2.聖女のいる村
ネガティブ少女がいます。
ご注意ください。
王都から程よく離れた小さな村ヴィグラに王都にあるフォルスト大神殿からの使いがやってきた。
その使いによると、この村に聖女となる存在がいるという予言があったらしい。
そもそも聖女とは何なのか。それは癒しの力であったり、浄化の力であったり、法術の中でも最高位にあたる術を扱える女性のことをいう。
そこまで聞いて、シルヴァーナは聖女となるであろう人物におおよその見当をつけていた。
――― 絶対に、お姉ちゃんだよね・・・お姉ちゃん以外にあり得ないし・・・。
シルヴァーナの姉であるレーティアンヌは、優しくて美人で家事万能で歌が上手くて絵が上手で誰からも好かれる完璧超人といえる人であった。
実妹のシルヴァーナも十分美人の部類に入るのだが、姉が隣にいると普通に見えてしまう。
別に両親が姉ばかりを可愛がるわけでもないし、村の者達もシルヴァーナとレーティアンヌを比べて悪く言うでもない。
だが、姉の存在そのものがシルヴァーナのコンプレックスになるのに、さほど時間はかからなかった。
ともかくも、姉は完璧超人であるからして、おそらく聖女に選ばれるだろう。それはシルヴァーナの中で決定事項となっていた。
というわけで、自分には関係ないなと早くも興味を失くしたシルヴァーナは、盛り上がる村の者達を後目に日課である水汲みを始めた。
***
「――シルヴィ」
シルヴァーナの愛称を呼ぶ、癒し効果抜群の美しい声。
「・・・ん?なぁに、お姉ちゃん?」
一瞬の間を置いて振り返るのは、表情を取り繕うためだ。
どうしても苦手意識が先に出て困ったような表情になってしまうのを、レーティアンヌが気にするから。
そんなシルヴァーナの努力をレーティアンヌは全く気付いていない。自分達は本当に仲の良い姉妹だと思っているのだ。
綺麗で純粋な心を持つ姉。まさに聖女にふさわしいではないか。シルヴァーナはひっそりと自嘲する。
「今日は、うちで大神殿からの使いの方をおもてなしすることになったの・・・それでね」
輝くような笑顔がまぶしい。
どうしたらあんな風に笑えるのだろう。シルヴァーナの心の中にドロドロとした何かが溜まっていく。
笑顔がひきつる。シルヴァーナは慌てて顔を伏せた。
「ああ、うん。わかった・・・今日はごちそうたくさん作ろうね」
「ええ!そうね、シルヴィ!・・・あとね、使いの方がこの村について色々と教えてほしいって言っていて、ね?シルヴィは確か旧跡の方の道に詳しかったでしょう?」
どうやら姉は大神殿からの使いに早くも目を付けられたらしい。本来なら村長の役目だろうに、うちに引き受けてしまったのも優しい心を持つ姉のいつもの行動だ。
その姉の提案をシルヴァーナもまた喜んで引き受けると思っている。おめでたいな、と鼻で笑ったら、きっと姉、レーティアンヌは悲しそうな表情をうかべるのだろう。
一時の反発でこの先ずっと罪悪感を抱くなんてごめんだ。
「旧跡も見たいって言ってるの?」
「そうなの。シルヴィとも話したいんですって」
「ふーん・・・」
この完璧超人の妹というくらいだから、という考えで興味を抱いたのだろう。なんだこんなものか、なんてあからさまに幻滅されたらどうしよう?――シルヴァーナが後ろ向きな考えを巡らせた時だった。
「レティさん」
「あ、ジョナタさん・・・シルヴィ、ほら、使いの方よ」
「ああ、レーティアンヌの妹でシルヴァーナと申します」
相手の表情を確認する前にシルヴァーナは頭を下げる。相手の幻滅した表情をうかべる瞬間など見たくもないからだ。
「あなたがシルヴィさんですか。どうも、始めまして。フォルスト大神殿で神官を務めておりますジョナタと申します」
「――あ、はじめまして」
穏やかな声に顔をあげ、マジマジとジョナタと名乗った神官を見つめる。
突き抜けて美形というわけではないが、神官をやっているだけあってとても優しそうな人物だ。まとう雰囲気がとても柔らかい。
「実は上司からこのヴィグラの旧跡も調べてこいと言われていまして・・・そうしたら、シルヴィさんが良く知っているとレティさんに教えて頂いて。よろしければ、案内して頂きたいんですが」
どうやら興味本位ではなく、お仕事のようだ。シルヴァーナはこっくりと頷いた。
「構いません。・・・あ、このお水を家に運ばなければならないので・・・その後でよろしいですか?」
「ああ、でしたら私も一緒に運びます。その方が早く済むでしょう?」
「私も手伝うわ、シルヴィ」
善意の申し出にシルヴァーナは頭がくらくらとした。どうしてこうも純粋に善意を示せるのだろう?
それを素直に受け取れない自分は、なんて汚れているんだろう?
「あ、あ、はい・・・ありがとうございます」
だから、つい、反応が鈍くなってしまう。ここは戸惑ってはいけなかった。助かります、と笑顔で応じなくてはいけなかったのだ。
「シルヴィ?具合でも悪いの?」
姉の心配そうな表情を視界に収めて、シルヴァーナはああ、しまったと思う。こうなると姉はしつこい。
「そんなことないよ」
「でも・・・」
「大丈夫だから。ね?・・・ほら、使いの方を待たせたら悪いわ、行きましょ」
「・・・ええ」
ジョナタを引き合いに出せば、レーティアンヌはしぶしぶ引き下がる。
これで2人きりだったかと思うとゾッとする。納得のいく理由がない限り、姉の追及の手が緩むことはないからだ。
その様子をじっと見つめていたジョナタはふむ、と頷いた。
「試練を受けているとは・・・なるほど、こういうコトか」
「ジョナタさん?」
「なんでもありませんよ」
レーティアンヌが首を傾げる。ジョナタは笑みをうかべてゆっくりと首を振ると、シルヴァーナに歩み寄り、足元に置いてあった水桶を持ちあげた。
「ありがとう、ございます・・・」
「いいえ、これくらいお安い御用です」
神官様は意外と力持ちらしい。それがシルヴァーナの純粋な感想であった。