28:悪役令嬢と疑惑のパーティー
その日、王城の広間にはたくさんの招待客が集まっていた。王子の主催するパーティーと言うことで、参加者の令嬢はみんな色とりどりのきらびやかなドレスに身を包み頬を紅潮させ興奮しているようだ。令息たちも何か期待に満ちた顔をして、そわそわとしている者も多いように見える。みんなとても楽しそうだ────ただひとり、私を除いて。
「ライル……」
「大丈夫よ、セリィナ様」
思わず眉をハの字にすると、ライルが震える私の手をそっと握ってくれた。
新しいドレスにシンプルながらも上品な装飾品を身に付け公爵令嬢として恥ずかしくない装いのはずの私だが、気持ちはずっと沈んだままだった。今だって、ラインハルトに扮したライルが一緒にいてくれるからなんとかこのパーティー会場にいられるが、許されるのならば今すぐにここから逃げ出したい。
「そのドレス、とっても似合っ……いえ、とてもお似合いですよ。セリィナ嬢」
ライルはいつものおねぇ言葉から慌てて口調をラインハルト仕様に改めると、私を落ち着かせるためにか反対側の手でそっと髪を撫でて一房掬い取った。ライルの指の隙間からこぼれ落ちた私の髪がキラキラと光を反射している。
「……ほんとに?」
実はドレスを作りに行く時は一緒だったが、今日まで着たところを御披露目していなかったのである。屋敷を出る時に初めて見せたのだが、その時は少し複雑な顔をして「……マダムったら、何を考えているのかしら」と呟いただけで何も言ってくれなかったのでずっと心配だったのだ。もしかしたら似合ってないのかな?って思っていたけれど褒めてもらえてやっと安心することが出来た。
なぜ今日まで見せなかったのかと言うと、なぜかドレス店の主人……マダムに当日までライルにはどんなドレスかは内緒にしておくようにと言われていたからである。パーティーでドレスを作る度に利用させてもらっているのだが、マダムは本当に良い人だった。マダムは交流を重ねるうちに少しだけ話すのが平気になった公爵家以外の貴重な人なのだ。
そんなマダムが選んでくれたのは薄むらさき色のドレスと、ワインカラーの宝石がついたアクセサリーだった。
ドレスはこれまでと違って大人っぽく落ち着いたシンプルなデザインで、ワンポイントに赤紫色の薔薇の刺繍が施されている。ネックレスとイヤリングのデザインも控えめなものだがこの宝石は光加減で色濃く見えるので充分に存在感のあるものだ。どちらもとっても素敵なのだけど、ちょっと自分には雰囲気が大人過ぎないか心配していた。マダムは「ちょうどよい頃合いですし」と言っていたけれど、何がちょうどよいのかは未だに謎である。
「よかった!あのね、マダムが私の年齢ならこの色がちょうどよいって言ってて。よくわからなかったんだけど綺麗な色だったから……あれ?色?そういえばこのドレスの色って……」
そこまで口にして「あっ」と、さっきライルが複雑な表情をした意味に急に気が付いてしまったのだ。
「……マダムにしてやられたみたいですね」
くすっと笑うライルが小声で呟いたのを聞いて、私は一気に恥ずかしくなった。きっと今の私の顔は茹でダコみたいになっているだろう。
だって、よく考えたらこのドレスと宝石の色ってライルの髪や瞳の色に似てない?!いや微妙には違うんだけど、意識して見ればかなり寄せているとすぐにわかるくらいに似ているのだ。
年頃の令嬢が身につけるドレスや宝石の色は、子供時代のそれとは違い“意味”を伴うことがある。それがどんな“意味”かなんて、いくら私がお子様脳でもさすがにわかってしまった。
それは、“好きな人の色”である。
夫や婚約者がいる女性はドレスや宝石の色をパートナーの髪や瞳の色に似せて、“自分はこの人の色に染まっている”と主張するものなのだが……。
「……っ」
チラリとライルの着ている衣装を見れば、これまで気にしていなかったエメラルドのブローチ飾りとプラチナ色の刺繍がやたらと目に付く。これって、もしかするともしかして……わ、私の色?!これじゃまるで、私とライルが婚約者同士みたいになってない?!
そりゃ、確かにこれまでのパーティーにもラインハルト(ライル)と参加しているからそう思われている可能性もあるのだが別にそうだと発表したわけじゃないし……あくまでも婚約者のいない私のエスコートをしてくれている遠縁の人間だと説明していたのだけど……。
まさかの王子主催のパーティーで、こんなドレスを着ていたらもうその通りだと触れ回っているようなものじゃないかぁ!!
「あ、あの……。ごめんなさい、私……」
もしかしたら、ライルはこのドレスを見て嫌な気持ちになってしまったのかもしれない。ほんとはブローチだってつけたくないと思っていたとか?だから戸惑っていたのだ。そう思ったら今度は悲しくなってきてしまった。
しかしうつむきそうになる私の頬をライルの指先がそっと撫でて上を向かせる。そして、そこにはまっすぐに私を見つめるアメジスト色の瞳があったのだ。
「今日のあなたはいつになく綺麗ですよ、セリィナ。あとでダンスを踊ってくださいね?」
色気たっぷりの流し目でそう微笑まれ、腰が抜けそうになった。そのショック(?)のせいか、ついさっきまでの悲しい気持ちはあっという間に霧散してしまったのである。
「う、うん……(あ、あれ?もしかして今、呼び捨てにされた?気のせいかな?)」
妙にドキドキしてしまう男装の時のライルは、やっぱりちょっとだけ落ち着かないかもしれない。ライルのひと言で一喜一憂しちゃうなんて私って単純なのかしら……。
ドキドキはしているけれど、やっと気持ちが落ち着いた。そう思った時。
「みんな、今日はよく来てくれた。早速だが紹介したい人がいるんだ」
ざわざわとした雰囲気が静かになり、ミシェル王子の声が会場内に響いた。そして姿を現した主催者でもある王子の傍らにいた人物の姿を見て思わず体が強張ってしまう。
「あの子はあの時の……」
ライルがそう呟いて視線を動かした先には、ゲームで見たそのままの光景が広がっていたのだ。
王子にエスコートされたその人物は、輝くプラチナブロンドの髪をふわりと靡かせるとエメラルドの瞳を細め、誰もが見惚れるような可愛らしい微笑みを見せた。宝石を散りばめた豪華絢爛なドレスに身を包んだその少女の姿に全員の視線が集まり釘付けになった。その見覚えのあるドレスの意味を思い出して体の熱が一気に奪われた気がした。
そして王子は「みんな、よく聞いてくれ!」と叫び、自信満々に口の端をつり上げたのだ。
「彼女の名はフィリア。この娘こそが、アバーライン公爵家の本当の三女だ!」
ミシェル王子の言葉でにこりと笑うその少女の姿は、断罪シーンで悪役令嬢を追い詰めるヒロインそのものだったのだ────。




