52:恐ろしい男(王子視点)
※残酷な描写があります。苦手な方はご注意下さい。
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あの日以降、僕は苛立ちを持て余していた。前世の記憶を思い出してからというもの、あの悪役令嬢をどうしてやろうかと考えれば考えるほどに僕の中にある“正義感”が抑えきれなくなっていたのだ。
来る日も来る日も僕は脳内でセリィナの事をズタズタに引き裂いてやり、泣いて許しを乞う姿を想像する度に妙に興奮するようにもなった。
そして、一刻も早くフィリアに会いたいという気持ちが爆発しそうになる。僕が守るべき大切な彼女が目の届く場所にいないことが耐えきれなくなっていた。
僕は何度もフィリアとの面会を強く望んだ。しかし母上が許してくれるはずもなく、叱責されるばかりだ。アバーライン公爵家から婚約承諾の返事が届かないらしく苛立っているようだと使用人が噂しているのを聞いた。
父上に婚約なんてしたくないと訴えたが母上が怖いのか言葉を濁すばかりで何の役にも立たない。だいたい父上はセリィナを婚約者にするのを反対していたはずなのに、なぜ肝心な時に堂々としてくれないのか。
それにしても、アバーライン公爵家はなぜ何の返事もしてこないんだ?こっちは王家なのに、なんで公爵家なんかに振り回されなきゃいけないんだ!それとも……もしかしたらセリィナはこちらを焦らして楽しんでいるのではないか。性悪な悪役令嬢らしいと思ったら余計に腹が立った。
だが、何も出来ない日々に悶々としていた時……突然に部屋に訪問者が現れたのだ。
血のように紅い髪をふわりと靡かせるその人物の姿を見た途端、僕は自身の血が逆流したかのような憤りを感じた。
こいつは、この髪は……もしやパーティーでセリィナと一緒にいたあの無礼な男じゃないのか?!と。
「きさまぁ!なんでここにいる?!」
僕の素晴らしい作戦を台無しにして、あんな悪役令嬢を庇った男など存在すら許せるはずがない。悪を擁護するなど、まさしくそれは悪だからだ。そう思った途端、僕は無意識の内にその人物に殴りかかっていた。
「……フッ」
だがその拳は軽くいなされ、瞬時の内に僕の体は床に叩きつけられてしまった。次の瞬間、乾いた笑い声が聞こえたのと同時に腕に強烈な痛みを感じる。ナイフの切っ先が僕の左腕に肉を抉るようにして突き刺さったのだ。
「ぎぃっやぁ……ぐぅっ!?」
あまりの苦痛に顔を歪める僕を見てその人物は嬉しそうに口の端を吊り上げた。そして楽し気に顔を綻ばせながら僕に馬乗りになると僕の口を手で塞いで躊躇いなくナイフを抜いた。
「フッ、クフフ……」
そのせいで大量に血が吹き出した。噴水のようなそれを見てさらに喜ぶ血まみれの男の姿に僕のさっきまでの興奮は消え去り、ただひたすらにゾッとする。
「────っ!」
目と目が合った。僕は本能で「殺される」と感じたのだ。
飛び散った血飛沫に顔を汚して恍惚とした笑みを浮かべるその人物が“怖い”と、あまりの恐怖に意識を手放すしか無かったのだった。
結果だけ言えば、命は助かった。だが、僕が気絶したあとも好き勝手にやられたらしく左腕は見るも無残な程にズタズタにされていた。医者に神経が損傷しているので障害が残るかもしれないと言われたが、「命が助かっただけ運がよかった」とも言われたのだ。
さらに言えばあの男はセリィナの側にいた男ではなく、俺が攻めよろうにも手を出す事が許されないような地位にいる男だった。
手当てが終わり父上の所へ連れて行かれると、僕の腕をこんなにしたあの男がいた。謝罪してくるわけでもなく、僕の赤い血にまみれたままの姿で笑っている姿に背筋が冷たくなるのを感じた。
「……ミシェル、こちらはユイバール国のルネス国王だ」
父上が僕から目を逸らしてそう言った。まさかの大物の登場に僕は思わず奥歯を噛み締める。どうりで僕がこんな目に遭わされても父上が何も言わないわけだ。相手が悪すぎるのだ。
するとルネス国王は僕を見て「さっきは悪かったな」と笑った。
