10.浄化
「そうですか・・・シルヴァーナが・・・」
姉妹の母はそう言ったきり黙り込んだ。父も難しい表情で一言も発することなくティーノルッツヘルトを見つめる。
「今の状況は聖女様――シルヴァーナ様にとって良くないものです。力の制御もそうですが・・・」
ティーノルッツヘルトはそこで言葉を切ると、姉妹の両親にしかわからないように視線でレーティアンヌを示す。
それに対して反応したのはやはり母の方だった。
「お気づきになったんですね・・・」
ポツリと言って視線を落とした母に、ティーノルッツヘルトは頷く。
「ええ・・・これ以上は試練ではなく悪影響になってしまいます。ですから、一刻も早く、大神殿にお連れしたい」
「神官様・・・どうぞ、娘を・・・シルヴィをよろしくお願い致します」
「お父さんっ!?」
今まで黙っていた父が頭を下げると、レーティアンヌが責めるような声をあげる。
「レティ、シルヴィのためなんだよ・・・お前だってシルヴィの具合が悪くなってからなんて思ってはいないだろう?」
「それはっ・・・そうだけど・・・家族が離れ離れになるなんて・・・っ」
家族はいつも一緒に。それはレーティアンヌの中で絶対の決まり事だった。なのに、余所から来た人間が、大事な大事な妹を奪おうとしている。
シルヴァーナを守るのはいつだってレーティアンヌの役目で、他の人間に譲るつもりなどなかったのに。
「レティ、聞き分けなさい」
父がいつになく強い調子で言うと、レーティアンヌはわっと泣き崩れた。
「だって・・・だって、シルヴィは私の妹なのよ!大事な大事な・・・妹なのぉ!!」
シルヴァーナはそんな姉の様子に驚きを隠せなかった。姉がここまで自分に執着する理由は何なのか、それが良くわからなかった。
確かに、傍目には仲が良いように振る舞ってきたし、姉の表情を曇らせないようにと懸命に自分の感情を押し殺してきた。だが、ここまで執着されるようなことはしてきていないはずだった。
「お姉ちゃん・・・」
「シルヴィ、行かないで・・・お願い・・・」
レーティアンヌが足元に縋ったその瞬間、シルヴァーナはゾクリと悪寒で身体を震わせた。
「・・・っ、お姉、ちゃん?」
「行かないでよぉ、シルヴィ」
「――っ!聖女様!離れてくださいっ!姉君は瘴気の獣に侵されていますっ!!」
ティーノルッツヘルトが叫ぶのと同時に、ジョナタがシルヴァーナの身体を抱え込んでレーティアンヌから引き離す。
「――ど、して・・・」
あの時、瘴気の獣に狙われたのは自分だったはず・・・それに、その瘴気の獣は浄化したから影響はないと証明してもらったばかりだ。
混乱するシルヴァーナを抱きかかえながら、ジョナタはティーノルッツヘルトに視線を向ける。
「秘書官殿!なぜ、浄化された場所に瘴気の獣が出たり、瘴気の獣に侵される人間が出るんですかっ!?」
「聖女様がご自分の力を使いこなせていないからです。それと・・・これも神々の予定調和なのかもしれません」
「予定調和・・・?」
不安げなシルヴァーナの視線がティーノルッツヘルトに向けられる。今にも自分のせいだと言い出しそうなその表情に胸が痛む。
もし、この村で起きるすべての物事の原因が、聖女を成長させるためのものならば。
「神々は超えられない試練など与えません。聖女様、ご自分の力を意識してください。浄化の力は“聖女”にしか使えない法術です」
こればかりは歩く法術製造機であるセヴェリオでも使えない法術である。だから、セヴェリオはこの世に存在するほぼすべての法術をノーリスクで扱える、と言われる。
「でも、私っ・・・」
「信じてください。ご自分を信じるのが難しいのなら、私の言葉を信じてください。貴方はできます。この国の聖女なのですから」
「聖女・・・私が・・・信じる・・・」
すぐには難しいのか、シルヴァーナは戸惑ったような表情で自分の両手を見つめる。
だが、その間も瘴気の獣はレーティアンヌの精神を蝕んでいた。
「私の妹を返せ!その手を離すんだ!忌々しい、神官め!・・・私の、大事な大事な大事な大事な妹を、私から取り上げるな!!」
いつものレーティアンヌの面影がまったくない。怒りの形相をうかべているだけで別人であるかのように見える。
瘴気の獣に侵された者の特長は、本能がむき出しになるということ。だとしたら、これがレーティアンヌの本能であり本心。
――― なるほど。聖女のための存在だから・・・か。
ティーノルッツヘルトはそう結論付ける。
聖女の傍にいないと試練が与えられないため、聖女が離れようとする時に酷く執着するようになっているのだろう。
そして、おそらく、何でも自分より優れている姉を助けることによって、聖女が自分の力を認める一端を担うようにあらかじめ“設定”されていたと考えれば。
「・・・聖女様!」
「で、でも・・・どうしたら・・・」
姉の変わりように怯むシルヴァーナ。彼女の身体が震えているのを触れた部分から感じ取ったジョナタは、ポンポンと背中を叩いた。
「大丈夫です、私は見ていましたよ。貴方が瘴気の獣を浄化したところを。願えばいいんです。レティさんを元に戻したいと。そうすれば、貴方の中の法力が応えてくれます」
聖女の中には生まれつき浄化と癒しの方陣が契約もなしに刻まれているという。ならば、願うだけで発動するはず。
ジョナタの言葉をシルヴァーナは半信半疑で、でも、これ以上姉の異常な姿を見てはいられず、祈るように手を組んだ。
「お願い・・・お姉ちゃんを元に戻して!」
シルヴァーナがそう願った瞬間、彼女の身体からまばゆい光があふれ出た。




