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ドM爆誕!そして、爆沈!

 その日、俺――佐藤一樹の人生は、絶頂の中で幕を閉じるはずだった。


「ひぎぃっ……! ありがとうございますっ……!」


 路地裏。絡んできたガラの悪い男たちにボコボコにされながら、俺は恍惚とした表情で地面を舐めていた。


 これだ。この痛み、この蔑みの視線。俺は生まれついてのドMだった。

 

 他人から見れば地獄でも、俺にとってはここが楽園(エデン)なのだ。


 だが、運命は残酷だった。不良たちから逃げ惑う通行人を助けようと(厳密には、俺をもっと酷い目に遭わせてもらおうと)割って入った瞬間、暴走したトラックが突っ込んできた。


 視界が真っ白になる。全身を貫く、これまでにない強烈な衝撃。

 

(ああ……最後、めちゃくちゃ痛い。最高だ……)


 俺は満足感に包まれながら、意識を手放した。


 ◆


 目が覚めると、そこは雲の上のような場所だった。目の前には、神々しい光を放つ絶世の美女が立っている。


 「……死んだか」

 

 「勇者よ、目覚めなさい。あなたは世界を救う資質を持っています」


 女神と(おぼ)しき女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべて言った。


 「転生の特典として、好きな能力を授けましょう。一撃必殺の聖剣? 万物を滅ぼす魔力? それとも不老不死の肉体かしら?」


 俺は震えた。そんなものを手に入れたら、誰も俺を傷つけられない。誰も俺をゴミのように見下してくれない。そんなの、一生の命を得たとしても、俺にとっては永遠の拷問でしかない。


 俺は女神の手を握りしめ、必死の形相で訴えた。


 「頼む……! 俺を、一番弱くしてくれ!」

 

 「……え?」

 

 「ステータスは全部最低値! 武器は持てない! 防具も紙クズ! 誰にでも指一本で負けるような、救いようのない『最弱のゴミ』として転生させてくれ!」


 女神は絶句して俺を見つめる。だが、それは蔑みの表情ではなく、慈愛に満ちた表情だった。やがてその瞳から一滴の涙が頬をつたう。


「……なんてこと。あなたは、あえて困難な道を選び、自らを律しようというのですね。その『謙虚さ』……まさに真の勇者。分かりました、あなたの望み通りに致しましょう」


 なんか想像と違う反応をされたが、そんなことはどうでもいい。これで俺は、異世界で毎日誰かに踏みつけられ、蔑まれ、罵られるバラ色の余生を送れるんだ!


 現代では法律や倫理観が邪魔をして、なかなかどうして、罵られるのも楽じゃなかった。突発的な事故(不良に絡まれるなど)を除けば、俺の心を満たすには、その道のプロに1時間数万円という破格の値段を払う必要があった。


 だがしかし、異世界なんてどこも無法地帯のようなものだろう。道を歩けば、強者から暴力を振るわれ、高貴な女性からは役立たずと罵られるはずだ。


 そんな妄想をしていると、女神が「勇者サトー、あなたに幸在らんことを」と言って、手をかざす。その瞬間、眩い光に包まれ、反射的に目を瞑る。

 

 ◆


 目を開けると、そこは異世界の草原だった。見渡す限りの大草原。何もない原っぱだ。いや、微かに遠くの方に建物らしきものが見える。あそこに町でもあるのだろうか。


 俺はすぐさまステータスを確認する。


 ――――――――

 勇者:サトー レベル1

 HP 1/1 

 MP 0/0

 STR 1

 VIT 1

 AGI 1

 INT 1

 LUK -999


 ――――――――


 完璧だ。完璧なまでに最弱。最弱オブ最弱!

 

 自分の体を見渡すと、ボロボロの布切れ一枚をポンチョ風に着こなしている。身なりからしても、最弱。


「最高だ……! 夢にまで見た最弱生活!俺のドMライフはここから始まるんだ!」


 ニヤニヤが止まらない俺の前に、重厚な鎧に身を包んだ騎士団が通りかかったリーダー格の男が、俺の姿を見て目を見開く。


(来た! 早く俺を『不潔な野良犬め!』と罵り、道端に蹴り飛ばしてくれ!)


 俺はわざとらしく、騎士団の進む道に飛び出て、地べたに這いつくばって見せた。


 「へへっ、旦那方……。俺みたいな無能なゴミめを、どうぞお好きなように痛めつけてください……!」


 さあ、来い!さあ!


「なっ……!?」


 馬に乗った騎士団長がガタガタと震え出した。彼は突然、立派な軍馬から飛び降りて、その場に跪き、兜を脱いで地面に頭を擦りつけたのだ。


「なんという……なんという高潔な御方だ! 自らを『ゴミ』と称し、我らごとき未熟者に『教育(痛み)』を乞うとは……! まさにこれこそ、古代の聖典に記された『至高の謙遜』!」


「……は?」


「見ろ、あのボロ布を! 物欲を完全に捨て去り、あえて弱さを装うことで周囲の傲慢さを浮き彫りにしている! 我ら騎士団一同、あなたの爪垢を煎じて飲みたいほどだ!」


 騎士団長は、団一行に向けて訳のわからないことをほざいている。


「「「おおおっ……! 素晴らしい徳の高さだ!!」」」


 周囲の騎士たちが一斉に号泣し、拍手喝采を送ってくる。


「待て、違う! 俺は本当に弱いんだ! ほら、このステータスを見ろ! ゴミだろ!?」


 俺がステータスの画面を見せつけると、騎士たちはさらに激しく震え出した。


「攻撃力1……!? つまり、『アリ一匹殺さぬ慈悲の心』が具現化しているというのか……! 己の力を封印し、あえて傷つく側に回ることで世界の痛みを背負おうとなさっている……!」


「違う、そうじゃない!」


「ああ! なんて謙虚な否定だ! どこまでも欲のない、真の英雄だ! この方こそ、勇者様に違いない!」


「俺は勇者になんてなりたくねーんだ!!!  誰か俺を罵ってくれよおおお!!!」


 俺の絶叫は、その日のうちに「勇者の咆哮」として王都全土に広まった。そして『勇者記念日』なるものが設定されたらしい。


 俺のドM人生、初日から詰んだかもしれない。

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