40:おねぇ執事の秘密3(ドクター視点)
「儂はお前さんの祖母……ロアナさんから真実を託されたんじゃよ」
そう言って、ぽつりぽつりと話し始めたドクターはあの時の事を思い出すように目を細めた。そして最後を看取った時に、全てを記した日記の隠し場所を教えられていたのだと言った。
ライルを引き取った後、隠し場所にあった日記を読んで全てを知ったのだと語り出したのであった。
***
手紙にはこう書いてあった。
その昔、ロアナさんはとある貴族の屋敷で洗濯メイドとして働いていたそうだ。自分たちが貴族である事が何よりもの誇りだと考えている夫妻とやんちゃ盛りで目の離せない嫡男という、どこにでもいそうな家族だった。
その日も激しい夫婦喧嘩をした夫人は着のみ着のままひとりで屋敷を飛び出してしまったとか。ひとりしかいない侍女は嫡男の世話に忙しかったし、他の使用人も夫婦喧嘩はいつもの事だったのですぐに帰ってくるだろうと思ったそうだ。
なによりも夫人はプライドの塊のような人間で下手に声をかけると逆上してくるらしく、あまり積極的に関わろうとすればいつ鞭で打たれてクビにされるかわからないとみんな思っていたらしい。
その時は夫婦喧嘩の内容はわからなかった。そして夫人は真夜中になっても帰ってこなかった。
その頃、ロアナさんは自身の妊娠が発覚したばかりだった。だが結婚はしておらず、妊娠がわかる前に恋人とも別れてしまっていて音信不通になっていたのだとか。妊娠したことを告げれば解雇されるかも……と、誰にも言えずにいたそうだ。
そんなロアナさんはいつまでも帰宅しない夫人の事が妙に気になり、ひとりで探しに外へ出た。虫が騒いだと言うのか……とにかくその時は居ても立ってもいられなくなったと。
そして探し回り、朝日が見え始めた頃……やっと見つけた夫人はひとりではなかった。
簡易宿屋から男性と一緒に出てきたそうだ。その男はフードを被って顔を隠していたが隙間からひと房覗いた髪が葡萄酒と同じ色をしていたのが印象的だったと書かれていた。
そしてその男は夫人に何かを手渡して去っていった。褐色肌をした手やその髪の色からもこの国の人間では無いとすぐに察した。そして、夫人とゆきずりの関係を持っただろうことも……女の勘だろうな。
さらにその後、夫人は男の姿が見えなくなると男からもらった何かをその場に捨てて帰っていったそうだ。
ロアナさんは夫人がいなくなるとその場に行き、それを拾った。それがライルに渡したあの指輪だと。
ロアナさんの中の“何か”が、これが今後とても重要になると警告を鳴らしたらしい。
数ヵ月後、夫人の妊娠が発覚した。夫人は隠そうとしていたが、確実にあの日の子供だと確信したロアナさんは賭けにでた。
少し膨らみを帯びてきた腹の中の子を無事に産むためにも、職を失うわけにはいかないと……自分を夫人の子の乳母にして欲しいと願い出たそうだ。
もちろん、夫人を脅して認めさせたらしい。自分はあの日の事を知っている。自分を乳母にしてくれれば、日数を誤魔化す手伝いをしてやると。
夫人が冷静であればすぐに屋敷を追い出されていたかもしれないが、その頃の夫人はとても焦っていたそうだ。なにせ、ゆきずりの旅人と関係を持って妊娠したなんてバレたら離縁だけでは済まないだろう。しかし念願の妊娠を喜んでいる夫の手前、堕胎したいなんて口が裂けても言えない。あの日の喧嘩も二人目をなかなか妊娠出来ない事で言い争っていたからだ。“次は女児を産め”と、“なぜすぐに妊娠しないのか”と、夫人は夫に責められて耐え切れずに家出したのだから。
