45:悪役令嬢の悪足掻き
「セリィナ様、アタシの本当の父親が見つかったの。実はアタシって王子様だったんですって」
いつもの執事服でも、お出かけの時によく来ていたあのワンピースでもなく、見たことのない異国の王族の衣装を来たライルがそう言った。
「ライル、そうだったのね……」
あぁ、やはりライルはシークレットキャラクターだったんだ。と、自分の中でなんとなく納得する。だってその衣装はライルのためにあつらえたかのようにとてもよく似合っていたのだ。
「アタシ、自分の国へ帰るわ。そこでは唯一の王太子として暮らせるの。もう両親に捨てられた“いらない子供”でも、お情けで乳母に拾われた“可哀想な子供”でもないわ。この赤い髪もね、大嫌いだったけどその国ではとても尊いものみたい。そこでなら自由になれるし、きっとみんな《《アタシ》》を見てくれるわ」
あの乙女ゲームでのライルの設定がそうだったのだろうか。目の前にいるライルは、“今の”ライルとは全然違って見える。でも、ゲームキャラクターのライルも執事のライルも……どちらもライルなのだ。
そして、ライルの姿が少しずつ遠退いていった。これからは手の届かない存在になってしまうのだと思い知らされているようで息が苦しくなる。
「待って、ライル。私、ライルに伝えたい事が……」
まだ私はライルに本当の気持ちを何も伝えてない。ライルのおかげでどれだけ助けられたか、ライルの事がどれだけ好きなのか……。せめてそれを伝えたかった。
「私……、ライルの事がす────」
「ねぇ、見て?この子がアタシの婚約者よ」
そう言っていつの間にかライルが抱き締めていたのは、私と同じ髪と瞳をした少女……ヒロインだった。
「アタシ、この子が気に入ったの。だってこの子はこの世界のヒロインだもの」
ライルの手が優しくヒロインの頬を撫でる。その手に頬擦りをしながらヒロインがにこりと笑った。誰からも愛される唯一の少女はどんな立場になってもやっぱりヒロインなのだ。
「セリィナ様が無理矢理アタシを執事にしたせいで出会うのが遅れちゃったのよ。なんて酷いのかしら。本当ならもっと早く運命の出会いを果たしてはずなの。でも、やっと出会えた……これからはふたりで幸せになるわ」
「……ライル、私はライルが好きなの……。ずっと側にいて欲しくて……だから……」
私が執事にスカウトなんてしたからシークレットキャラクターであるライルの運命を捻じ曲げてしまったんだ。本当ならライルはヒロインとハッピーエンドを迎える運命だし、それがライルの望みならば仕方が無いとわかっている。「そこは私の居場所だ」とヒロインに向かって叫びたくなるのを必死に抑え込んだ。
「ごめんなさい……でもあなたが好きなの……!!」
必死にライルに向かって手を伸ばすがそれが届くことはない。ふたりの姿はどんどん私から離れていった。そしてライルが今までみたことの無いような怖い顔を私に向けて言ったのだ。
「殺されるしか役に立たない“悪役令嬢”が、誰かに愛されると本気で思っているの?」と。
そしてライルはヒロインと共に消え、私はひとりぼっちになってしまった。
ライルが側に居てくれたから私は今まで生きてこられた。けれど、ライルに嫌われたらどうなってしまうんだろう。
「ごめんなさい……好きになって、ごめんなさい……。でも好きなの……お願い、嫌わないで……!」
このままライルが王子様になったら、ヒロインと恋をして遠い場所に行ってしまう運命なのだ。
だって私が、“悪役令嬢”だから。
「……!」
夢……だった?
