だが、それでも公爵家の人間は誰一人として見つからなかった。
そのうちこの家にも兵士がやってくるだろうと、さりげなく辺りを確認していると、後ろから「おい、そこの子供!よく顔を見せろ!」と誰かに肩を掴まれた。
無造作に束ねた肩より長いプラチナブロンドの髪が引っ張られて無理矢理振り向かされると、そこには不満気な顔をした兵士がいたのである。
どうやらオレをセリィナお嬢様と間違えたようだ。確かに髪の色も瞳の色もそっくりではあるが、年頃の男女の違いもわからないとはとんだ節穴だ。……いや、オレが平均より背が低いとか女顔だとか、そんなことはないと思いたい。
「へっ、下手な変装しやがって……」
「なんですか、お役人さん」
たぶん心の中で色々と毒づいているだろう兵士はオレの瞳の色を見て一瞬興奮したかのように口元を緩めたが、声を出してみせればすぐに落胆してオレの肩を突き飛ばした。
「ちっ!男か!なんだその長い髪は?!紛らわしい格好しやがって!」
そう言うと、地面に転がり土だらけになったオレの向かって舌打ちをしてその場を離れていったのである。
「……やれやれ、乱暴だな」
オレはもう一度辺りの様子を見てから門を閉めると家の中に身を滑り込ませた。
絶対に我が家にも兵士がくると思っていたが思いの外に早かったな。王家はアバーライン公爵家を悪者にしたいようだが、この公爵領内で公爵家を悪く思う人間などいない。こうやっておとなしく従っているのも全ては公爵家を信じているからだ。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様方」
「あ、ありがとう……。あの、怪我はしてない?」
不安にさせないように笑顔で頷くと、部屋の奥からオレと同じプラチナブロンドの髪を持った少女が姿を現した。少し不安気に眉をハの字にしてこちらを見つめる姿にドキッと反応してしまう。
そこにいたのは、まさにあの兵士が探していた人物であるセリィナ・アバーライン様であった。
「それにしてもよく似ているわね。もし女の子だったならそれこそセリィナの影武者に抜擢しているところだわ」
「あら、今のままでも出来るんじゃありませんこと?黙って座っていればお化粧とドレスでどうとでも誤魔化せますわよ」
「うふ、それも楽しそうですわね」
つい見惚れていると、セリィナお嬢様の姉である双子のお嬢様方が珍しそうにオレの顔を覗き込んできた。男のオレに影武者なんて無茶を言っているがふざけているようで本気ではないのだろうが、オレで遊ぶのはやめて欲しいと思う。
「ははは……影武者はアレですが、オレに出来る事ならなんでも致しますよ。あの兵士もオレを見て人違いだと去っていったからしばらくはここには来ないでしょうし、こんな狭い家で申し訳ありませんが、ぜひ体を休めていって下さい」
「……私のせいで迷惑をかけてごめんなさい。でも本当にありがとう。私、 どうしても探し出したい人がいるの」
オレによく似ていると言われたその少女は、にこりと嬉しそうに微笑んだ。いや、やっぱり全然違う。セリィナお嬢様はとても可愛らしくて、少し大人っぽい美しさがあった。
その瞳を見て、すでに心に想っている人物がいるのだろうと敏感に感じ取ってしまったのだ。
オレは事件の話を聞いては、セリィナお嬢様に勝手に運命的な何かを感じていたんだ。まるで物語のような結び付きがあるんではないかと……。だから、こんなオレでもいつかお役に立とうと誓っていた。男爵位を手に入れることだって本心では商人としてではなく、少しでもセリィナお嬢様に近付きたかったからだ。
でも彼女の瞳を見てわかってしまった。その心にオレの入り込む隙間なんて最初から無かったのだと。
その後、こっそりとやって来た公爵様がお嬢様方にコテンパにやられて膝を地についている姿や、そのお嬢様が探している人物の情報を白状している姿を目撃するのだが……。あの、その情報ってオレの目の前で言っていいんですか?と聞きたくなるくらいだった。
あぁ、それにしても。その人物の事を必死に聞くセリィナお嬢様のなんと可愛らしいことか。別に嫉妬するわけではないが、その人物を羨ましく思ったのだった。