「いや、俺も驚いたんだ。まさか、挨拶をしようと思って部屋に入ったら顔を見るなりわけのわからないことを叫びながら襲いかかってくるから……《《つい》》反撃してしまった。申し訳なかったと思っているが────でも《《殺さなかったんだから》》、許してくれるだろう?」
「……!」
笑顔だが圧をかけられていると感じて、せめて嫌味くらい言ってやろうと思った。だが震えそうになる足を一歩踏み出そうとした途端、父上が慌てて僕の隣へと来て肩を掴んできたのだ。その指には力が込められていて僕を制止しようとしているとわかった。
「も、もちろんです!息子の愚行を許して頂き、本当にありがとうございます!」
確かに相手をちゃんと確かめなかった僕にも非はある。しかしそれでも、僕の心配をするどころか頭を下げて感謝しながらルネス国王におべっかを述べている父上がなんとも滑稽に見えた。同じ“国王”なのになぜこんなにも違うのか。
するとルネス国王は機嫌を良くしたのか、自身の手についたままの僕の血を指でなぞりながらうっとりと目を細めた。
「……あぁ、やはり赤色とはこの世で最も美しい色だな。貴殿のご子息の血はなかなか美しい赤だ。実はさっきは頭にきてすぐ殺そうかと思っていたんだが、あまりに綺麗な赤色だから止めておいたんだ……ほら、殺してしまったらもう血の色が見れなくなってしまうだろう?やはり新鮮な方が色が綺麗だからな」
「は、ははは……。お褒めに預かり、息子も光栄でございます。そ、それにしても、ルネス王は変わったご趣味でいらっしゃる……」
そうして、僕は改めてルネス国王がここにいる理由を聞かされた。“公爵家が隠しているというルネス国王の御落胤”、その救出をこの国へ頼みに来たのだと。
「全面的に協力してくれると言ってくれて、俺はとても嬉しいんだ。王子よ、お前の父君はその為なら《《なんでも》》してくれると俺に約束してくれた……もちろんミシェル王子も協力してくれるな?」
ルネス国王のその言葉に父上の体がビクッと震える。その言葉にはどんな意味が含まれているのかなんて考えるだけでも恐ろしかった。
たぶん父上は母上に相談もせずに、最初から下心が隠しきれない態度でルネス国王を迎え入れたのだろう。この怯える様子を見ればその時の感情が手に取るようにわかる。愚かな事にこの父は、その御落胤なる人物さえ手に入れればこの恐ろしい男が自分の思うがままになる……そんな愚かな妄想に囚われていたのだ。
まさか、自分の息子が真っ先にこの男の毒牙にかかることになるなんて考えもしなかったに違いない。そして今は、次に犠牲になるのが自分かもしれないと怯えている。
この男は自国の王子であり我が子が傷つけられたというのに、自身を護るためにひきつる顔を無理矢理に笑顔にしてルネス国王のご機嫌取りに必死のようだ。
しかし、にっこりと意味深な笑顔でルネス国王にそう言われれば頷くしかない。なによりも即刻殺されていてもおかしくない状況で、命があっただけよかったと言った医者の言葉は正しかった。
「ああ、わかってくれてよかった。俺は心が広いから今回の無礼は子供のしたことだしもう気にしないさ。だが────次はないぞ」
ゾクリ。と悪寒が走る。体が氷になったかのように冷たく感じた。
美しい笑顔だが、それが尚更恐ろしい。次に逆らったら本気で殺しにくるだろう。それも、もっと残酷な方法でだ。今回僕の命が助かったのは今後の牽制の為でしかない。逆らったら次はこの国がどうなるか、それを知らしめたのだ。
「あ、あの……」
「それでは、早く我が国の後継者を助け出して俺の目の前に連れてきてくれ。でないと……そろそろ暴走しそうだ」
ひんやりとした空気と乾いた笑いが響くその場で、僕は黙って俯いているしかなかった。
あまりに情けなくて……もはや涙すら出てこない。こんな屈辱を受けるなんて信じられなかった。セリィナに復讐したい。ただそれだけだったのに、なぜ神は僕をこんな目に遭わせるのか。
これも全てセリィナのせいだと思ったら、悔しくて奥歯を噛み締めた。僕の不幸は前世からずっとセリィナのせいで続いているのだ。
だからこそ、絶対に許しはしない。必ず復讐してやる!
僕はそう決意して力を込めると、奥歯がバキッと音を立てて砕けたのだった。




