29:“少女”の秘密①(ライル視点)
パーティーの前日、セリィナ様が寝静まった後にアタシは呼び出しをくらっていた。
「遅くなってもうしわ「……またセリィナがお前の部屋に忍び込んだらしいな?あぁん?」────今夜はアタシがまだ起きてたんで鉢合わせしちゃったら気不味そうに自分の部屋に帰ってすぐに寝ちゃいま……って、顔が近い近い近い。旦那様、まだ怒ってるのぉ?この間は許してくれるって言ったじゃなぁい」
アタシが扉を開けた瞬間に、厳つい顔をさらに厳つくさせたアバーライン公爵が隙間からニョキッと顔を出して詰め寄ってきた。この旦那様はセリィナ様の事となると途端に心が狭くなるのだ。
「セリィナの自由を制限する気はないが、お前は違うだろう?いくらセリィナが懐いているからって調子にの「旦那様、ライルにウザ絡みしていないで早く本題に入ってください」ぐはぁっ?!」
同じく隙間から顔を出した老執事のロナウドさんがグーパンチを放つ。それが急所にヒットした旦那様が悶絶するとロナウドさんは何事もなかったかのような涼しい顔で旦那様の首根っこを掴み部屋の中へと引きずり入れたのである。さすがはロナウドさん、旦那様の扱いに慣れてるわ。
「助かったわ、ロナウドさ……」
「一度は許したくせに嫉妬心からライルに八つ当たりしようとするから自業自得です。まぁ、旦那様の気持ちはとてもわかりますが……今はそれどころではないでしょうに。後でどうとでもできるんですから」
「えーと……それって、状況が落ち着いたらまた絡まれるってことかしら?」
アタシの質問にロナウドさんは無言のままにっこりと笑顔を向けてきた。つまりそれが答えのようである。
まぁ、それは今はいいとして……。
「あ、明日のパーティーの件だが……」
やっと復活した旦那様がみぞおちを押さえながらよろよろと立ち上がった。ロナウドさんだからちゃんと手加減してると思うけれどダメージは大きそうである。
「影の報告によれば、やはり奴らは動くようだ。まぁ、それを見越してこちらも準備はしていたんだが例の件が少々手間取っていてな……少し遅れるかもしれん。もしも最悪なパターンだった場合────それまで、セリィナを守ってくれ」
旦那様のその言葉にロナウドさんが頷く。
「途中までは順調でしたが、邪魔が入りましてな。こちらの意図に気付かれないように動いていたので予定より時間がかかっているんです。……頼みましたよ、ライル」
ふたりの言葉に、アタシは「言われるまでもないわ」と答えた。もちろんその後で「我々が到着するまで“掃除”は控えるように。王族の目の前でやってしまったら後始末が大変だぞ」と釘を刺されてしまったけれど。
まぁそれは……臨機応変にね?
***
そんな昨夜の事を思い出しながら、アタシはパーティー会場の様子を伺っていた。セリィナ様の不安そうな顔を見て思わず手を握ったら少し震えている。やっぱり“怖い”と感じているんだと思ったら胸が痛くなった。
このパーティーの招待状を受け取ってから、セリィナ様は暗い顔になることが増えた気がする。本音を言えばこんなパーティーに参加なんてさせたくなかったが、さすがに王族からの招待を簡単に断るわけにもいかなかったのだ。
だから、せめて少しでも楽しみをと思って新しいドレスも作りに行った。セリィナ様はいつの間にかマダムと仲良くなっていて今では採寸もマダムに任せている。アタシはちょっぴり手持ち無沙汰だけれど、14歳になって昔より体つきが変化したセリィナ様のスリーサイズをアタシが測ってるなんてなったら旦那様とロナウドさんになんて言われるかわからないもの。
少し寂しい気持ちがないと言えば嘘になるが、あのセリィナ様がアタシ以外の人間に心を開くことが出来たのは大きな進歩だ。
それにしても、ドレスを確認しようとすれば内緒にされるしマダムがやけに楽しそうだったのが謎だったのだが……まさかこんなことを企んでいたなんて。たぶん、マダムにはアタシの気持ちなんてバレバレだったのだろうと思った。
