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【完】平和条約

 虐殺公ゼノンの投降から数日。魔王軍最強の戦力がマッサージ器扱いされたという噂は、大陸全土を駆け巡った。

 

 もはや俺が鼻をかんだ紙ですら「聖なる啓示が記された羊皮紙」としてオークションで高値がつく始末だ。こうなったら、最後の手段だ。


「……魔王城に行くぞ」


 俺は決意した。

 

 王都の連中も、騎士団も、女神もダメだ。ならば、この世界の悪の頂点――魔王なら、きっと俺を完膚なきまでに叩きのめし、冷たい鎖で繋いで永劫の苦痛(ご褒美)を与えてくれるに違いない!


「サトー様……! ついに、魔王軍の本拠地を一人で叩き潰しに行かれるのですね……!」

「我らも……我らも供を!」


「ついてくるな! これは俺の個人的な……欲求不満の解消だ!」


 俺は情けなくも必死に叫んだが、背後にはなぜか不退転の決意を固めたアイリス王女と、改心して勇者の荷物持ちに転職したゼノン、そして「勇者様の背中を守るのが我らの誉れ!」と豪語する百人の騎士団がゾロゾロとついてきた。


 お前たち、24時間体制はどこいった?


 ◆


 魔王城、謁見の間。禍々しい瘴気が渦巻き、周囲には数多の凶悪な魔族が立ち並んでいる。その中心に鎮座するのは、終焉の王(ジ・エンド)・バロール。


「よくぞ来た、勇者サトー。貴様の噂は聞いている。……ゼノンを涙させ、カーミラを精神崩壊に追い込んだ『愛の怪物』め」


 魔王の声が、重低音となって城を揺らす。これだ。この威圧感。


「魔王! 貴様ならわかっているはずだ! 俺がどれだけ歪んでいて、救いようのない存在か! さあ、その強大な力で俺を……俺の全てを支配してくれ!」


 俺は玉座の前で両膝をつき、首を差し出し懇願した。魔王は、黄金の瞳を細めて俺を凝視する。


「ほう……。王である私の前で、あえて無防備な姿を晒し、『支配してみせろ』と挑発するか。貴様の魂、どれほど強固な誇りに満ちているのか確かめてやろう」


 魔王がゆっくりと立ち上がり、右手をかざした。その指先に、世界の崩壊を予感させるほどの暗黒物質が凝縮される。


「消えろ、不遜な勇者。これが私の最大奥義――『虚無の抱擁アビス・エグゼクション』だ!!」


 放たれたのは、光さえも吸い込む暗黒の渦。それは俺の全身を包み込み、魂の芯までをかき乱す――はずだった。


 ドクン。


 胸の奥で、女神のスキルが全力で空気を読んだ。


 ――――――――

 変換成功:極大暗黒魔力を『究極の快眠導入波動』へと変換しました。

 ――――――――


「……え? あ、あったかい……。なんだこれ、母さんのお腹の中……?」


 俺は、あまりの心地よさに、その場にパタンと横たわった。暗黒の渦は、俺を消滅させるどころか、最高級のシルク毛布のように優しく包み込み、心拍数を完璧なリラックス状態へと導いていく。


「すぴー……すぴー……」


 魔王城の最深部、魔族たちの驚愕の視線の中で、俺は爆睡した。


「な、な……!? 私の、私の存在を全否定する虚無の力が……『子守唄』にされただと!?」


 魔王バロールは、激しい衝撃にふらついた。彼にとって、この魔法は「絶望を知らぬ者に死を与える」究極の裁き。


 それを昼寝の導入に使われるということは、彼の数千年の威厳が粉々に砕かれたことを意味していた。


「……そうか。そうだったのか」


 魔王は、寝息を立てる俺の顔をじっと見つめ、不意にその場に膝をついた。


「この男は……戦いを求めてきたのではない。私の放つ殺意さえも、その無垢な寝顔で受け止め、浄化してしまった……。暴力で支配しようとした私が、なんと矮小であったか……!」


 魔王の目から、一滴の涙が零れ落ち、床に花を咲かせた。


「「「魔王様が……魔王様が泣いておられる……!!」」」


 魔族たちが一斉にざわつき、やがて一人、また一人と武器を捨てて跪いていく。


「……勇者サトー。貴様には、力も言葉も通用せぬ。ただ、そこに存在するだけで、悪意を無効化してしまうというのか……。降参だ。今日この時をもって、魔王軍は解散する。……そして、私は今日から、貴様を守る付き人になろう」


 ◆


 数時間後。俺がパチリと目を覚ますと。


「あ、おはようございます、サトー様! 魔王様が特製のハーブティーを淹れてくださいましたよ!」


 アイリスが笑顔で俺に歩み寄り、その後ろではエプロン姿の魔王(元)が、真剣な表情で茶葉を蒸らしていた。


「な……なんで……? 拷問は? 地下牢は……?」


「サトー様、安心してください。もう世界に争いはありません。あなたが眠っている間に、魔王様と騎士団長が『世界平和条約・サトー平和協定』を結ばれましたから!」


 見渡せば、魔族と人間が肩を組んで歌を歌っている。俺の「寝落ち」によって、世界から悪意が完全に消滅してしまったのだ。


「うわあああああああ!! 俺の……俺のバラ色のドMライフがぁぁぁ!!」


 俺の絶叫は、ついに訪れた『真の平和』を祝う祝砲として、青く澄み渡る空に吸い込まれていった。

 

 俺はその後、全人類と全魔族に「触れることすら禁じられた究極の神体」として、一ミリの苦痛も許されない徹底的な過保護管理下に置かれることになるのだが、それはまた別のお話。


 ーーー完ーーー

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