41:おねぇ執事の秘密4(ライル視点)
「……これが、手紙に書いてあった全てじゃよ」
言葉を切るドクターに、ロナウドさんが「お話して頂きありがとうございます」と椅子を勧めた。
ドクターは何も言わずにその椅子に座ると深い息を吐く。今までずっと黙っていた秘密を打ち明けたことにより肩の荷が降りたようだった。
「……じゃあ、そのゆきずりの旅人がこの手紙の国王でアタシの父親だって言うの?────アタシは母親の不貞の子供だったのね……だからあんなに嫌われていたんだわ」
父親はもちろん、母親にも嫌悪の目しか向けられなかった理由がやっとわかった気がする。母親だと言いつつもあの人に親の愛情を求めたことなんて無かったが、それでもきっと自分がなにか悪い事をしたのだと思って耐えていたあの理不尽な日々を思い出すと乾いた笑いが出そうになった。
「おばあちゃんは……罪悪感からアタシを育ててくれたのね」
視線を落とし、優しかった祖母の顔を思い浮かべる。ドクターから聞かされた真実がショックでは無いと言えば嘘になるが、例え我が子の身代わりや罪の意識からだったとしても……それでも確かにそこに愛情はあったのだ。自分の名前に込められた想いを知って改めてそれを確信した。
「……それで、その国王とやらはライルをどうする気だと言ってきたんです?」
アタシの様子を見ながらドクターがそう聞くと、旦那様は言いにくそうに視線をこちらに向けた。
「うむ。それが、もし指輪を持っていたならばそれが我が子の証になると……未来の王太子として国に迎い入れたいと言っていてな。話を聞く限り破格の待遇だ」
「そうですか……。やはりロアナさんの考えていたとおり、あの指輪がライルの運命を握っておったのじゃな。まさかライルが王子様とは……まるでどこかの物語のようじゃ。“そして幸せに暮らしました。めでたしめでたし”……なんて、子供が喜んで繰り返し読むような絵本みたいじゃないか」
言葉とは裏腹に、またもや深い息を吐いたドクターは複雑そうな顔をした。それはアタシも同じで、決して手放しで喜べるわけがない。
「────その話、断ったらどうなりますか?」
アタシがそう言えば、旦那様は驚くこともなく「そうか」と言った。
「国王は、王族の血筋を他国へ放り出すことは大罪だとおっしゃった。自分の過ちを正すためにもぜひ引き取りたいと言っていたが……。もし断るなら元から無かったことにするしかない。とも言われたな」
その国では濃い血筋を残すために血縁者同士で婚姻を繰り返し、この赤い髪と紫の瞳を受け継いでいったらしい。他国で子供を作り血を薄めるなど大罪に当たるのだとか。まさか気まぐれな過ちで自分がその大罪を背負うことになるとは思いもしなかったのだろう。
だから今からでも引き取り、側室との間に出来た子供だが遺伝子の変異で色が薄く体が弱かったのでいままで隠して療養していたことにしようとしているらしい。秘密を守り王子となるなら、贅沢な暮らしに美しい婚約者も用意してやる。しかし断るならどこかで子を成す前に始末するしかない。旦那様はそう言われたのだそうだ。
「それと、何も知らないだろう“ライルの母親”もどうなるかわからないぞ……ともな。なぜか“本当の母親”がライルの弱点になると思っているようだ。まぁ、まともな下調べはしていないようだがな」
「あんな人たちが今更どうなろうとどうでもいいけど……随分と勝手な言い分なのね。つまり、命が惜しければ言う事を聞けってことでしょ」
ついきつく拳を握りしめる。最初から脅迫しかしてこない“父親”に嫌悪感が積もった。そして、そんな“父親”と最低な“母親”から生まれた自分の血が穢れているような気さえしてくる。
やっぱり、アタシはセリィナ様の側にいるのは相応しくないかもしれない。そう思うと、握り締めた爪が食い込み赤い血が滲んだ。
「そうだな……」
旦那様はどう思ったのだろうか。それが気になり息を呑むと、旦那様は「ふん」と鼻を鳴らした。
「ワシもそう思う。濃い血の婚姻を繰り返しすぎると血が狂うと聞いたことがあるが、まさにそんな感じだ。だがそれでも他国の王族からの言葉を無視するわけにもいかんしなぁ。さて、どうやってライルのことを諦めてもらおうか。なぁ、ロナウド?」
「そうですねぇ。我が公爵家の有能な執事を渡すわけにはいきませんから、なんとしてでも諦めてもらわなくては……。なによりライルにはまだまだ教えなければならないことが山ほどあるんです、王子になんてなっている暇はありませんよ」
「えっ……、それって」
ふたりの言葉に思わず驚くと、旦那様はきょとんとした顔をした。厳つい顔の旦那様だがその表情はちょっとだけセリィナ様に似てなくもないな。なんて思ってしまう。
「何を驚いているんだ?お前がいなくなったらセリィナが悲しむだろうが」
「セリィナお嬢様を悲しませるなんて許しませんよ、ライル」
「────旦那様、ロナウドさん……!」
このふたりの水準はあくまでもセリィナがどう思うかである。つまりライルがセリィナにとって大切な人間であると理解している以上、ライルを渡すなんて選択肢など存在しないのであった。他国の王族だろうが知ったことではない。
「ふぉっふぉっ。なかなか良い職場じゃな、ライル」
白髭を撫でながらやっとドクターが笑みを浮かべると、ライルは拳をほどいてにっこりと微笑んだのだった。
「ええ、最高の場所よ」と。




