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1話 全員、死ぬな

 王都に戻ったのは、夜明けの一時間前だ。北西門を潜った瞬間、街の様子が一変する。

 街灯が全て点灯していた。夜間でも節約のために、半数を消す慣習があるが、今夜は全て灯っている。


 城壁の上に、番犬団の狩人が増員されており、等間隔に並んでいた。市民の姿が消えている。

 王都緊急警戒態勢の発令で、市民は建物の中に退避するよう通達が出ていた。

 石畳が人気のない分だけ、街灯の光が余計に寒々しく広がる。警告の鐘が十分おきに鳴り続けていた。


「状況を報告する。現在確認されている怪異の群れは、三方向から王都に向かっている。北西、南東、東だ。それぞれの規模はまだ把握中だが、北西の群れが最大と推定されている。城壁の外縁防衛ラインに到達するまでの時間は、早ければ夜明けから一時間以内だ」


 本部に戻った直後、ガレスが全員を集めて、切迫した状況を伝える。


「防衛体制は?」

「正規軍が城壁の守備を担う。番犬団は城壁外の前線に出る。教育隊も実戦投入の命令が出た」

「教育隊が前線だと……?」

「今夜は、そういう夜だ。練習試合ではない。本物の群れが来る。それも数が多い。戦える者は全員出す」


 眉間に皴を寄せながもガレスは、静かに拳を握り固めて震わせた。

 そして夜明けの空が白み始めた頃、一班と二班が本部の前庭に集まる。空は晴れていた。

 夜明けの光が、東の地平から滲み始めており、星が消えてゆく。


 しかし、北西の空だけが変色したままだ。黒みがかった紫色が、春の夜明けの薄い橙色と混じる。

 怪異の魔力が、大気に滲み出している色だ。

 前回の黒月血戦を経験した古参狩人たちが、その色を見て黙った。全員が実戦用外套を着込んでいる。


 ルシアが、ルナ・リボルバーの弾を確認していた。

 腰まで届く銀灰色の髪をきつく結い上げており、青銀色の瞳が銃の装填状態を一発ずつ確認している。

 豊かな胸部が深呼吸のたびに動いた。白い頬が夜明けの冷気で赤みを帯びている。


 イリスが双刃曲刀の刃先を確認していた。

 灰銀色のポニーテールが、外套の上に流れており、金色の縦瞳が暗い空を見上げている。

 狼の耳が前方に向いていた。尻尾がコートの外に出たまま緊張で動かない。


 ブリュンヒルダが、ドレッド・バシリカの重量を確認していた。

 燃えるような赤い髪を高く結い上げており、黄金色の目が前を向いている。

 百九十一センチの体格が、夜明けの光の中で影を作っていた。


 セレスティアが胸元の魔術回路の出力を確認している。

 プラチナブロンドの髪が、外套の上に流れており、深い紫銀色の瞳が静かだ。

 コルセット型の装束の上に外套を羽織っており、白い首筋が夜明けの冷気に晒されている。

 

 リゼットが片目のレンズ装置を、最大出力に設定していた。

 白銀のツインテールが、外套の上に整然と垂れている。

 氷のような青い瞳が数値を確認しており、感情の揺らぎなく前を向いていた。


 マリアンヌが盾の展開速度を最終確認している。

 深い青紫色の三つ編みが胸の前に垂れており、深い青色の目が落ち着いた光を持っていた。


「注目ッ! 聞けッ!」


 全員の前にレオンハルトが立つ。一斉に全員の顔が前を向いた。


「今夜の戦闘は訓練ではない! 群れの規模は訓練で想定したものを超える可能性がある! 今まで積み上げてきたものを全て使え! 連携を崩すな! 声を出し続けろ! 仲間の位置を把握し続けろ!」

「……怖いですか、教官は」


 小さき声でルシアが呟く。


「怖い。だが恐怖は後で処理する。今は動くことだけを考えろ」

「はい……!」

「全員、死ぬな。それだけだ。行くぞ」


 そう言うとレオンハルトは、指示を飛ばして行動を開始させた。

 まずは城壁の外縁防衛ラインを展開する。王都の北西門から、五百メートル外に出た地点だ。

 農地と街道が交差するなだらかな斜面に、番犬団の前線部隊が横一列に展開している。


 総勢六十名を超える狩人が、夜明けの光の中に並んでいた。その後方に教育隊が位置する。

 農地の向こう、北西の方向から、音が聞こえ始めた。最初は低い振動である。

 地面から伝わる振動だ。次第に大きくなる。複数で多数の何かが、地面を踏みながら移動してくる振動だ。


「来ます。観測範囲に入りました。数は……」


 報告を行うリゼットが、一秒だけ言葉を止める。


「五十体以上。前列がE級からD級の混成です。後列に大型個体が複数確認できます」

「大型が複数、か……」

「三体以上です。まだ全容は把握できていません」

「全員、構えッ! 来るぞッ!」


 前線部隊の隊長が声を荒げた。夜明けの光が、農地を照らし始めた頃、群れが姿を現す。

 農地の向こうから、影が溢れてくるように出てきた。E級の小型種が先行している。


 群体で動いており、農地の土を踏み荒らしながら直進してきた。

 その後ろにD級が続く。さらに後ろに、体高二メートルを超える大型個体が複数見えた。


「……多い」


 アレクが呟く。


「どのくらいいるんだ?」

「数えるな。数えたら足が止まる。前だけ見ろ」


 カイルが隣で言った。そして前線部隊が動く。最前列の狩人が銃を構えた。一斉射が行われる。

 E級の先頭列が倒れた。しかし、後ろから来る群れが止まらない。踏み越えて来た。


「第二射ッ!」


 前線部隊の隊長の声が周囲に響き渡る。そして再び怪異は倒れた。しかし、また踏み越えてくる。

 やがて前線部隊と群れが接触した。戦闘が開始される。教育隊の位置まで、E級が三体漏れてきた。

 前線部隊の網をすり抜けた個体だ。


「来ますッ!」


 リゼットが言った。


「ノクターン、右から二体。残り一体は左から、イリスが担当します」

「分かりました!」


 即座にルシアが右を向く。E級の小型種が農地の畦道を走ってきていた。三十メートルの距離だ。

 彼女は躊躇うことなく引き金を引く。一体の頭部に命中した。怪異は倒れる。

 だが、二体目が方向を変えた。銃声に反応して、方向を変えたようである。


「動いた!」

「追いますッ!」


 そう言うと同時に、ルシアは二発目を撃つ。移動する目標だ。僅かに外れた。

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