そして、まさに今日。新しいドレスに身を包んだセリィナ様の姿に思わず言葉を失ってしまった。いつもと違い大人っぽいデザインのドレスはとてもよく似合っていたが、なんだかセリィナ様が自分の色に染まったみたいな錯覚に襲われて恥ずかしくなってしまったのだ。そのせいでセリィナ様のドレスを褒めるタイミングを失ってしまったくらいだ。
セリィナ様は“色”については気にしていなさそうなのに、アタシってば自意識過剰だわ。
アタシの動揺とは裏腹にセリィナ様は思い詰めた顔でため息をついている。少しでも笑って欲しくてつい出そうになるおねぇ口調を改めながら囁き、握っているのとは反対の手でそっと髪を撫でて一房掬い取ってみた。指の隙間からこぼれ落ちたセリィナ様の髪がキラキラと光を反射していてとても綺麗だ。
やっとドレスを褒める事が出来ると、セリィナ様はパッと花が咲いたように笑顔を見せてくれた。
そして、「……ほんとに?」と嬉しそうに笑ったかと思えば、初めてドレスの色の意味に気付いたようで「あっ」と顔を赤くする。コロコロと変わる表情が可愛いなと思った。どうやらセリィナ様もマダムに嵌められたらしい。
「……マダムにしてやられたみたいですね」
くすっと笑いながら呟くとさらに真っ赤になるセリィナ様の姿に愛しさが込み上げてきたのは内緒である。
しかし何を想ったのかセリィナ様はすぐにうつむきそうになる。咄嗟にその頬を指先で撫でて上を向かせてしまった。目と目が合い、セリィナ様のエメラルドの瞳に吸い込まれそうになるがちゃんと耐えたのは誉めて欲しいくらいだ。この場ではちゃんと“ラインハルト”らしくしないとセリィナ様にいらぬ恥をかかせてしまうかもしれない。
でも────“ラインハルト”としてなら少しくらいいいわよね?
「今日のあなたはいつになく綺麗ですよ、セリィナ。あとでダンスを踊ってくださいね?」
色々な意味を込めて目を細めながらそう言うと、セリィナ様はなんだか産まれたての小鹿のようにぷるぷるしながら「う、うん……」と返事をしてくれた。
さりげなく呼び捨てにしてみたが、特に反応が無かったのがちょっとだけ残念だったけれど。でもいまは……アタシだけを見てくれればそれでいい。
しかし、せっかくセリィナ様のドレス姿を楽しんでいたのに王子が現れた途端に空気が一気にピリついた。
「あの子はあの時の……」
あぁ、びっくりした。王子の隣にいた人物があまりに厚化粧だったので一瞬誰だかわからなかったがよく見れば例の男爵令嬢だった。もしかして王子は別人を連れてきたのではと焦っちゃったわ。
それにしても、なんて場違いなドレスなのだろうか。確かに豪華で金のかかっていそうなドレスだがやたら肩の露出が多いし派手過ぎる。レースとリボンだらけで全く似合っていない上に王子にしなだれかかるその姿はまるで手練れの娼婦のようだった。その酷さはパーティー会場の全員の視線が釘付けになるくらいである。
このパーティーであの男爵令嬢がなにかしようとしていることは影の報告で知っている。王子が共犯だと言うことも。だからそのふたりの登場自体には驚かなかったが、王子は王族として碌な挨拶もせずに「みんな、よく聞いてくれ!」と叫んでいた。自信満々に口の端をつり上げているけれどみんなドン引きよ。
「彼女の名はフィリア。この娘こそが、アバーライン公爵家の本当の三女だ!」
もちろん、この王子が何もしないなんて事はないだろうと思ってはいた。だがフィリア嬢が止めるなりすればここまではしないのではないかと……そうも考えていたのだ。ちゃんと真実を調べればまさか本気でセリィナ様を排除しようとするはずがないと。
けれど王子は、予想していた中でも“最も愚かな事”を口にした。つまりそれは、中途半端な下調べしかせずにアバーライン公爵家を敵に回したと言うことだった。
もしもちゃんと調べていればこんなことなど出来るはずがないのだから。
こうならない事を願っていたがそれは無駄に終わってしまった。……ねぇ、王子様。あなたは本当にわかっているのかしら?自分がどれだけ愚かな選択をしたのかを。
そんなミシェル王子の言葉を聞いてさも当然のように微笑むその少女の姿が、アタシにはセリィナ様を陥れようとする悪魔のように見えていたのだった。