ぐっしょりと汗をかいていて髪が頬に張りついていた。とんでもない悪夢だったが、完全に夢だったわけでもないとわかっている。
ライルの父親が見つかったこと。ライルはどこかの国の王子だったってこと。そして、やっぱり私はどこまで行っても“悪役令嬢”なのだと言うことも。
でもね、ライル。やっぱり私はあなたが好き。例えそれがライルの幸せだとしても、ライルがヒロインと結ばれるところなんて見たくないの。
「……私が、どうせなにをしても悪役令嬢だって言うのなら……」
最後は“悪役令嬢”らしく足掻いてみよう。そう思ったのだった。
***
悪役令嬢として悪足掻きをすると決意したものの、それにはどうすればいいのかと頭を悩ませた。
あの断罪劇でミシェル王子が謹慎をくらっているがそれでも学園の入学式は迫ってきている。学園に入学してしまったらゲームが始まってしまうのだ。もう攻略対象者はいなくなったと安心していたが、ライルがシークレットキャラクターだとわかった以上きっとゲームは進行するだろう。シークレットルートの内容はわからないが、ヒロインを窮地に追いやった罪としてすぐに断罪される可能性だってあるのだ。
きっと《《ふたりの物語》》は王子と平民の身分差を乗り越えた純愛なはずだ。夢の中のふたりは確かにお似合いだった。
でも、ライルをヒロインなんかに渡したくない。今のところライルがヒロインを気にしている様子は無かったし、ヒロインだって最初はミシェル王子を選んでいた。ならばまだシークレットルートは始まってないし、ふたりはお互いが運命の相手だと知らないはずである。
私の願いはひとつだけだ。
私はライルが好き。ライルが男でも女でもおねぇでも、なんでもいいからずっと私の側にいて欲しいと思っているしヒロインに取られたくない。それにはどうしたらいいか……ライルの幸せを邪魔する悪女だと思われてもこれからも側にいるためには、やっぱり《《既成事実》》を作るしか……!
そう、つまり……ライルに告白するのだ!!
これまでも何度も「大好き」とは言ってるけど改めて告白すると考えると緊張してきてしまう。でも、ライルが正式に王子様になって他の国へ行ってしまったら私なんかじゃ二度と会えなくなるかもしれないのだ。ライルだって本当ならすぐにでも家族の元に帰りたいだろうが、たぶん手続きなんかで時間がかかるはずだ。わずかだがタイムリミットまで少しは時間がある。その間に告白して少しでも私を好きになってもらって……。
そうすれば、優しいライルの事だからきっと私を嫌わないって約束してくれる。ライルは私との約束を破らないもの。その“約束”があればライルの国に遊びに行っても会ってくれるだろうし、また笑顔を見せてくれるはずだと思った。
「うーん……悪役令嬢らしく……」
古今東西“悪役令嬢”と言えば妖艶な色気があってなんていうか男を籠絡するイメージなのだが、ライルに色気で勝てるとは思えない。お色気たっぷりで「私のものになりなさい」とライルに迫る自分の姿など想像出来ないが……いや、ここは年の差を逆手に取って甘えてみてもいいかもしれない。た、例えば、キ、キス……してみるとか?なーんて……。
そこまで考えて一気に顔に熱が集まってくるのを感じた。女子高生だったはずの前世でもそんな経験は皆無だが、よくよく考えればこれこそ《《既成事実》》になるのではないだろうか?ずっとお世話をしていた公爵令嬢から告白されてほっぺたにキスなんて衝撃的事実が揃えばライルだって絆されるはずである。そうだ、悪役令嬢らしく情に訴えるのだ!これぞまさに悪女!
そうと決まれば行動あるのみ!と、意気込んだのまでは良かったのだが……。
「ラ、ララララララララ、ライル!」
「あら、セリィナ様。どうしたの?そんなに慌てて……。ふふっ、寝癖がついてるわよ?」
そう言ってふわりと笑ったライルが私の髪をきれいな指先ですいた。
「!」
ライルの指が私の髪に触れてると思ったら一気に体温が上昇する。ライルに頭を撫でられたり髪を整えてもらうのなんかいつものことなのに、心臓が爆発しそうなくらい跳ね上がってしまったのだ。
ね、寝癖?寝癖ってなんだっけ?あぁ、もう頭がぐるぐるしちゃってよくわからなくなってきた。とにかく、目的を果たさなくちゃ!
「あ、あの、わ、私!ライルに、そのっ……!」
落ち着くのよ、セリィナ!あなたは悪役令嬢なんだから、悪役令嬢らしく堂々と告白して絶対に嫌いにならないって約束してもらうのよ!そしてライルの母性本能(?)に訴えて勝ち取るのよ!
「私、ライルがだいしゅひっ!ひたぁっ!」
────うっ、舌を噛んだぁ!
恥ずかしさと混乱と舌の痛みで思わず膝をつくと、ライルが心配そうに顔を覗き込んできたのである。
「セリィナ様、舌を噛んだの?ちょっと見せてちょうだい」
そして顎に手を添えられ、あーんと口を開かされて舌先を見られた瞬間……私は恥ずかしさが限界突破を迎えた。
「ひ、ひにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もうわけがわからなくなった私は、よくわからない叫び声をあげながらライルの前から逃げ出してしまったのだった。