まだ自分に似ていれば誤魔化せるだろう。しかし、もし相手に似た子供だったら?ロアナさんは相手の顔までは見ていないが、あの髪の色がこの国では珍しいのは知っていた。夫人もそれがわかっているから、恐怖でどんどん錯乱していったようだ。
だからロアナさんは夫人に囁いた。今は遺伝子の変化で毛色の変わった子供が産まれる事があるらしいとか、いざとなったら自分の子と取り替えてやってもいいとか……。落ち着いて考えればめちゃくちゃな言い分だとわかるがその時のふたりはそれぞれの保身のために必死で、その後のことまで考えが及ばなかったのだろう。
それからしばらくは平穏な日々が続いたように思えたが、すぐに問題が起こった。
夫人が安定期に入った頃、ロアナさんが流産してしまったのだ。屋敷の者が大勢いる前で突然倒れ、辺りは血の海になったとか。この頃の事はあまり詳しくは書いてなかったが、とにかく後悔の念が綴られていた。
そして、いざとなったら子供をすり替えようと思っていた夫人は再び錯乱したらしい。
やはり堕胎しておけばよかったと、何度も自身の腹を殴り、暴れて……その中で産まれたのがライルだ。かなりの早産で未熟児だったがしっかりと生きていた。ロアナさんは産声をあげるライルを見て“奇跡だ”と思ったそうだが夫人は違った。……あのゆきずりの男とそっくりな同じ赤い髪をした赤ん坊を見て、夫人は迷うことなくその赤ん坊を殺そうとしたんだ。
だが、ロアナさんがそれを止めた。
“この子は突然変異で毛色が変わっているだけだ。自分は流産したが母乳は溢れ出ているから、乳母として自分が育てる”と。実際ロアナさんの乳は子供を流産した後も止まらなかった。ロアナさんはそれはこの子を生かすためだったんだと、生まれたばかりのライルを見て思ったそうだ。
しかし家族はその赤い髪と紫の瞳を見て「気味が悪い」「呪われた子供だ」「こんな化け物みたいな生き物が我が家の子供だなんて……」と、出生届も出さずに子供の存在を隠すことにした。
乳飲み子の頃はまだ良かったそうだ。与えられた部屋でロアナさんと赤ん坊だけの生活が出来た。だが歩くようになり、しゃべるようになり……子供が成長すると、どんどん目障りになったのだろう。虐待が始まった。
それでも最初の頃はロアナさんが庇っていたが、もう乳はいらんだろうとロアナさんは屋敷を追い出され……そして、ライルは捨てられたんだ。
ロアナさんはずっと後悔していた。
自分と自分の子供のためにライルの存在を利用しようとしたからバチがあたったんだと。お腹の子が死んでしまったのは、自分のせいだと。だからせめてもの罪滅ぼしにライルを守りたかったと。
屋敷を追い出されてからロアナさんは一気に老け込み、すっかり老婆のようになってしまったらしい。そしてあの日、嫌な予感がして屋敷の周りをうろついていたら捨てられて凍え死にしそうになっていたライルを発見したそうだ。
それからは知っての通り、ロアナさんはライルを連れて下町へやって来た。自分が犯した罪を償うため。そして、あの指輪がきっとライルを救う何かであると信じて……。
そして儂に「せめてひとりで生きていけるように見守ってやって欲しい」と願って、息を引き取った。
実は、ライルの名前もロアナさんが名付けたんだそうだ。ロアナさんの生まれ故郷の伝統工芸のひとつで、“丈夫な糸”の事をライル糸と呼ぶらしい。糸は人と人を繋いでくれる。そして撚り合わさった糸は簡単にはほつれない丈夫な綱になる。
ライルが大切な人と繋がっていられるように、誰にも断ち切ることの出来ない芯の強い人間になれるように……そんな願いを込めて。
彼女はライルを心から愛し、立派に育てていたと。……彼女は確かに“母親”だったと、儂は思うよ。




